30 幕間 フジワラ、ひび割れた道の上で
フジワラは手首の時計を見た。
マツシタが研究本部を出て十分ほどが経過している。
――心配だな。いや、しかし、心配しすぎるのも……。
そう思いながら書類に向かい、数枚確認したあと、また手首を見る。
十一分ほどが経過していた。
「ふむ」
古都外縁までイコマを探しにいく場合、往復で小一時間もあれば十分だろう。
今日はマコモードだったと記憶している。
女装したイコマは非常に目立つから、探す時間はさほどかからないはずだ。
手首を見る。
十二分と三十秒。
時計とにらめっこするフジワラに、呆れ顔のスタッフが話しかけた。
「あの、フジワラさん? 心配ならいまからでも追いかければすぐ追いつけますよ」
「しかしだね。あまり過保護にしすぎるのもどうだろうか。相手は大人なのだし」
「フジワラさんもホムセンに用事があるってことにすりゃいいでしょう」
「だが、仕事が……」
「進んでないじゃないですか。時計ばっかり見て」
――む。たしかにそうだが。
効率的な業務状況とはいえない。
それでも悩むフジワラに、スタッフが上着を押し付けた。
「はいはい、さっさと行ってください。フジワラさんが行ってくれないと、私たちがサボれないんで」
「サボるのが前提かね」
「魔力測定済み住民のリストをひたすら整理する仕事に飽きたんですよ」
苦笑しつつ、上着を受け取る。
「お言葉に甘えるとしよう。すぐに戻るから、サボりすぎないように」
「了解でーす」
「あと、僕のデスクの一番下の引き出しに、チョコレートの缶がある」
「へ?」
「僕とマツシタくんのぶんは残しておいてくれ」
わあい、と歓声を上げる部下を尻目に、フジワラもテントを出た。
古都の冬風は冷たい。
コートの首元を強く締めて、足早に割れたアスファルトの道を行く。
小柄なドワーフと成人男性では、歩幅の差がある。
十分少ししか経っていないし、すぐに追いつけるだろう。
――太陽光パネルを魔道具化してもらえるならば、たとえば火力発電や風力発電も魔道具によるハイブリッド化が可能かもしれないな。
歩きながら考えるのは、未来のことだ。
――この先、大阪なにわダンジョン跡地のユウギリキャンプや、京都嵐山にも大規模な人類の都市が再開拓されるはずだ。その際、電力が各々でまかなえるかどうかは、重要なポイントになるだろう。
現状、大阪と京都の再開拓が古都ドウマンほど進んでいないのは、カグヤとイコマがいないからだ。
Aランクのインフラ系スキルがあるかないかは再開拓において大きな差異になる。
だが、『ドワーフ種』の技術力でAランクのインフラを代替できるならば、各都市でそれぞれの再開拓が可能になるだろう。
――いや。もっと夢を見るならば、人類が到達しなかった技術にも、魔道具ならば辿り着けるかもしれない。安定した核融合炉のような、未来の技術に……と。
数十メートル先に、がれきを左右に積み上げた道路をてこてこと歩く、背の低い銀髪が見えた。
もこもこの防寒具で着ぶくれした、寒がりなドワーフだ。
――もう追いついたか。
声をかけようと手を挙げたところで、がれきの影からふらりと人影が現れ、マツシタの背後に立った。
疲れた顔の、五十代くらいの女性だ。
難民だろうか、とフジワラが考える中、女性がマツシタの肩を叩いた。
――え?
マツシタが振り返る。
そして。
「……ひ、ぃ。あ、あああ、い、ぁ……!」
絞り出すような声が、漏れた。
反射的に、フジワラは走り出す。
「いけない、マツシタくん!」
叫ぶが、まだ遠い。
ほんの数十メートルの距離だが、フジワラにはステータス補正がない。
届かない。
「ぃ、やぁあ……ッ!」
悲鳴が上がる。
直後だ。
ずるり、とマツシタの足元から影が沸き上がった。
『ま、まままもまもまもまもるるるる……!』
巨大な人形が、ねじくれた剣を女性目掛けて振り上げた。
女性はだれで、目的はなにか。
★マ!




