28 ショッピングモールの顔役
難民窟と、だれが呼び始めたのかはわからない。
外縁に住む難民の多くは、崩れた廃屋や建築物、工場跡などにテントを張る。
崩壊したコンクリートに、発掘された色とりどりのタープやテントが無秩序に並ぶ薄暗い風景には、たしかに『窟』のような雰囲気がある。
「このままでは危ないので、補強用の建材や、イコマさんが増やした丈夫なテントを配布しています」
「ああ、こないだ山ほど『複製』したやつね」
軍にも製品を卸している海外メーカーの逸品だ。
少し重たくて扱いづらいのが難点だけれど、季節を考慮して断熱性能を優先した。
カジュアルキャンプというわけでもない。
冬のシティサバイバルだ。
「タンバくん、ホムセン近くの難民窟って、ショッピングモール跡だっけ」
「めちゃくちゃ広いですよ。住民層も広いです。過激な反朝廷派から、ひとりで生きたいだけのひとまで、たくさんいます」
げ。反朝廷派もいるのか。
「苦手なんだよなぁ、反朝廷派」
「イコマさんにも苦手な相手っているんですね」
意外そうな顔のタンバくんに、苦笑を返す。
「いっぱいいるよ。特に反朝廷派は『変態に権力を渡すな』って立て看板を立てたりするから」
「ああ……」
「ひどいよね。レンカちゃんは変態だけど、わざわざやり玉に挙げる必要ないじゃないか」
タンバくんがものすごい目で僕を見て、天を仰いでから、目頭を押さえた。
「すいません、いまちょっと反朝廷派に同情しちゃって……涙が……」
「反朝廷派に? 優しいね、タンバくん」
「イコマさんは優しくありませんね、敵対者には」
などなど、あたりさわりのない会話をしながら、がれきの散乱するショッピングモール廃墟に入る。
胡乱気な視線たちが僕らを舐め回して、すぐに目を逸らした。
「歓迎されないね」
「そういう場所ですから。こっちです。ショッピングモール難民窟の顔役が、フードコートにいるはずですので」
難民窟はいくつかあるけれど、どこにも顔役的なひとがいる。
代表というわけではなく、僕ら朝廷の人間が来たときに対応するひと、という感じ。
人間が数人集まると、多かれ少なかれ、役割が生まれるのだろう。
ショッピングモールの顔役は、ダウンジャケットでもこもこに着ぶくれしたおばさんだった。
「あんだい。今日はタンバたちだけじゃなくて、古都の英雄サマもいるのかい」
どうも、と会釈すると「フン」と鼻を鳴らされた。
タンバくんがにこやかに笑いかける。
「おばさん、こんにちは。ちょっと探しているひとがいるんですけれど、いいですか」
「いつだってだれか探しているだろう、アンタらは。だれだい?」
「西から来た難民の女性です。年齢は五十代くらいで、『トモさん』と呼ばれているらしいです。朝廷のプレハブを抜け出して、難民窟のほうに来たんじゃないかと」
「……タバコ、カートンでもらえるかい」
タンバくんが僕に目配せした。
「イコマさん、お願いします」
部下のひとりが、ひしゃげた赤いタバコの箱を僕に押し付けた。
なるほどね。
「カートンっていくつ入りなの?」
「十個すよ、イコマ卿」
『複製』でどさどさ増やすと、おばさんがいやそうに顔をしかめた。
「あたしゃ、よくわからんスキルなんてゲテモノで増やしたタバコは吸いたくないんだがね」
「そうですか。なら、これは持って帰ります」
タンバくんが笑顔を浮かべて、忍者の高速で十個拾い上げる。
おばさんが慌てて両手を振った。
「待ちな! いらないとはいってないだろうに! ああもう、これだからガキは嫌いなんだ」
ぶつくさ言いつつ、おばさんはモールの奥を指さした。
「疲れた顔した博多弁の女なら、ここ最近、モールを根城にしているよ。会いたいやつがいるとかでな」
「会いたいやつ? だれです?」
「タバコ、もう一カートン」
それくらいならお安い御用だ。
僕が増やそうとすると、タンバくんが手を挙げて制止した。
「体に悪いですよ。これ以上はだめです。お酒もだめですからね。これ以上なにか要求するなら、ほかのひとに聞くことにします」
「……クソガキが」
おばさんはため息を吐いて、タンバくんから僕に視線を移した。
なんだなんだ?
「ドワーフ、いるだろ。最近ホムセンでよく見るアイツだ。トモって女は、あのドワーフに話があるんだとよ」
★マ!
デュエルを重ねれば重ねるほど人間の心を失って機械的になっていくので、結果的に作業がはかどります。
そういうわけなので、デュエルしてもいいですか?




