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第四章【カグヤ朝廷冬休み編/魔剣抜刀《マジックソード・ジェネレーション》】

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38 生きたい理由



 医務室が無人だとわかると、フジワラ教授は外へ飛び出していった。

 僕は一度、応接室に戻って、トモさんを応接室から出さないよう兵士に頼んだ。

 タンバくんはもちろん、ナナちゃんやヤカモチちゃんも駆り出して、ミワ先輩に捜索隊を編成してもらって、古都内を駆けずり回って。

 けれど、マツシタさんを見つけたのは、結局フジワラ教授だった。


 朝廷本部からほど近くの、斜めに傾いた五階建てのビルの廃墟。

 そのてっぺんに立つ彼女を見つけた。

 教授が下から必死に呼びかける声は、雨にかき消されて届かなかったのだろう。

 マツシタさんの小さな体が、雨の中に跳んだ。


 跳んで、落ちた。


 見つけたのが、あるいは僕であれば。

 空気の『複製』や『粘液魔法』による緩衝材生成で対応できたかもしれない。

 見つけたのが、あるいはタンバくんであれば。

 傾いたビルを駆けあがり、マツシタさんを抱きかかえて、着地を決めたかもしれない。

 到着が数分早ければ、結末は違っていたのだと思う。


 でも、そこにいたのはフジワラ教授だった。

 気がよくて、優しくて、頼りになって、意外とお茶目で、けれど、肉体的には引退を決意した初老の男性でしかなくて。

 僕たちは、間に合わなかった。

 兵士の連絡を受けて現場に急行したとき、教授は僕を見なかった。

 割れたアスファルトに膝を付き、もう動かない小さな体を抱く背中を僕に向けていた。

 真っ赤に染まったコートの裾は、灰色の空の下では黒く見えるんだな、とぼんやり思った。


「……『傷舐め』は必要ないよ、イコマくん」


 しゃがれた震える声で、教授は言った。


「彼女は逝ってしまった」

「そんな――」

「救えなかった。間に合わなかった。結局、僕は……ああ、僕は余計なことをしたんだな。妻の幻影を見て、なにかできると過信して。なにもできずに、若い命を失った。こんなことなら、最初から――」


 僕はなにもしなければよかったんだね、イコマくん。


 教授のそんな呟きに、脳みその後ろ側がひどく軋んだ。

 それは違う。それは違うよ、教授。

 なにもしなければよかったなんて、悲しいことを言わないでよ。

 そんなのは、間違っている。

 間違っているけれど、いま目の前に広がる現実を否定するだけの力が、僕にはない。

 駆けつけたタンバくんが息を呑み、ナナちゃんが悔しそうに下唇を噛んだ。

 教授のそばに近寄って、マツシタさんを見る。

 損傷がひどくて、血だらけで、雨のせいで体温も奪われていて、心臓も止まっている。

 この状態から救えるとすれば、必要なのは『傷舐め』じゃなくて、もっと……。


 ……もっと、なんだ?


 ぞわり、と皮膚が粟立つ。

 目の前にある()を回避するために、なにが必要だ?

 どんな材料があればいい?

 外傷特化の『傷舐め』じゃダメ。それはわかっている。

 でも、それ以外なら救えるものもあるのか?

 止まった心臓を動かし、沈んだ肺を膨らませ、消えかけの魂を繋ぎ止めるための手段を、見たことがあるんじゃないのか。

 AED?

 心臓動かせばいいってもんじゃない。

 救急車?

 文明はとっくに滅んでいて、僕らじゃ高度医療を施すことはできない。

 ここには、マツシタさんを救えるものは――ない。

 でも、でも、だ。


 僕はキオに頼まれたんじゃなかったのか。

 任せろと、そう応じたはずだろう。

 だったら――やるしかない。


 ないなら作る。

 鉄則だ。


 僕の顔を見たナナちゃんが、険しい顔で首を横に振った。


「お兄さん、待って。だめ。それは最後の手段」

「止めないで、ナナちゃん。とっくに最後なんだよ、いまが」

「……わかった。あとでめちゃくちゃ叱るからね」


 ナナちゃんが兵士たちに指示を出す。

 人払いと、雨除けの準備をやってくれるらしい。

 いつも頼りになる。

 僕は僕の仕事をしよう。


 さあ――集中しろ。

 深い集中が必要だ。

 瞑想に何時間もかけている暇はない。

 いますぐ『竜種』の内側に潜り込め。

 『粘幻魔法』をベースに複合魔法の形式を継承。

 『傷舐め』の高ランクの治癒力を保持、強化しながら『影魔法』の空間操作と拡張性を追加。

 リソースとして『統率』もぶち込んで足しにする。

 イメージしろ。

 ざく、と皮膚から音がする。

 右太ももの内側から、固いなにかが突き出して生えた。

 痛みが走る。

 ざくざく、と体中で痛みが鳴り響く。

 また何枚か生えた(・・・)らしい。

 気にしない。

 ただ一度、目の前の悲劇を覆せるなら、ほかのなにも気にしない……!


「創作――『限定蘇生魔法エマージェンシールーム影式(シャドウ):A』!」


 ずるり、と僕の影が蠢いた。

 教授の手からマツシタさんの体を受け取って、影で包み込む。

 細菌や悪性のものを拒絶し、保全する。

 影の内部は疑似的なオペ室だ。

 いまこの場所で救えないから、救える場所そのものを作った。

 大層なものではない。

 『竜種』の現実改変能力で、既存のスキルを捻じ曲げて作った、マツシタさんを肉体を救うだけのスキルだ。

 活動を止めた脳に幻覚を送り込み、脳内物質を無理やり励起させる。

 マツシタさんの血を媒体に同成分の粘液を生産し、輸血を開始。

 損傷部位は傷舐めの治癒力を直接ぶち込んで治癒開始。

 けれど、それだけでは鼓動が戻らない。

 止まった心臓を動かせるようにするだけじゃ、だめなのだ。

 彼女自身が生きたいと思っていない。

 冷たい体を温かくさせるものがない。

 逝きたがっている魂を繋ぎ止めるピースが足りない。

 それは、僕には用意ができない材料だ。

 だから。


「教授!」


 影式(シャドウ)を維持しながら、隣で呆然としている教授に叫ぶ。


「理由をください! マツシタさんが生きたいと思える理由を!」




教授は『理由』を提示できるのか。


★マ!

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― 新着の感想 ―
[一言] 内側も外側も粘液で嘗め回すだけだと思ったら足りなかったらしい……
[一言] 世界も本人もだまくらかして生かそうというのか。 そうだよね。頑張ったやつが辛いまま終わるなんて、ゴメンだよ。悪いが無茶してくれやイコマくん、そして教授!
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