11 幕間 フジワラ、街を見る
イコマとコーヒーを飲んだ夜から一週間後、フジワラは山上にいた。
奈良の巨大な自然公園、その一端にある山だ。
名を若草山という。高さはそれほどでもなく、数十分あれば山頂まで登れる。
芝に覆われたのっぺりとした山で、ドウマンの支配下にあったためか、巨大樹林に浸食されていない。
視界が開けており、奈良市を一望できるスポットとして有名である。
初老のフジワラが気軽に登れる程度の山だ。
――さすがにハイキングコースは荒れているがね。
三年近く、整備の手が入っていなかったのだ。
荒れた道を山頂まで行くかどうか少し迷ってから、フジワラは背後を振り返った。
古都奈良、平城京。
いまは都市国家ドウマン、カグヤ朝廷が暫定的な支配を敷いている街が、一望できた。
「このくらいの高さでいいだろう」
だれともなしに言い訳をして、足を止める。
フジワラは手提げかばんから折り畳み式の小さなアウトドアチェアを取り出し、芝の上に置いた。
イコマが複製したものだ。
――いささか便利すぎる能力だな。頼りすぎてA大村の二の舞にならないようにせんと。
よっこらせ、と無意識に呟きながら椅子に座る。
無言で街を眺める。
倒れたビル、割れた道路、崩れた寺社に広大な自然。
キャンプ群もよく見える。
まだまだ、手を加えるべきところがたくさんあった。
中心となるカグヤ朝廷本部のキャンプから離れたところに、イコマの複製品ではない小さなキャンプもちらほら見えている。
朝廷に馴染めず、しかし、安全を求めてやってきた難民のキャンプだ。
――ふむ。範囲としては、このくらいか。
フジワラは両手で円を作って、古都の風景を内側に収めた。
手を引いたり、伸ばしたりして、円の内側の面積を変える。
――馴染めぬものたちをも守れる街の構想、か。
フジワラは苦笑し、手を下ろそうとしたところで、ふと気づく。
円の下側、若草山のハイキングコースに、人影があった。
小さな影がみっつ。
ふたつは見知った影だ。
黒髪のポニーテールに薙刀を背負った少女と、背の低いメイド服の女性。
ナナとメイド先生だろう。
だが、もうひとつの影、メイド先生よりさらに背の低い人影は、知らぬ顔だ。
向こうもこちらに気づいたのだろう。
ナナがこちらに両手を振った。
フジワラも片手を上げて応じる。
三人はすぐにフジワラのところまで登って来た。
「教授、こんな中途半端なところでなにやってるの? いちばん上まで行かないの?」
「道が悪くてね。初老にはいささか厳しい道のりだ」
「そうかなぁ。クキ先生とかなら、たぶん走って登れちゃうよ」
「特殊な例だ、あれは」
――あの老師を基準にされると、厳しいものがあるな。
苦笑して、フジワラは見知らぬ顔に目を遣った。
メイド先生以上に小さな体躯と、土色の肌に尖った耳。
銀色の前髪で、目が隠れている。
――噂の客人だな。先週古都にやってきた、ドワーフ。
フジワラは微笑んで、右手を差し出した。
「はじめまして。古都にようこそ、マツシタくん。僕はフジワラという。専門は古文、担当は都市計画だ。よろしく頼むよ」
「は、はじめまし、て」
軽く握手をして、フジワラは少しだけ目を見開いた。
――見た目と違って、堅い手のひらだな。
背は低くとも、大人なのだろう。
無意識に子ども扱いしないよう気をつけねば、とフジワラは襟を正す。
「きみたちは、登山かね」
「ええ。マツシタさまに街を案内するにあたって、まずは眺望していただくのがよいかと思いまして」
メイド先生の言葉にうなずく。
「山頂までいくのかね?」
「そのつもりでしたが、ここからでもじゅうぶん見えますね。マツシタさま、どうなさいますか?」
「……ジブンは、ここでいい、です」
マツシタは振り返って、街を見た。
前髪の奥で、目が細められる。
「広い、です」
「ドウマンの支配領域、ダンジョンだったところは樹林の浸食がないようでね。街のことなら、なんでも僕に聞くといい」
そう告げて、フジワラは椅子から立ち上がる。
「座るかね?」
「……いえ、座ると見えにくいので、だいじょうぶ、です」
「なら、もう少し椅子は老人のものとさせてもらおう」
座り直して、フジワラはまた街を見る。
しばらく無言の時間が流れてから、フジワラがナナを見た。
「そういえば、最近、イコマくんはどうかね。特訓中だと聞いたが」
「あー……」
薙刀の少女は目を逸らした。
「お兄さんにしては珍しく、めちゃくちゃ難航してるよ」
★マ!
いろんな原稿が滞っていて書き溜めストックが尽きそうなので応援コメントください(真顔)




