18 人形の依頼
キオの持っていた炎を放つ魔剣。
まずはこちらを利用して、魔力保持者の選定をおこなうことになった。
主導するのは兵部のトップ、ミワ先輩と優秀な部下たち。
加えて、魔剣の所有者であるマツシタさんと、魔法技術について造形を深めたいフジワラ教授が参加している。
「魔力測定器を作るのは、一般人を募って『魔力を測定する価値があるかどうか』を判断してからにいたしましょう」
と、昨夜、レンカちゃんが判断したからだ。
会議に参加したミワ先輩も同意した。
「ひとまずは、いまあるもので試験する。……できればガッツリとコストかけたい分野なんだが、『魔力を遺伝している人間』がどの程度いるのか、ほんとうにスキルなしで魔法を使えるのか、そういうのがなにもわかんねえ現状、魔石をいきなり加工するのは避けざるを得ないんだわ」
ごもっとも。
魔石の数は有限なのだ。
古都に役立つスキルを持つひとが現れたときのために、とってあるだけ。
そういうわけで、僕は宮跡の芝生に建てられた『仮設魔力測定所』にやってきた。
測定所といっても、運動会で使うような大きなテントの下に机と椅子とスタッフがいるだけだけれど。
ずらりと測定待ちの兵士や住民たちが並び、エクスカリバーよろしく地面に固定した魔剣の柄を順番に握りしめていく。
ミワ先輩は頬杖をついて「ハイ次、ハイ次」とさくさく案内をおこない、マツシタさんと教授は興味深そうに測定を見ながら意見を交わし合っている。
……マツシタさんはあまり人前で仕事をしたがらなかった。
外見がドワーフなのを、見られたくないのだろう。
けれど、彼女の予想はいい意味で裏切られた。
はじめてマツシタさんを見た住民たちは、驚きはするものの、耳が尖っているからといって差別したりはしなかったのだ。
テントの前で列整理をおこなっていた顔見知りの兵士が笑顔で言う。
「見た目で判断してはいけないと、古都の人間は身に染みてわかっていますから。特に戦争に参加したやつはね」
尻ポケットに丸めたノートを突っ込んだ兵士だ。
『日記』というあだ名で知られる、古都ドウマンで屈指のポエマーである。
「それ、もしかして僕のことを言っています? 『日記』さん」
「いやいや、一般論ですって。今さら、見た目やら肩書やらが変わる程度で戸惑っていられませんし。いまやおれも忍者ですからねぇ、なにがあっても不思議じゃないですよ」
そう、この『日記』氏は、タンバくん率いるカグヤ朝廷兵部の忍者部隊に配属されているのだ。
忍術についても、一般人の体術で再現可能な範囲で学んでいるとか。
「ていうか、イコマ卿はなにしに来たんですか? 魔力関係はノータッチで、『竜種』の研究に取り組んでいると聞きましたが」
「ええ、その一環で来たんですよ」
マツシタさんと教授に手を振る。
向こうも僕に気が付いて、会釈が返って来た。
半目のミワ先輩が僕を見て、唇の端を「へ」の字に曲げる。
「お二人さん。休憩がてら、あいつに付き合ってきてくれ。おい、イコマ! あんまり時間かけんじゃねえぞ!」
相変わらず話の早い先輩である。
マツシタさんにちょっとしたお願いをするだけなので、もちろん時間はとらない。
テントの裏で「あの影に潜るスキルを複製したい」と告げると、マツシタさんはうなずいた。
「……『影魔法:C』のことです、ね。一定重量までの無機物を影に収納できるスキル、です」
「では、『複製』のために、ちょっと手とか触らせてもらいたいんですけど、いいですか?」
マツシタさんが首を横に振った。
「申し訳ありま、せんが、『影魔法』はキオのスキル、です。ジブンのスキルは『ドワーフ種』だけ、で……もともと持っていた『タフネス強化』は、『ドワーフ種』に統合されま、した。最初に、言っておくべきで、した」
銀色の髪を揺らして、マツシタさんは静かに言った。
「キオはそもそもジブンの制御下にありま、せん。キオは自分の意志と判断で戦闘をおこなう、完全に自律した存在、です。……キオは、あまりジブン以外のひとの言うことを聞いてくれな――」
マツシタさんの言葉を遮るように、ずるりと影から陶器の体が生えてきて、僕の前に立った。
ざりざりと錆びついた歯車が軋ませて、キオは右手を差し出した。
『ささ、さわ、れ』
「キオ!?」
驚くマツシタさんをよそに、人形はマイペースに告げた。
『たたた、たた、たいか。ねがう』
――対価?
マツシタさんがキオの腰あたりを小さな手で叩く。
「なにを言っている、の!? 急に出てきて、なにを」
『きき、きゅうさい、すくい、を』
鉄と陶器と歯車の手が、僕の手を強引につかむ。
……そして、その瞬間、僕は理解した。
ああ、そうか。なるほど。
『――たのむ』
真っ赤に輝く両眼が、僕を射た。
頼まれちゃあ、しょうがない。
僕はその言葉にめっぽう弱いのだ。
「いいよ。任された」
★マ!




