19 ハッシュタグ
聖ヤマ女村への移動は、合計二日間の予定だ。
明日の夜には辿り着くつもりでプランを立てた。
僕もナナちゃんも『タフネス強化』持ち。
大地震による地面の隆起や、盛り上がった巨大植物の根っこなど苦にならないから、移動速度はそれなりに確保できている。
問題は地図がないことだけど、木々に浸食された旧国道を使えば、おおまかな方角はわかる。
太陽が昇り始めた早朝、ロッジ周辺のかがり火を消火して出発する。
ロッジと湖を振り返って、なんとなく一礼すると、ナナちゃんがおかしそうに笑った。
なんだよ。別にいいじゃんか。
そう思っていると、ナナちゃんが僕のとなりに立って、同じように一礼した。
朝日で煌めく湖を背景にしたロッジとバリケードは、周囲の大樹林化した廃墟の壮大な光景も相まって、神秘的な美しさを感じる。
「昔ね、家族でここに来たことあるんだ」
ぽつりとナナちゃんが言った。
「年齢制限でアヒルのボートに乗れなくて、号泣したの。
また今度ねって言われて「いつか絶対に乗りに来てやる!」って思ってた。
でも乗る前にぜんぶ滅んじゃった」
「じゃあ、乗ったことないんだ」
「うん。あっという間に中学生、高校生になって……いつの間にか忘れちゃってた」
「今も乗りたい?」
「……どうだろ。
もう家族と乗るって歳でもないし。
かといって彼氏がいるわけでもないし」
ナナちゃんが親指と人差し指を立てた両手を組み合わせ、長方形を作った。
カメラのフレームみたいに覗き込んで、景色を切り取っている。
「でも、いま見ると――やっぱり乗りたいって思う。
ううん、いまだからこそ、乗りたいし撮りたい。
文明は滅んじゃったけど……いまここにある美しさは嘘じゃないもん。
だったら、いましか撮れない写真を未来に残したいなって」
「そっか。写真部なんだっけ」
「そう。意味もなく空の写真を撮ってSNSにアップしたりしてた」
思わず笑ってしまった。
意味もなく――か。
「いいんじゃない?
意味のあるモノばっかりじゃつまんないし。
せっかくならハッシュタグとかいっぱいつけてバズり狙っていこうよ。
いろんな場所の絶景を写真で撮って、拡散しまくってやろう」
「もうネット環境もないのに?」
「いつか復活するかもよ? 人類が地球を取り返したらさ」
「人類が完全に滅亡するのが先かも。
こんな壊れた地球で、私たちがいつまでも生きていられると思わないもの。
景色を見て回って、写真を撮って……そんなことしてる余裕、どこにもないでしょ」
くすくす笑って、指のフレームを下ろす。
それからややあって、ナナちゃんは静かに言った。
「――『壊れた地球の歩き方』って、どうかな」
「え?」
「ハッシュタグ、『壊れた地球の歩き方』……バズらないかな、これじゃ」
「ちょっとオシャレすぎるかもね」
だけど。
「僕は好きだよ、そのタグ」
「そう? ありがと」
ナナちゃんは照れ臭そうに微笑んだ。
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