5 技術
翌日、僕は兵部が新設した道場で床に転がっていた。
というか、転がされていた。
ぜえはあと荒い息をする僕に、いかめしい顔つきの老人が鋭い視線を向けた。
「技術のおぼえはいい。筋もいい。だが小器用さに頼りすぎるな」
老人――クキさんが兵部の特別指導役になってから、訓練がてら体術の指導をしてもらっているのだけれど、もうマジで強い。
一本も取れないまま、床を転がされ続けている。
一緒に訓練しているヤカモチちゃんやナナちゃんも、壁に寄りかかって荒い息だ。
「頼りすぎるな、ですか。うーん……」
正直、自覚はある。
いつだって小手先頼りで戦ってきた人間だ。
「イコマ。おまえには『幻覚』と『粘液』の魔法系スキル二種に加えて『複製』もある。小手先の工夫が先に立つのは、よくわかる」
「え、まあ、僕の強みって結局そこですし……」
首をかしげる僕に、クキさんが溜息を吐いた。
「和歌山でタンバが儂に勝った方法、わかるか?」
……そういえば、タンバくんはクキさんに一回勝ったんだっけ。
ダンジョン挑戦を認めさせるために、立ち合いをして。
どうやって勝ったのかは、そりゃスピードを生かして立ち回ったんだろう、とは思うけれど。
しかし、それが答えだとは思えない。
むむう、と唸る僕に、クキさんが再度溜息を吐いた。
「むずかしく考えすぎだな」
クキさんが身をかがめて僕の道着の袖を掴み、引っ張った。
次の瞬間、僕はものすごい勢いで立ち上がっていた。
うおう。
驚いてクキさんを見ると、鋭い視線とばっちり目があった。
「わかったか?」
「……これ、合気道の応用ですか? それとも柔術?」
「違う」
クキさんは即座に否定した。
「筋肉だ。『タフネス強化:B』を得て以来、筋トレは欠かしていない」
「き、筋トレ……」
「タンバは単純な速度で儂に勝った。背後を取ることだけに特化した立ち回りでな。当たり前だ。そうでなければ儂は負けん」
つまり……僕は難しく考えすぎたらしい。
「おまえは全種のステータス強化を持っている。力や速度で攻めるべき場面で、わざわざ小手先を持ち出す必要はない」
「……でも、それは……スキル頼りは、ちょっと卑怯な気が……」
「スキルがなければ、儂は両足で立っておらん。儂がこうして動き回るのも卑怯か」
む、むう。
答えられなくなって目を泳がすと、クキさんが小さく笑った。
「使えるものを使う。それが技術の本質だ。竜に与えられたモノが気に食わない気持ちもわかるが、人類にそんなことを考える余裕はないだろう」
まったくもって正論である。
人類が生存圏を取り戻すためには、使えるものはなんでも使わなければならないのだ。
そこに好き嫌いの入り込む余地はない。
「……そうですね。スペックゴリ押しでいけるところは、それでいきます」
「そうしろ。……それと、悩み事があるならば、だれかに話して解決するのがいいだろう。今日は珍しく気が散っていたようだ」
「あ、わかりますか」
えへへ、と思わず誤魔化し笑いが漏れる。
そうなのだ。
昨日、フジワラ教授から引退の話を聞いて以来、ずっともやもやしている。
『なにかできることはないだろうか』とか『いやでも本人が決めたことだしな』とか、そういう考えが後頭部でずっとちらついて離れないのだ。
「おまえの最大の強みは、数多くの仲間に支えられているところだろう。強みは活かせ。ありとあらゆる場面でな」
素直に「はい」とうなずいたところで、クキさんが顔を道場の入り口に向けた。
「今日はここまで。おまえに客だ」
僕もつられて視線を向けると、意外なひとが立っていた。
僕より六つ年上のお姉さん……にして、見た目は中学生くらいにしか見えない合法ロリメイド先生が、そこにいた。
「わ、えちち屋ちゃんっ?」
「ご無沙汰しております。本日は所用あってまいりました……イコマおにーちゃん♥」
優雅に頭を下げて、えちち屋ちゃんはいたずらっぽく微笑んだ。
★マ!




