34 事情
ややこしい事態になっているらしかった。
朝廷本部の応接室、先日マツシタさんが作ってくれた上質なソファに、疲れた顔の女性が座っている。
トモさん。僕たちが走り回って探していた女性。
あるいは、マツシタさんを探してやってきた女性。
室内には四人だけ。
僕とタンバくんが部屋の壁にもたれて立っていて、そしてフジワラ教授がトモさんの対面に座っている。
マツシタさんは気を失ったままなので、医務室のベッドの上だ。
教授はこめかみを手で揉みながら「現状から整理しようか」と呟いた。
「あなたは博多からマツシタくんを追って古都までやってきた。マツシタくんがひとりになったときを見計らって声をかけ、マツシタくんはパニックの発作を起こしてしまった」
トモさんはうつむいたまま、小さくうなずいた。
教授が言葉を続ける。
「マツシタくんのパニック発作に反応し、キオくんが攻撃を開始。キオくんを止めるため、僕は彼に『トモさんはきみの家族ではないか』と問い……」
教授はしわの刻まれた首を横に振った。
「……結果的に、キオくんのさらなる暴走を呼んでしまった。僕のミスだな、これは」
「いや、それは違うばい……違います」
かぼそい声で否定が返ってくる。
トモさんはゆっくりと顔を上げて、疲れた顔で無理やり微笑んだ。
「フジワラさんが割って入ってくれんかったら、私はあの子に……キオに殺されていたかもしれません。それは避けたかった。私のためにも、キオのためにも。……それから、マツシタさんのためにも」
教授は笑わなかった。
「トモさん。つらいことかもしれないが、聞かせていただきたい。キオくんとは、どのような関係なのかな」
「息子です」
断言した。
かぼそいけれど、たしかな言葉。
「あの人形の中には、息子がいます。死んだ息子が」
「そうか」
教授は目をつむって、深く頭を下げた。
「申し訳ない。そうだろうとわかっていながら、失礼な聞き方をした。お悔やみを申し上げる」
「失礼なのは、私です。フジワラさんはなにも悪くない。悪いのは、私ですけん」
トモさんは両手で顔を覆い、深くため息をついた。
「あの子が博多を、いや、私から遠ざかったとわかっていながら、追いかけて来てしまいました。二人きりで話したくて、わざわざひとりのときを狙って、声をかけて……いやな女です」
教授は卓上のポットを手に取って、温かい紅茶を来客用のカップに注ぐ。
とぷとぷと音がして、白い湯気と高貴な香りが、やけに虚しく室内に広がった。
「僕たちは、博多でなにがあったのかを知らない。わかったことはふたつだけ。ひとつは『マツシタくんがサバイバーズ・ギルトにさいなまれている』こと。もうひとつは『キオくんは博多ダンジョンの攻略に挑んだものたちの亡骸で作られている』こと」
カップをトモさんの前に置く。
「教えてくださいませんか。マツシタくんになにがあったのか。博多でなにがあったのか。そして……トモさん。あなたがマツシタくんになにをしたのか」
教授にしては、珍しく最奥まで踏み込んだ言葉で。
だからこそ、僕もタンバくんも、なにも言葉を挟めなかった。
トモさんはカップを両手で持ち上げて、しかし口はつけずに両手でそっと包むようにして持った。
注がれた紅茶の温かさにすがるみたいで、胸が締め付けられる錯覚をおぼえた。
「博多の竜、ムネシゲの用意したダンジョンは、炎と鉄で彩られた迷宮でした。武器を鍛え、育てながら進んでいく、そういうゲームみたいだと息子は言っていました。私は村で息子たちの帰りを待って、料理を用意していました。きっと元気に帰ってくるから、うんとたくさんのごちそうを」
トモさんは言う。
「でも、帰ってきたんはマツシタさんとあの人形だけでした。ほかに三十八人いたはずなのに。マツシタさんに聞きました。どげんした、と。あの子は、自分もつらいのに、私たちに泣いて謝りながら、必死に教えてくれました」
紅茶の水面が揺れて、映り込んでいた疲れた女性の顔をぐちゃぐちゃに崩した。
「博多ダンジョンで、なにがあったのか。……息子が最期になにを望んでしまったのかを」
★マ!
あと「いいね機能」なるものが実装されたので、好きなエピソードがあれば試しにいいねしてみてくださいね。




