32 vsキオ
僕とタンバくんがそろってホームセンター近くにいたことが、不幸中の幸いだった。
顔役から情報を得て、トモさんなる女性を探して走り回っていたから、悲鳴に気づくことが出来た。
もっとも、現状はひとつピンチをしのいだだけに過ぎない。
ばごんッ、とがれきを吹き飛ばして、キオが廃墟の中で立ち上がる。
錆が人形の関節を軋ませる音が響く。
ざりざり、がりがり、と。
……以前より錆が増えている?
少し気になるけれど、いまは後回し。
「キオ。跳び蹴りしたのは申し訳ないけど、少しは落ち着いたかな」
『おおお、おれ、わたし、わたわ、わた、ぼく、がが、ががが』
ぼうッ、とキオの引きずる魔剣が炎を纏う。
なにがあったかのかはわからないけれど、暴走しているらしい。
キオを止めなければ、このあたり一帯が延焼するだろう。
『影魔法:B』を使って、僕自身の影からずるりと薙刀を取り出す。
対人戦なら心強い武器だけれど、二メートル超の巨人と燃え盛る魔剣が相手では、かなり心もとないな。
まるで竜を相手にしているかのような重圧。
実際、キオは竜を倒した戦士だ。
竜より強いと考えていいだろう。
『ぎ、が』
短い唸り声と共に、キオの関節が駆動した。
がれきを蹴って、人形が迫る。
錆びついているとは思えない速度。
慌てて後ろに飛びのきながら、薙刀を連続複製して地面にぶっ刺しまくる。
急いで作った簡易バリケードは、キオの魔剣で薙ぎ払われ、あっという間に砕かれた。
見た目通り、パワーが高い。圧倒的だ。
「あちこち燃やさないでね! 火事になると大変だからさ!」
『ぐぐ、ぎ、あ、わた、わたし、あああ……!』
薙刀ではダメだ。
かといって、爆弾や銃火器も使えない。
キオを破壊したいわけではない。
落ち着かせたいだけだ。
まずは動きを封じるところから試してみよう。
『ぎ、ぎぎぎっ、がっ、おおおれ、おれ、は、ぎ……!』
魔剣のスイング。
避け続けることもできるけれど、周囲に火が着くのは困る。
せっかく再開拓を進めている最中なのだ、受け止めよう。
薙刀を捨てて、ずる、と影から次の武装を取り出した。
「とっておきだよ!」
ごんッ、と固い音が鳴り、魔剣が壁にぶつかって止まる。
『影魔法』で僕の影に収納しておいた、重厚な盾だ。
強化プラスチックやカーボンの盾ではない。
自衛隊基地に残されていた装甲車から取り外した、厚さ五センチ超の複合装甲をもとに製作した、特製の盾。
底部に固定用の杭もあって、地面に刺せばバリケードとしても使える。
巨大なモンスター……それこそ五メートルクラスの竜との戦闘も見込んで作ったはいいけれど、使い勝手が悪すぎて武器庫のこやしになっていたもの。
Bランクのパワーを持つ僕でも、振り回せない重量である。
『影魔法』のおかげで運ぶことはできているけれど、影から一部を露出させて、『複製』することでようやく戦闘に運用できる。
小さな壁を設置するような使い方だ。
「おお……!」
さらに『複製』を重ねる。
どかどかと音を立てて、キオの腕を挟むように盾を地面に刺す。
さすがに動けないだろう……と思った僕が甘かった。
『う、ああ、ぼく、ぼく、わたし、かあさ……ああ!』
ずるん、と。
キオが消えた。
「――『影魔法』!?」
非生物を自らの影、その内部にある異次元空間に収納する魔法。
収納できるのも取り出せるのも術者だけという、いわゆるアイテムボックス的なスキル。
ぬかった。
いつもマツシタさんの影に潜んでいると思っていたけれど、厳密には違うのだ。
キオが隠れているのは、キオ自身の影。
「暴走しているくせにテクニカルすぎるでしょ……!」
慌てて盾から飛びのく。
直後、僕がいた場所に、地面から燃え盛る魔剣が突き出されていた。
僕も『影魔法』を持っているから、わかる。
キオは自らの影とマツシタさんの影が重なる場所に自分を収めることで、マツシタさんと行動を共にしていたのだ。
いまは盾の影と自分の影を重ねて、自らを収納した。
非生物ながら、自律行動し、スキルを使いこなすキオだからこそできること。
一周回って、呆れてしまう。
「『影魔法』による回避能力、シンプルに高いスペック、高威力の魔剣……相対した竜に同情しちゃうね」
錆びていなければ、スピードもAランク相当だったはずだ。
タンバくん並みの速度である。
『りりり、りゅう……!』
ずるり、と影から体を引きずり上げるキオ。
正面から戦えば、たぶん負ける。
搦め手ありでも厳しいだろう。
粘液は炎熱で吹き飛ばされるし、幻覚も時間稼ぎにしかならない。
でも。
「ま、試してみるかな」
『影魔法』による回避を見て、ひとつ思いついたことがある。
★マ!
Q:だれの影にも重なっていない自分の影に収納した場合、キオはどうなるの?
A:出られなくなります。




