18 閑話 A大村公開班長会議
地獄だ、とカグヤは思った。
胃がきりきりして仕方なかった。
場所はA大学の大ホール。
月に一度の公開班長会議を行なっていたところである。
互いの班の成果や現在の問題点などを発表しあい、情報の共有を行うとともに、住民からの意見や苦情を広く受け付ける日でもあった。
A大村が村として成立し、班ごとの振り分けが行われたときから行われてきた恒例行事だが、
――こんなに居心地が悪いのは初めてだよぅ。
入学式、卒業式などのイベントにも使用される大ホールの壇上。
衆目を浴びるせいで緊張することはあっても、嫌な気分になることは少なかった。
それが、今日はどうだ。
非難轟々だ。
「静粛に! 静粛にしてください!」
司会を兼ねる工学班の班長が、マイクを用いて呼びかける。
だけど、聴衆は五百人以上いるのだ。
その程度ではなかなか治まらない。
五千人いるA大村の住民総数からすると一割程度。
だが、住民全体の一割が参加する会議は、班長会議発足時以来ではないだろうか。
彼らは送り込まれてきたのだ。
友人や知人のグループ、班よりももっと小規模な集まりの代表として。
仕事のシフトを調整し、為政者たちに声を届けるためにやってきた。
その代表たちが、叫んでいる。
どうなっているんだ、ふざけるな、班長としての責務を果たせ――。
壇上向かって一番左の席で身体を小さくするカグヤに、隣に座った老齢の男性が静かに言った。
建築班の班長、大学教授のフジワラだ。
「やれやれ、困ったことになったねぇ。
イコマくん一人の不在が、ここまで大きくなるとは」
「いっくん……イコマくんのせいじゃないです」
そこだけはしっかり言い返しておくが、つまりはそういうことだ。
イコマの不在がこの喧騒に影響していることは、事実である。
カグヤは嘆息し、意を決して顔を上げた。
正面から数々の叫びが飛んできて、それだけで泣きそうになってしまう。
彼らも最初から叫んでいたわけではない。
『薬剤や化学製品の在庫が目減りしているが、イコマ氏が追放されたというのは本当だろうか』とか、『彼の追放によって生まれる損失は、だれが補填するのか』とか、語調は厳しいものの、参加者としての礼節を保っていた。
叫ぶようになったのは、礼節を保たないものがいたからだ。
「狩猟班班長。
先ほどの発言を撤回してください」
カグヤなりに声を張って、壇上の反対側、一番右端の席に呼びかける。
そこにいるのは狩猟班班長レイジ――彼はなぜか嬉しそうに笑った。
ようやく壇上で動き出した班長たちに、聴衆が少し鎮まる。
「カグヤぁ。ようやく話しかけてくれたな」
――班長同士じゃなかったら、絶対に話しかけたりしないのに。
と、カグヤは頬を引きつらせた。
スキルランクの高さゆえに班長になった身を呪うのは、文明崩壊後の世界ではぜいたくな悩みだと思うけれど。
しかしながら、班長に選ばれたからには、責任がある。
馬鹿の口から出る馬鹿な言葉は無視して、務めを果たさなければならない。
「撤回してください。
参加者の……住民の皆さんを『無能』呼ばわりするとは、どういうことですか」
「だってそうだろう?
なあ、カグヤ。こいつらはあのパクリ野郎に頼りきりだったんだぜ?
つまり、イコマ同様無能ってことさ」
理屈が通っていない。というか、理屈が存在しない。
その上、しっかりとマイクに向かってそんなことを言うものだから、またしても聴衆が爆発的に罵声を浴びせ始めた。
レイジはうるさそうに目を細めるが、口元は笑っているあたり、機嫌がいいらしい。
「あーあー、うるせえうるせえ。
まあたしかに、いろんな物品は減ってきた。
一部の物品……避妊具なんかはもうなくなっちまったしな。
このままじゃ、半年後には薬品類を含めた物品がなくなるだろうって試算も出てる。
それはおれたち班長も認めるところだ。
だがよ、よく考えやがれ。
――それは班長の責任か?」
フジワラ教授が本当に小さな声で「そうだな、班長会議の責任ではなく勝手に追い出した貴様個人の責任だな」と愚痴る。
――大きな声で言ってくれればいいのに。
と、カグヤは思うが、大々的に喧嘩をしたくないのはカグヤも同じだ。
レイジは少し、なにをするかわからない危うい部分があって、できれば手を出したくないし、出されたくもないと、そんな風に思ってしまう。
「なあ、よく考えろよ。
こんなに短い期間で物資がなくなるのは、だれのせいだ?」
おまえのせいだよ、と班長の大半は思ったが、やはり言えなかった。
班長連中の主導で『イコマがいなくなったため、物資の節約をせよ』と呼びかけたのだが、まったく節約をしなかった馬鹿たちがいて、そいつらがほかの住民にもこう広めたためである。
『イコマは無能であり、『複製』は大した量を補っていなかったから、今まで通りの生活をしても問題ない』
そんなわけがない。そのニュースを聞いたとき、カグヤですら「馬鹿が余計なことを!」と口汚く罵ってしまったくらいだ。
その馬鹿の代表が、演説ぶって話を続ける。
「おれたちが! A大村に住む我々が!
こんなに苦しんでいるのは、だれのせいだ!?
班長のせいか!? それとも、資源を使い込んだおまえらの責任か!?
だれがいなくなったからおれたちは困ってる!?
『複製』を持っていたアイツ! アイツがいねえからこんなことになってるんだ。
つまり……もうどういうことかわかるだろ?」
そして狩猟班班長が、信じられないことを言った。
「――これはすべて『複製』使いのイコマが招いた人為的な被害!!
いや、アイツによるA大村への攻撃と言ってもいい!!」
カグヤは一瞬、頭が真っ白になった。
そして、
「は、はぁ!? なに言ってるのよぅ、狩猟班班長!!」
思わず大声で反応してしまった。
しかし、反応せざるを得まい。
だって、
「いっくんを独断で、勝手に、暴力をちらつかせてまでして追い出したのは、あなたでしょ!?」
原因は狩猟班班長レイジであるはずなのだ。
それなのに、なぜ――村のために頑張っていた後輩が、悪者にされている……!?
怒りでどうにかなってしまいそうなカグヤに、レイジは唇を尖らせて不機嫌そうに言った。
「なんでアイツはあだ名で、このおれは役職呼びなんだよ。
レイくんって呼んでくれてもいいんだぜ?」
名前すら呼びたくないから役職呼びをしているのだ。
あだ名? ぜったいにイヤだ、死んでも呼ぶものか。
「おれが追い出したってのは心外だな。
確かにおれは出ていけと言った。それは認めよう。
だがよ、本当にヤバいなら、誰かが止めたはずだ。
それこそ、ここにいる班長連中が。
そうだろ?」
――うぐっ。
痛いところを突かれた。
カグヤ自身、イコマの不在による損失は補えると思っていた。
いや、少なくとも自分の農耕班については、補いきっている。
だが、それはカグヤが『農耕:A』を持っているからだ。
ほかの班は回っていないし、化学製品の補給に至ってはイコマ以外にできるわけもない。
見通しが甘かったのは、事実である。
「おれたち狩猟班は、アイツがいねえからといって仕事が回らなくなったってことはねえ。
なのに、ほかの班、特に生産系の班はどうした?
いなくなるとヤバいってわかってたなら、出ていくイコマを止めなきゃいけなかった。
違うか?」
飄々と言い放ち、レイジは立ち上がった。
すでに聴衆は声を潜め、ざわざわと言い合い始めている。
まずい、とカグヤは思った。
彼らは一般住民で、レイジがどうとか、イコマがどうとか、そういう話に詳しくないものが大半である。
詳しくないから、ここに来ている。
説明と対策を求めて、生活と生存の不安を払拭するため、班長会議で『正しい情報』を聞きに来たのだ。
つまり、彼らは。
――情報が正しいか間違っているか、精査することができない階層だよぅ……!
恐ろしいことに、レイジは常に一定の支持を得ている。
班長という役職、A大村最高の戦力という肩書は伊達ではない。
自信満々な態度や、大仰な身振りは彼があたかも『正しいことを言っている』かのように錯覚させる。
詳しい事情を知らない人間が見たとき、ファーストインプレッションで声が大きくて堂々としたヒトの話を信じてしまうのは、心理学的にどうしようもないメカニズムだ。
「だから、おれはこう思う。
アイツは呼び止められても『出ていった』んだ。
アイツ自身の望みでな。まったく、勝手なことしてくれるぜ」
しかも今回は、事実をかすめているのが怖い。
イコマはもともと外の世界を見たがっていたし。
カグヤはそんなイコマを快く送り出した。
発端がレイジの悪行だとしても、それはたしかに事実なのだ。
割り込めない。言葉を挟めない。
――みんなにうそは……つけないもん……。
カグヤは嫌な汗を全身から流しつつ、会議が早く終わることを願うしかなかった。
「だから、コレはイコマに責任がある。
アイツが十分な在庫を『複製』してくれていたら、こんなことにはならなかった。
そうだろ?
すべての責を求めるべきは、イコマなんだよ」
――ごめん、いっくん。やっぱり私には無理だったよ。
カグヤはゆっくりと俯き、膝に置いた両手を見る。
小さな両手の爪には土の汚れがついていた。
「まあ、おれもアイツの無能さはともかく、『複製』スキルの生産性は侮っていた。
そこは班長として、おれが責任を感じる部分でもある。ちょっとだけな。
だからよ、おれはここに宣言するぜ」
壇上の右端で、レイジが両手を広げた。
「イコマを連れ帰り、この損失分を補い、今後必要になるであろうすべての物資百年分の『複製』が終わるまで休まず労働させる。
それが、おれが班長として果たすべき義務ってやつだ」
カグヤは思う。ここが地獄であると。
聴衆の半数近くが馬鹿の言うことに乗せられ、イコマの人権を無視した主張を拍手で迎える景色。
思わず顔を俯け、目を閉じてしまう。
もうこんな光景見たくないと。
――いっくんに、なんとかしてこのことを伝えないと。
顔を俯けて、カグヤは静かに決意する。
あの気の良い後輩を追手から逃がさないと、A大村はイコマの命を食いつぶしてしまう。
それだけは避けないと、カグヤは自分を許せそうになかった。
ようやくあらすじの途中くらいですかね。
あらすじ後のストーリーも考えていますが、たどり着くまでまだもう少しかかりそうです。
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