7 魔剣人形キオ
ソファごと後ろにひっくり返って、大剣の横薙ぎを回避する。
隣に座っていたナナちゃんもまた、飛びあがって避けていた。
「だめ! キオ、止まりなさい! キオ!」
『りゅ、りゅりゅ、りゅうは……ころす……ころして……!』
腰から上をおもちゃの人形みたいにぐるりと一回転させて、二度目の大剣が迫る。
バックステップで距離を取って、これも回避。
速度的にはCランクかそこら。
僕たちなら余裕をもって回避できるけれど、客人を迎えるだけだと聞いていたから、武装の用意がない。
もっとも、ただの薙刀であのマグマみたいな大剣を相手にできる自信はない。
「ナナちゃん! あの剣、魔力の気配がする!」
「うぇえ、マジ!? それってつまり……」
ごくり、とナナちゃんが唾を飲んだ。
「魔剣ってこと!? やば! 記念写真撮ろう!」
「あとにしろ!」
『りゅう……!』
ぶん、と大剣が唸った。ああもう。
「えちち屋ちゃん、マツシタさんをお願い!」
「承知いたしました、ご主人さま」
ぱん、と両手を打ち鳴らす。
『複製:A』と『粘液魔法:C』の重ね掛け。
「なにがなんだかよくわかんないけど、まずは動きを封じる……!」
両手の間で高速複製された粘液が、怒涛の勢いで人形――キオに殺到する。
秘技・ローション津波の術だ。
ナナちゃんに「二度と技名を口にするな」と厳命されたワザなので、心の中だけで唱えておく。
ともあれ、これで一度動きを封じて――。
『ころころころころころころすすすす……!』
ずばん、と。
粘液の波涛が切り裂かれた。
魔剣の刀身が赤く輝き、瞬間的に蒸発した粘液の白い蒸気を纏っている。
直撃コースだったはずの粘液が、キオの周囲にぼとぼとと落下した。
「……気化熱の体積増加で吹き飛ばした!?」
そんなことできるの!?
うわあの魔剣かっこい――じゃない!
火はマズい! この建物、ぜんぶ木造なんだけど!
慌てる僕をよそに、ぎゃりぎゃりと錆びついた音を立ててキオの関節が駆動する。
まずい。
あの剣を避けて建物にあたりでもしたら、朝廷本部が大火事になる!
「キオ! だめ! 止まって!」
えちち屋ちゃんの腕を振り払って、マツシタさんが前に出た。
「この人たちは、違う、の! 敵じゃな――わっ」
そして滑った。
勢いそのままに、ずるん、と。
床にぶちまけられた粘液のせいだ。
前に出した足を蹴り上げるような形で――後頭部を思い切り床に打ちつける形で。
ぎゃり、と音を立ててキオが振り向く。
マツシタさんに向けて、左腕を伸ばす。
武器を持っていない、左腕を。
その一瞬で、なんとなく、わかった。
あれは敵じゃない。
しかし、動きが遅い。
錆びついた歯車の関節では、到底間に合わない。
とっさに動いたのは、応接室の壁際に退避していたナナちゃんだった。
「粘液ッ! こっち!」
鋭い指示が飛ぶ。
反射的に手のひらで『複製』した粘液の塊を、ナナちゃんに向けて弾き出す。
同時に、ナナちゃんが木造の床に勢いよくスライディングを決めた。
通常ならば、大した距離を滑ることはできないけれど、僕の粘液とナナちゃんの瞬発力なら――間に合う!
「……わ、わ。え?」
マツシタさんが目をぱちくりさせる。
ぎりぎりで滑り込んだナナちゃんが、小さなドワーフをしっかり抱きかかえて、部屋の壁を蹴って止まったのだ。
一瞬の出来事だった。
「セーフセーフ。いや、危ないところだったね、マツシタさん」
ほう、と息を吐いて、ナナちゃんがキオを見た。
「あなたたちを傷つける意思はないの。話を聞きたいだけ。……話したくないなら、それも別にいい。この街はマツシタさんを歓迎するよ」
ぎゃり、と関節が唸る。
キオは金属の顔を僕に向けた。
真っ赤な眼光が、ぎらりと僕を照らす。
『……りゅう、か』
「僕としては、人間のつもりなんだけど」
からくり人形はしばらく固まったあと、ぬるり、とマツシタさんの影の中に沈んでいった。
どうやら、暴れるのをやめてくれたらしい。
ほっと一息ついたところで、ナナちゃんが粘液まみれで首をかしげる。
「で、結局いまの、なんだったの? モンスター?」
「いえ、キオは……モンスターではない、です」
マツシタさんが顔をうつむけて、震える声で呟いた。
「キオは、ジブンの……」
落としたら割れてしまいそうなほど儚い声で、言う。
「ジブンの、すべて、です」
★マ!




