受賞する者たち
呪竜ドウマン。古都奈良、平城京の侵略者。
悪竜ユウギリ。大阪なにわ、地下迷宮の支配者。
怪竜キヨモリ。京都嵐山、霧中妖怪島の経営者。
僕らが倒した三匹の竜がもたらしたものは、破壊と殺戮であった。
もしも、それ以外を挙げるとすれば、経験と成長――実体のない、そういうものになる。
得てして、それら実体のないものこそが、ほかに類のないリターンであると、人々は言う。
いい経験になった、たくさん成長できた……と。
たしかに、それらは望んでもなかなか得られないものだ。
……僕らが竜との戦いを望んでいたかどうかはともかく、文明崩壊という不幸のさなかにあって、唯一の幸いであったのは、竜の討伐に成功すればするほど、僕らが強くなっている事実である。
人類と竜種との大戦争。人竜大戦において、この上なく大切な、唯一の糧だ。
と、思っていたけれど、リターンは他にもあった。
ばっちり、実体のある収穫物が。
「……Bランクの魔石が溜まっていますわね。どういたしましょう」
レンカちゃんの執務室で、古都の愉快な仲間たち――今日は僕、カグヤ先輩、ナナちゃん、ヤカモチちゃん、ミワ先輩の五人――は雁首揃えて机を囲んでいた。
机の上には、ブリキの缶。中には黒くて丸い石、魔石がごろごろ入っている。
えらく雑な管理に見えるけれど、ブリキ缶自体はいつも金庫にしまってあるので、盗まれたりはしていない。……いまのところは。
「タンバくんが和歌山那智勝浦のダンジョンで得たものも含めて、十以上……ダンジョンによって入手数が違うのは、なんでだろうね」
「ドウマンは中ボスだけで六体いたもんね。逆に、ユウギリは本人から出たひとつだけ。はーっ、しけた竜だね、あいつ」
僕もユウギリについてはしけた駄竜だと思うけれど、しかし、ユウギリ自体は回数無制限の――人間が争い続ける限り――『願い』システムがあった。
高ランク魔石に匹敵する効果が、複数回得られたのだ。
いまにして思えば、もったいなかった気もするし……真逆に、早々に潰すことができてよかった、とも思う。
あの悪辣な地下迷宮を残しておけば、アダチさんやレイジのような悪意が、より強力な力を得ていた可能性もあるのだ。
「それにしても溜め込んだねー、いっくん。パーティ全回復系アイテムを最後まで温存しすぎて、結局使わないままゲームクリアしちゃう性格なのがよくわかるよぅ」
「ですわね。こういうものはさっさと使って、生存率を高めるべきですのに。――イコマ様が溜め込んでいるですって!? いやらしいですわね!」
レンカちゃんが頬に手を当ててくねくねしつつ、提案した。
「どうでしょうか、いやらしいついでに『粘液魔法』を強化する、というのは。現実では不可能なあんなプレイやこんなプレイが可能になりますわよ」
「さすがレンカ、いいこと思いつくね」
「いいことじゃないしっ! 攻略に役立つことか、生活に役立つことに使おーよ」
「そうだよぅ。私もこればっかりは、六対四でヤカモチちゃんに賛成の気持ちだよぅ」
意外と賛成の気持ちが弱い先輩である。ギリギリじゃねえか。
ミワ先輩が「はん」と鼻を鳴らした。
「ウチも『粘液』は反対だ。難民の中に希少なスキル持ちがいれば、適性を見つつ使っていきてぇしな。Bランク魔石が十個、Aランク魔石が二個もあるんだぜ? 雑魚スキルでも一気に有用なレベルに引き上げられる。それこそ『モンスター使役』や『発電』みたいなスキルがあれば、牧場の問題やエネルギー問題だって解決できる。だいたい、イコマがいまよりすごくなったら、ウチはもう――なんでもねえ」
ミワ先輩が赤面しつつごほんごほんと咳をして、にまにま笑う女子連中にクッションを投げつけた。
ついでに僕にもクッションが飛んできた。照れ屋さんである。
「ともかくだ。Bランク魔石一個、Aランク魔石一個の『高速育成セット』を二組置いておくべきだと提言するぜ、オイ」
「だとすれば、問題はBランク魔石の余りだねぇ」
「私はオールBだから使えないね。ヤカモチは?」
「『予見術』を上げれば、たしかにアタシの護衛力は爆上がりするかもだけど……いいんだし?」
ヤカモチちゃんが視線を巡らせると、全員がうなずいた。
「いいよぅいいよぅ、だってヤカモチちゃんは模擬戦争の功労者だもん。がんばったで賞をもらう権利があるよぅ。なでなでもしちゃう」
「えへへー」
親衛隊として、いつもそばにいるからか、二人はとても仲良くなった。
親友を取られたナナちゃんが若干むくれるくらい仲がいいので、ナナちゃんは僕がなでなでしておく。
「がんばったで賞というなら、古都のみんなにあげたいですよね。僕、みんなががんばってきたの、見て来たし」
「残存人類全員が、がんばって生きていますものね。がんばらずとも生きられた……少なくとも死ぬことはなかった日本で暮らしていたわたくしたちからすれば、驚異的な変化ですの」
レンカちゃんが思案顔でうなずいた。
「……現状、魔石は朝廷が占有している状態ですわ。攻略にかかわったかた、都市国家運営に多大な貢献をしているかた。そういう方々に、功労賞としてカグヤさまから魔石を下賜するのは、よいアピールになるかもしれませんわね」
「アピール?」
「がんばれば報われること。そして、わたくしたち朝廷運営側が搾取するだけの存在ではないこと。そのふたつのアピールですの。保障や還元と言い換えてもいいですけれど……全体ではなく少数の個人にしか渡せませんから、保障とは言い難いですわねぇ」
「僕が魔石を『複製』できればいいんだけどね」
苦笑しつつ、魔石を手に取る。
Aランクに強化した『複製』でも、やっぱり魔石は増やせない。
「それなら、功労賞の一部門として、魔石を渡す部門を作ればいいんだよぅ。市井全体には、それこそ『みんながんばったで賞』で美味しいごはんをプレゼントするのはどうかな」
「素敵なアイデアですけれど、美味しいごはんだと、結局いつも通りなのではありません? ……こういうときは、褒賞金がいちばん簡単かつ喜ばれるものですけれど……造幣局の復活はまだまだ先ですし」
未だに配給と物々交換がメインの都市国家である。
貝殻を貨幣にすらしていない。文明復興は遠いね。
……なお、日本円の流用は見送られている。その辺で拾えてしまうから。
「ですから、勲章や、それに近い名誉を与えられるもの……持っているだけで『特別』なものですわね。あるいは、市井の物々交換において、レートが高いもの。そういったものがあれば、賞の対価として上々ですけれど……」
うーむ、むずかしい。
お金がない状況で――貧乏という意味ではなく、文字通り『経済システムが未発達』という意味で――価値の対価になるものといえば、やはり食べ物なのだ。
しかし、こと都市国家ドウマンにおいては、カグヤ先輩の『農耕』と僕の『複製』で、食べ物のレートはそこまで高くない。
みんなが「うむむ」と首をひねっていると、ひとりだけ魔石でお手玉して遊んでいた(こらこら)ナナちゃんが、あっけらかんと言った。
「それなら、簡単じゃん」
「簡単? ナナちゃん、なにか思いついたの?」
「物々交換のレートが高いものでしょ? すぐに作れるよ、そんなの」
「……ほんと? 冗談じゃなくて?」
「うん。お兄さんの協力があれば、すぐにでも」
「もちろん、いくらでも協力するよ! 古都のみんなには、ぜひともがんばったで賞をもらってほしいからね!」
「お兄さんならそう言ってくれると思ってたよ、私は」
ナナちゃんはにっこりと笑って、首に下げていたカメラを手に持った。
「じゃ、女装しよっか。いままで一度も着ていない、できればキワどいやつね」
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僕の女装写真……もとい、マコ将軍のブロマイドは、都市国家ドウマンに数多いる好事家の間で、とても高い価値を誇っているらしく。
結論からいうと、てかてかぬらぬら光るエナメル生地の、ピンク色したナース服(極ミニ丈)が用意された。
「いいねぇお兄さん! 次は椅子に座って足組んで、そう、上目遣いで唇に指を当てて……そうそう! ナイスだよお兄さん!」
「……いっくん、その真っ赤なハイヒールはダメだよぅっ。私の後輩がえちちすぎる……! こんなナースさんにつきっきりで看病されたら、余計に熱が上がっちゃうよぅ……!」
指示通りにポージングしつつ、僕は思った。
これでいいのか、都市国家ドウマン――と。
というわけで、改めまして。
『#壊れた地球の歩き方』が第九回ネット小説大賞で小説賞をいただきました!
かなり早い段階で期間中受賞していたので、ずっと読んでくださっている方々には今さら感があるかもですが、そう言わずなにとぞ特設サイトをご覧ください。
当作品の選評が読めるよ!!
記念短編というわけではありませんが、賞に絡めた掌編をひとつ投稿した次第です。
楽しんでいただければ幸いです。
受賞は読者さまがたのおかげなわけですから、がんばったで賞ならぬ、皆さまのおかげで賞を贈呈したいと思います。
ありがとうございます!
なおマコちゃん将軍のセクシーブロマイドはついてきません。悪しからず。




