17 ずるい
ギャングウルフのせいで食べそこなっていた丸パンを取り出す。
一週間ちょっと経過しているが、カビはない。
聖ヤマ女村に辿り着くまでの行動食にギリギリ使えるだろうか。
『複製』を発動し、パンを四つほど増やしておく。
ひとまず朝ごはんのぶん。
「ナナちゃんの分は食べやすいようお湯で煮崩してパン粥にするけど、別にいいよね?」
確認を取るため振り向くと、ナナちゃんが寝床で目を丸くして僕を見ていた。
「あの、ちょっと待って。
私の見間違いかな、いま虚無からパンが出てこなかった?」
「うん? あれ、僕の『複製』は説明してなかったっけ」
ジャージを増やしたりパンを増やしたり実演してみせると、ナナちゃんは頭を抱えた。
「なにその頭悪い能力……!?
え、元手さえ確保できれば無限ってこと!?」
「いや、無限じゃないよ。
使いすぎるとしんどくなるし、大きさや素材によっては一日一個か二個が限界だったりする。
たとえばスキルを『複製』する場合は、一日に十回が限度かなぁ」
「待って、スキルを『複製』とかいう意味の分からないワードを追加しないで。
なに、他人のスキルも複製できちゃうの?」
「あ、他人だけじゃなくて、モンスターからも複製できたよ。
ほら、それこそ『傷舐め』がギャングウルフから複製した能力で……」
ナナちゃんは絶句してタオルの山に顔をうずめた。
「……なんで追放されているの、お兄さん。
どう考えても魔法級、ひょっとしたらそれ以上の激レア能力じゃない……」
「あー、なんでだろ。
A大村は最初から僕がいたし、みんな『複製は普通』だと思っていたのかも」
「普通なわけないでしょ……!」
大量生産という点においては、そこまで有用とも言えないのも一因か。
僕の手で触れなければならない点、複製に限りがある点を加味すると、それこそカグヤ先輩の『農耕:A』や班長連中のBランク生産系スキルのほうが有用性は高かった。
人口が多いぶん、わかりやすく凄いヒトが多いから、埋もれていた感はある。
「お兄さん、聖ヤマ女村に来たら複製してもらいたいものがたくさんあるんだけど、いい?
もちろん対価は支払うから。いくらでも私のおなかをぺろぺろしていいよ」
「複製するのは別に構わないんだけど対価がおかしいね」
「えっ!? もう私のおなかには飽きたっていうの!? こんなに舐めまわしたのに!」
そうじゃねえよ。
「そんな……! わかった、生徒会長のおなかを提供するわ」
「勝手に他人のおなかを売り渡すな」
しかも伝え聞く限り、ぶっちぎりで男性排斥の指導者じゃねえか。
とまあ、そんな一幕もありつつ、僕らは準備を開始した。
ナナちゃんは回復直後ということもあり、軽く歩いて調子を確かめたり、バックパックに荷物を詰めたりと、そういう軽作業が主だ。
破れたセーラー服の代わりに僕のジャージを渡した。
少しの間だけ、コレで我慢してもらおう。
大き目のジャージの腕と足の裾をまくっている姿は、なんだかちょっとかわいい。
僕は旅行用にロウソクを複製したり、僕らが旅立ったあとロッジにモンスターが入り込まないようにバリケードを増強したり、隙間を念入りにふさいだりした。
旅中も『複製』があるから荷物の準備が少なくて済むのは、独自の利点だろう。
それから、ホーンピッグの角と木の棒から、三メートルほどの長さの武器を作成。
これはナナちゃんが使う武器だ。
「リハビリがてら、ちょっと動きたいかな。
戦闘は私が受け持つよ」
傷が治ったとはいえ、まだ無理をしないほうがいいんじゃないかと思ったけれど、ナナちゃんはやる気だった。
「なんか、いつもより気力が満ちてるっていうか、元気がある感じ」
と不思議がっていたけれど、もしかしなくても『統率:C』の効果だと思う。
僕がナナちゃんを、そしてナナちゃんが僕を仲間だと認め合っているから、ギャングウルフの群れを形成するスキルが発動しているのだ。
互いを認め合い、互いのために行動する。
そう考えれば、あのオオカミの群れも、人間の共同体も、大差ないのかもしれない。
むしろ、オオカミのほうが人間よりもシンプルで強いつながりを持っていたようにさえ思う。
妬みから追放するなんていうのは、ギャングウルフの群れにはないイベントだろうし。
そう、ギャングウルフといえば、だ。
準備の中で一番厄介だったのは、ギャングウルフの死体の処理である。
なんせ合計で十二匹もいたんだから。
牙と爪は解体して湖で洗浄し、持っていくことにした。
武器類の素材になるはずだ。
ホーンピッグの角もそうだけど、こういったモンスターの素材は異様に丈夫かつ鋭利であり、加工品の素材にしやすい。
たぶん、地球をこんな風にした神様みたいなのがいるとしたら、相当なゲーム好きだと思う。
皮も同様に貴重な素材だけれど、血抜きもしないまま一昼夜以上経っていたため状態の悪化が激しく、加えて手持ちのナイフでバラしきるのは難しいため、諦めて燃やすことにした。
大量のロウソクとラード、よく乾いた木材を複製で量産。
燃やす場所は大樹林と湖の間で、可能な限りロッジから離れた場所にした。
あと風下。匂いがロッジに届かないよう注意する。
地面に染み込んだ血液はもうどうしようもないけれど、腐肉や血の匂いが新たな肉食獣を呼び寄せる可能性は高い。
えっちらおっちら運んだ死体を積み重ねて、ラードとロウソクをぶちまけ、囲むように木材を組んで着火する。
これで死体が燃え尽きるかどうかは不安だけれど、やらないよりはマシだろう。
大樹林に飛び火すると怖いから、あまり大規模な炎は上がらないよう気を付けた。
明日の朝まで燃えていたら、消してから出発しよう。
と、そういったことを午前中にやりきってロッジに戻ると、バリケードの前でストレッチをしていたナナちゃんが、半目で僕を見てきた。
「え、なに?」
「いや、なんというか……ずるいなぁ、と思って」
「褒めてる?」
「めちゃくちゃ褒めてるよ、お兄さん。
お兄さんを失ったA大村は今ごろ地獄を見てるだろうね」
地獄って。
それは言いすぎじゃないかなぁ。
「面白い!」「ぺろぺろ」「続きが読みたい!」「ぺろぺろ」と思った方は☆で評価、ブクマ、感想、レビュー等をいただけるとぺろぺろします。
僕が。