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第四章【カグヤ朝廷冬休み編/魔剣抜刀《マジックソード・ジェネレーション》】

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39 幕間 フジワラ、ふたつの理由



 フジワラは、己の人生を堅実なものだと考えている。

 派手なところのない、ありきたりで真面目なものだと。

 だが、あえて一点、冒険したことを挙げるとすれば。


 ――結婚だな。


 妻と一緒になるとき、父母には強く反対された。

 出身地や職業が、気に入らなかったらしい。

 出会った場所は大学だった。

 ともに古典の研究を志し、同じ院に進み、議論を交わすうちに恋仲になっていた。

 つまり、恋愛結婚だ。

 世間一般でいえばよくある恋愛が、フジワラにとってはまごうことなき冒険だった。


 ――いや。だれかにとって当たり前のことも、違うだれかにとっては大いなる冒険なのかもしれないな。


 つまるところ、人生は冒険の積み重ねで。

 冒険とは『未知の恐怖』への挑戦だ。

 知らないところへ足を踏み出す勇気を持つこと。

 新しいなにかへの期待そのもの。


 ――マツシタくんはすでに、その勇気を持っているはずだ。


 そう思いながら、影に近づく。

 治療中のマツシタが透けて見えた。

 褐色の肌に銀色の髪を持つ、小さなドワーフに見える。

 失った妻を重ねて見ることもあった。

 あるいは、ついぞ得られなかった娘を重ねて見たことも。

 けれど、いまは。


「……きみ自身を見よう。きみが見たくなくとも」


 小さく呟いて、雨に濡れるアスファルトに膝を付く。


「マツシタくん。きみにはふたつ、大きな勘違いがある。ひとつは過去の勘違い。もうひとつは、未来の勘違いだ」


 反応はない。

 意識があるかどうかすら、さだかではない。

 だからこそ話しかけている。


「まずは過去について話そうか。イコマくん、キオくんと会わせてくれないかね」

「……いちおう言っておきますけど、僕は影式(シャドウ)の維持で手いっぱいなので、キオの相手はできませんよ」

「頼む。彼が必要だ。彼らと言うべきかな」


 イコマはうなずいて、影を一筋伸ばした。

 ずるりと蠢いて、巨大な人形が姿を現す。

 錆びついた鉄と歯車、ひび割れた陶器で構成されたボディ。

 限界を超えた赤い両眼が、イコマの作る影の(まゆ)を見て捉え、震えた。


『お、あ、まままま、まつしししたたた……』


 だらりとぶら下げた魔剣が、しかし、燃えなかった。

 落ち着いている。


 ――イコマくんの予測通り、戦闘中に暴走から脱していたな。


 そして、これまでマツシタの危機に対応して飛び出していたことから、影の中でも外の様子はわかると推測していた。

 マツシタはイコマがどうにかして作り上げた影の治療室の中だ。

 キオが事態を理解していないわけがなかった。


「キオくん。いま一度、教えてくれ。きみは……きみたちは、どうしてほしい?」

『……すくい、を。まつした、すくい。たのむ』

「違う。マツシタくんをどうしてほしいか、ではない。きみたちがどうしてほしいか、だ」


 意外な言葉だったのだろう。

 赤い両眼がぱちくりと瞬いた。


「わからないなら教えておこう。マツシタくんにとって、生とは苦しみだ。いま、彼女にとって救いとは生からの解放だ」


 ざり、と歯車が音を立てた。

 は、と息を吐く。

 フジワラだって言いたくない。

 けれど、この大前提を確認しなければ話にならない。


「マツシタくんに生きていてほしいというならば、それはキオくん。きみの我がままであり、僕の我がままでもある。つらくて苦しくて、そして人生をかけた長い戦いを強いるおこないだ。わかっているのかね?」




次回、雨上がり。


★マ!



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― 新着の感想 ―
[一言] こういうことを、お互いに苦しいと知りつつもより良くするために口に出来るのは大人だとオッサンはオギャりながら思うの。
[一言] キオの理解力が試される! というかキオの中の人達はもうちょっと頑張ってマツシタとコミュニケーションしておくべきでしたね。
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