21 内もものあざ
違和感を気づいたのは、フジワラ教授にマツシタさんの件を一任した夜。
大浴場で体を洗っているときだった。
「ん?」
右太ももの内側に、なにかある気がする。
泡を洗い流して確認すると、青みがかったひし形のあざができていた。
こんなところ、ぶつけたりしたっけ……?
押しても痛くない。
なんだか内側に硬いものができているような感じ。
横で頭をがしがし洗うタンバくんが、目を閉じたまま首をかしげる。
「どうしました?」
「いや、太ももの内側になんかできものがあるみたいで」
「……にきびですか?」
「こんなところに? ていうか僕、にきびできないんだよね。ほら、タフネスもB相当だから」
体がプロアスリートレベルの健康体なのである。
タンバくんは目を閉じたまま、ざぱりと頭の泡を流した。
「いちおう検診してもらったほうがいいかもしれませんね。なにか、重大な病気の予兆かもしれません」
「いやいや、そんな大げさな……」
「大げさではありますが、なにもなければない、でいい話でしょう?」
たしかにそうだ。
タンバくんは目を閉じたまま立ち上がり、浴槽に浸かった。
「……ねえ、なんでずっと目を閉じているの?」
「イコマさんと混浴ですから、見るのは失礼かと思いまして」
「つまりただの男湯だよ」
順調にバグってきている。
都市国家ドウマン、カグヤ朝廷の気風に毒されすぎだ。
……というか、目を閉じたままよどみなく入浴するって、めちゃくちゃ難易度高くないか?
さすがは忍者と言うべきか。こんなことまでできるとは。
男湯で鉢合わせたのは、実はこれがはじめて。
キヨモリ戦からまだ二か月も経っていない。
ゆっくり話す、いい機会かもしれない。
「タンバくん、そろそろ古都には慣れた?」
「ええ。みなさんよくしてくださいます。特に兵士のみなさんは、とてもフレンドリーで」
目を閉じたまま笑う。
そうかそうか、それはよかった。
「マコさんの秘蔵写真を見せてくれます」
「その兵士の名前と階級を述べよ」
「あはは、冗談ですよ。冗談です。……冗談です」
「念押しがすごい」
ぜったい冗談じゃないでしょ。
タンバくんはゆったりと肩まで湯に沈めて、はー、と長い息を吐いた。
「なかなかどうして、広いお風呂って侮れませんね。とっても気持ちいいです」
「もともと銭湯だった建物をベースに改修したからね。ほら、自衛隊にも災害救助時にお風呂専用の装備があったりするでしょ? こういう心のゆとりが大事なんだよ」
タンバくんがうなずいた。
「心のゆとりですか。勉強になります」
「ミワ先輩の受け売りだけどね。風呂に入ったりする余裕なんてなさそうなときこそ、あえて風呂に入って余裕を作るべき……だってさ」
僕も体を流して、浴槽に入った。
なお、水については僕が『複製』で増やしている。
「……余裕といえば、マツシタさんの件はどうなりましたか? その、心の傷が深いとお聞きしたのですが」
「んー。ごめん、言えないや。でも、教授がいろいろ気にかけてくれるから、だいじょうぶだよ」
「わかりました。では、僕はいつも通り訓練と見回りを。あとはユウギリの相手をしています」
よろしく、とお願いしておく。
「最近、見回りはどう? 僕、ここのところは参加できてないからさ」
「モンスターが少ないので、戦闘はあまりないですが……難民同士のいさかいが多くて。いえ、僕も難民のひとりなので、あまり偉そうなことは言えないのですが」
「古都外縁?」
朝廷に混ざれない難民が住んでいると、教授が言っていたか。
「そうです。ものを盗ったとか盗られたとか、朝廷批判のプラカードを立てて叫ぶひととか……いちばん多いのは人探しですけどね」
「人探し?」
タンバくんは相変わらず目を閉じたままうなずいた。
「朝廷に逃げてきているはずのひとがいない。来る途中ではぐれたひとを探している。……来ているかわからないけれど、探してほしいひとがいる。そういうものです」
「……そっか」
僕も肩まで浸かって、ゆっくりと息を吐いた。
あー、と口から情けない音が漏れる。
古都は比較的平和だけれど、それでもやっぱり、竜との戦争の真っただ中。
難民たちは、遠路はるばる、モンスターやダンジョンの脅威の中をやってきているのだ。
……全員が辿り着くわけではない。
「見つかる人は、どれくらい?」
「朝廷が保護して個人情報名簿を作ったひとたちに関しては、照合できるのですが……外縁に拠点を作るかたがたは、名簿化できていないので。全体での割合は、よくて一割程度でしょうか」
タンバくんは閉じていた目を開いて、拳を握りしめた。
「九割は……見つけられません。僕にどうこうできる問題ではないとわかっているのですが、もどかしいです」
「……なんとかしたいね」
タンバくんはうなずき、そしてふと僕を見て頬を赤くした。
「あ、すいません。目を開けてしまいました」
「だから混浴だって」
と、そこでタンバくんが目を細めた。
見る先は、僕の股間あたりだ。
「タンバくん? あの、僕のナニを凝視しているのかな?」
「……竜……!?」
「ははは、御立派だと言ってくれるのは嬉しいけれど、竜というほどではないよ、ウン」
照れ笑いを浮かべる僕に、タンバくんが鋭い視線を向けた。
「違います。そっちではなくて、内もものあざです」
「あ、そっち? なんだ……」
「お医者さんだけでなく、幹部たちで共有し、ユウギリにも相談すべき事案だと考えます」
急におおごとみたいに言うじゃん。
首をかしげていると、少年忍者は険しい顔で呟いた。
「そのあざ。僕には……竜の鱗みたいに見えます」
★マ!
やっぱり書籍化するし下ネタは控えめにしておこうかな。
よし! 次回から真面目一辺倒になるぞ!(前フリ)




