8 自分のすべて
マツシタさんは言う。
「ドワーフになった、のは。仲間たちと博多ダンジョンの攻略中……ムネシゲとの最初の遭遇のとき、でした」
粘液だらけの応接室を大急ぎで片付けた僕らである。
新しいソファも用意した。複製で。
ちょこんと腰かけたマツシタさんは、両手を膝の上で握りしめて、うつむいた。
「ムネシゲは、博多の竜、で。その……」
「無理して言わなくていいのですよ、マツシタさま」
えちち屋ちゃんが優しく語り掛けると、マツシタさんは首を横に振った。
「……ジブンは、ダンジョン攻略担当のひとり、でした。ムネシゲは、ジブンに『適性がある』と言って、『ドワーフ種:B』を植え付け、ました」
やはりそうか。
天変地異のときではなく、ごく最近にドワーフになったのだ。
「それから、ジブン……ジブン、は……あ、ああ……う……」
マツシタさんが震えて、両手で頭を抱えた。
えちち屋ちゃんが背中をさすって、抱き締める。
「だいじょうぶ。だいじょうぶですよ。無理しないでください。――ナナ、頼めますか?」
「ん。マツシタさん、ちょっと休憩しよっか。こっち、客間があるから、そこで。ね? あったかい紅茶もあるよ、クソ高いやつ」
震えるマツシタさんは抵抗することなく、手を引かれて応接室を出ていった。
ふたりを見送って、えちち屋ちゃんに向き直る。
「えちち屋ちゃんは知ってるの? その、トラウマの中身をさ」
「あまり詳しくは。話すことすら難しいらしくて。ただ……どうやら、マツシタさまはダンジョン攻略の過程で、仲間を亡くされたようです」
「……仲間を、亡くした」
「ええ。イコマさまは、サバイバーズ・ギルトという言葉をご存知ですか?」
サバイバーズ・ギルト。
直訳で、生存者の……罪悪感?
えちち屋ちゃんがうなずいた。
「おそらく、彼女はただひとり生き残ってしまった。自分だけが助かってしまったことに、責任を感じているのだと思います。あの人形を見ましたね?」
「ああ、うん。『自分のすべて』って言っていたね」
マツシタさんの影から現れ、彼女を守るような行動を見せた魔剣人形。
おそらく、彼女のスキルによるものだと思う。
不思議なものはたくさん見て来たけれど、今回はぴかいちだ。
「マツシタさまは、九州から聖ヤマ女村にやってこられました。博多から下関を越え、未攻略ダンジョンがひしめく中国地方を抜ける長旅を……あのキオという人形と共に」
人形と共に。
あるいは――人形だけを連れて。
マツシタさんは言った。
『自分のすべて』と。
「『自分のすべて』――最後に残ったものが、キオだけだったと?」
「それ以外のものは失われてしまったと考えております。少なくとも、博多ダンジョンの攻略に携わった方々は。もちろん、詳しい内容を話してくれたわけではないので、推測に過ぎませんが」
えちち屋ちゃんは溜息を吐く。
「ラジオで聖ヤマ女村のことを知っていたそうです。『博多にはいられないから来た』と……そうおっしゃっておられました」
博多にはいられない。
サバイバーズ・ギルト。
気持ちを想像するのもつらいけれど、彼女はきっと、ダンジョンからひとりで帰ったのだ。
竜を倒しての帰還。
しかし、それは凱旋ではなく……拠点住民への、訃報の使者として。
「……マツシタさんは、どうしたいのかな。それは、聞いた?」
「さて、それはわかりませんが……ひとまずは、知り合いのいない古都でゆっくりしていただくのがいいかと思いまして」
「そうだね。……あれ、でもそれなら別に古都じゃなくて、聖ヤマ女村でもよかったんじゃないの?」
いうと、えちち屋ちゃんは珍しく不機嫌そうな顔になった。
「古都ドウマンには……監獄にアレがいるでしょう。ほら、私とキャラがかぶっている年上のロリが」
……もしかしなくても駄竜ユウギリのことだろうな。
年上のロリと呼ぶには年上すぎるけれど。
数百歳とかじゃなかったっけ?
「ユウギリが、どうかしたの?」
「もし可能ならば、マツシタさまの『ドワーフ種』を取り除くことが可能か、聞いていただきたいのです。竜に植え付けられたあのスキルは、ダンジョンでの記憶そのものでしょう。取り除けるならば、取り除きたい」
なるほど、道理だ。
『複製』を持つ僕はスキルを自由に消せるけれど、ふつうは無理だもんな。
「ついでにいえば、『竜種』に次ぐ種族系スキルが出てきたわけですから。イコマさまのほうも、あの駄竜に聞くことが増えたのでは?」
……。
言われてみれば、その通りだ。
あの駄竜、まだまだ情報握ってそうだな。
★マ!




