12 わからん
僕は道場の床に寝っ転がって、天井を眺めていた。
「無理だ……わっかんねえ……なにこれ……」
泣きごとに反応するものはいない。
訓練のない時間、貸し切りで使わせてもらっているのだ。
『竜種:B』の修行は、僕にとって非常に困難なものとなっている。
なんせ、『竜種』を持っているのが僕だけだから、先生になってくれるひともいないのだ。
最初はユウギリに指導を頼んだのだけれど……。
「いや、むりむり。わらわ、生まれつき竜じゃもん。貴様はさしずめ、人間が竜の形質を獲得した『竜人』じゃ。前提が違うのじゃから、教えるとかむり」
独房にて、読んでいたラノベにしおりを挟みながらユウギリは言った。
どんどん俗に染まっていくな、コイツ。
「ほら、魚って生まれつき泳げるじゃろ? ああいう感じ。わらわたち生まれついての竜は『どうやって現実改変の魔法を使うか』なんて考えん」
「……役に立たない堕竜だなぁ」
「なんじゃと! こら! じゅうぶんお役立ち堕竜じゃろうが!」
否定するのそっちかよ。
堕竜のほうも否定しておけよ、せめて。
「しかし、あれじゃな。ひとつ注意をしておくとすれば、貴様は『竜種』を使いこなすべきじゃが、竜に近づきすぎるのはやめたほうがよいな」
「なんで?」
「阿呆。竜になったら、竜王さまのルールに縛られるじゃろ。竜でも人でもない『竜人』として完成を目指せ。さもなくば、ダンジョン攻略そのものができなくなるぞ」
そういって、ユウギリはラノベに目を落とした。
ふむ、なるほど。
『竜はうそを吐けない』や『竜は同族を殺せない』といったルールが僕にかかると、たしかにいろいろと都合が悪い。
しかし、コイツ……ほんとうに変わったな。
タンバくんの努力のたまものだろうか。
「……ユウギリさ。それ、いいのか? 立場的にさ」
「ん? なにがじゃ?」
「いやだって、ドラゴンからしてみれば、僕が竜王のルールに縛られたほうが都合いいでしょ。僕にそういう注意をすること自体、反逆行為じゃないの?」
ユウギリはぽかんとした顔で僕を見て、天井のライトを見上げて、もう一度僕を真剣な顔で見た。
「――いまの、ナシで! 忘れろ!」
「ただのうっかりさんかよ。やっぱりあんまり変わってないな、おまえ」
と、そういうわけで、道場で『竜種』の特訓をひとりでおこなっているわけだ。
現実を改変する能力。奇跡や魔法の類。
……そもそも、どういう理屈なのかも検討がつかない。
想像力をどうすれば、現実改変能力が発動するんだ?
魔力はある。二種類の魔法系スキルも使い慣れて、魔力の扱い方もわかってきた。
想像力も、まあ、なくはないだろうと思う。
でも、イメージ通りに現実を捻じ曲げるだなんて、なにをどうすれば成し遂げられる事象なのか、ぜんぜんわからない。
「あうー」
呻きながらごろりと転がると、視線がかち合った。
寝転がる僕を見下ろすように、銀色の髪に隠れた両目とばっちりぶつかる。
「わ! ま、マツシタさん? どうしてここに」
慌てて跳び起きると、マツシタさんだけじゃなくて、ナナちゃんとえちち屋ちゃんもいた。
なんと珍しいことに、フジワラ教授までいる。
「……そ、その。種族スキルの習熟に難航している、と聞いた、です」
マツシタさんが小さく呟いた。
「先日のご迷惑のお返し、に。ジブンにできるアドバイスがあればと思って、来まし、た」
「それは……ありがとうございます、助かります。え、でも、いいんですか? その、無理しなくても……」
トラウマに触れる行為はやめたほうがいいんじゃないか、と思ったけれど、マツシタさんは褐色の首を横に振った。
「ジブンのために頑張ってくださって、いると。そう聞きま、した。それに、みなさんついて来てくださいました、し」
「私はお兄さん成分の補給も兼ねて来たよ。ホラ早くぎゅーってしろ」
「ナナ、人前では自重しなさい。……なので、私は人目のないときにぎゅーってしてあげますね、イコマおにーちゃん♥」
妄言を吐くナナちゃんたちに苦笑しながら、フジワラ教授が道場の端に正座した。
「微力だが、見守らせてもらうよ。イコマくんもマツシタくんも、無理はしないよう気を付けたまえ」
ふつうの大人な対応って、逆に斬新な気がする。
僕の周囲、変なひとしかいないからなぁ。
……一瞬、「類は友を呼ぶ」という単語が頭をよぎったけれど、深く考えないようにしよう。
★マ!
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