31 幕間 フジワラ、告げる
ざり、と錆びついた腕が軋む。
あとは振り下ろすだけの魔剣が、止まった。
どうして止まったのか、フジワラにはわからない。
だが、いまなにをすべきなのかだけは、直感した。
――ぬ、お……!
激しく痛む膝を必死に動かして、フジワラは女性とキオのあいだに駆け込んだ。
へたりこむ女性の前に、両手を広げて立つ。
「落ち着け、キオくん! 落ち着くんだ!」
『ぎ、ぎぎ、まも、まもるるる……!』
「キオくん! 彼女は――」
視界に小さなドワーフが映る。
いま言おうとしていることは、きっとマツシタに衝撃を与えるだろう。
だって、フジワラは『知らないことになっている』のだ。
マツシタがいまだだれにも言えず、心のうちに抱えているトラウマの中心を捉えた言葉。
だが、キオの魔剣は煌々と光り輝き、熱量を増している。
――言わざるを得ないか……!
フジワラは強くキオを睨みつけた。
あるいは、マツシタから目を逸らしたかったのかもしれない。
「――この女性は! きみのご家族ではないのかね!?」
『か、かか、かかかぞ……!?』
キオの赤い両眼が点滅する。
――やはりか!
確信があったわけではない。
ただ、そんな気がしただけ。
直感だ。いやな直感。
「……え? ど、どうして、どうし、て。知って……?」
困惑するマツシタに、フジワラは言う。
「知っている。……知っていた。すまない。知っているといえば、傷つけるかもしれないと思って、言えなかった」
マツシタが目を見開く。
フジワラの背後で、疲れた顔の女性もまた、震える声で呟いた。
「マツシタさん。私、あなたに……息子に会いに来たの。ごめんなさい、驚かせてしまって。でも、どうしてもあなたに――」
「ひ、あ、ああ、あああ……ひぅ、じ、じぶん、は……ごめ、ごめんなさ、ごめんな、い、ひぃ、いいぃ……ッ!」
マツシタの顔が青ざめ、膝から崩れ落ちた。
ひゅうひゅうと荒い息を繰り返すが、正しく呼吸ができている様子ではない。
――いけない。過呼吸か!
パニックの発作。
突然、女性と遭遇したことに加えて、フジワラが『キオがなにからできているか知っている』と告げられたことが、張り詰めていたマツシタの精神の糸を、ぷつんと引きちぎってしまった。
連動するかのように、キオも魔剣を持たない左手で頭部を抱える。
『ぎ、まも、かぞく、まも、ぎぎ、おれは、ぼくは、わたしは、ああ、あああああああッ!』
ぼっ、と。
いっそう強く、魔剣から炎が上がる。
フジワラの肌がひりついた痛みを感じるほどの熱気。
――暴走!?
そんな言葉が脳裏によぎる。
うずくまるマツシタも、背後の女性も、フジワラも。
逃げられない。
――せめて、背後の女性だけでも!
立ち位置の問題から、マツシタには手が届かない。
かばえるとすれば、背後の女性だけだ。
そして、次の瞬間、死を覚悟するフジワラの目の前から、キオが吹っ飛んで消えた。
崩れた民家の廃墟に突っ込むキオ。
同時に魔剣も暴発したのだろう、廃墟が爆音とともに弾け飛んだ。
そこまで事態が進んで、ようやくフジワラは声を出した。
「……え? な、なにが……」
一瞬遅れて爆風が吹き荒れ、フジワラのコートをはためかせる。
キオが立っていた場所に、スカートをひるがえして、黒髪の軍服女装が着地していた。
横合いからとびかかって、なんらかの方法でキオを吹き飛ばしたのだと、かなり遅れて理解する。
「……助かったよ、イコマくん」
「まだです、フジワラ教授ッ。タンバくん、マツシタさんの保護! 教授はその女のひとをお願いします! 急いで!」
言われるがままに、背後の女性に手を貸し、立ち上がらせる。
いつの間にか、背中にマツシタを背負ったタンバがそばにいた。
「おふたり、こちらへ!」
中学生忍者に先導されて、避難を急ぐ。
ばごんッ、と背後から激しい音がする。
キオとイコマが戦闘をおこなっている音だろう。
フジワラは、ぎり、と奥歯を噛みしめ、女性の手を引いて歩いた。
――ふがいない……!
この状況を招いてしまった、自分のミスを責めながら。
★マ!
イコマは暴走するキオを止めるため、スカートを翻す。
次回、『コイツ大事なシーンではいつも女装してんな』
デュエルスタンバイ。




