61 エピローグ
『本日も続々と新情報をお届け、オールナイト元日本のお時間でございます。お相手はSweety惹句のピージーと』
『今日も今日とてDJヒサヒデですけれども』
『おたよりコーナーの前にね、大ニュースです』
『大ニュースって言っても、こうなってくるともう当事者のほうが多いんじゃないの?』
『その説はある。ええと、十二月はなんと、ぜんぶで四つのダンジョンが攻略されました』
『北海道札幌ダンジョン、山形最上ダンジョン、京都嵐山ダンジョン、福岡博多ダンジョンですって。すごいなー、みなさん』
『詳細はまだわかってないんやけど、京都嵐山は古都ドウマンの女装将軍と、和歌山を攻略した少年が共同で攻略したんやて』
『女装将軍のほうは、これで奈良古都、大阪なにわに続いて三つ目のダンジョン攻略ですね。すごいなぁ』
『天変地異から二年目、トカゲどもが目覚めて一気に攻略が進んでいますけれども、ヒサヒデさん。ボクらもそろそろダンジョン攻略とかしてみます?』
『ピージーさんの挑戦を応援してます! がんばってください!』
『一緒にやろうや! そこは! 二人でさあ!』
僕はラジオのつまみをひねって、流れてくる声を小さくした。
古都ドウマン、カグヤ朝廷本部の会議室に、幹部の面々が揃っている。
大晦日。今年最後の会議で口火を切ったのは、やっぱりレンカちゃんだった。
「……予想通り、列島各地が動き始めましたわね」
「どう思う?」
「二年間で人類側も準備ができていたことが一点。竜が起きたことでダンジョンのルールが明確化し、順当な攻略の手順を立てられるようになったことが整ったことが二点。三点目は、わたくしたちに続いて和歌山でタンバ様が攻略に成功したことでしょうね」
手前みそではあるけれど、奈良、大阪だけなら『僕がすごい』という話になってしまう部分もあっただろう。
けれど、和歌山でタンバくんが『僕じゃなくてもいい』と証明した。英雄と称される僕らだけれど、ふつうのひとに過ぎないのだから、当たり前の話だ。
そして、世の中にはふつうのひとがたくさんいて、僕やタンバくんの行動が彼らの一歩を引き出した……の、かもしれない。
どちらにせよ、トリガーは引かれたのだ。
「来るんだよぅ」
ぽつりと、カグヤ先輩が呟いた。
「時代が、さ。今までは、ただ待って、耐えて、忍んで。そういう川底の石みたいな二年間だったけれど、これからは違うよぅ。だれもかれもが、ひょっとすると竜すらもがもみくちゃにされちゃう激流の時代」
ふん、とミワ先輩が鼻を鳴らす。
「竜と戦うだけじゃねえ時代だ。人類同士のいざこざが、必ずある。今回みたいにうまく収まるとは限らねえ」
復古勢。朝廷に合流を決めたクキさんは、いまは和歌山から来た仲間たちと共に年末を過ごしている。
タンバくんはまだ独居房にいるけれど、謹慎を終えたら合流する予定。
「日本列島でこれだけの勢力が動き出せたんだ。もっと攻略が進んでいる地域があったって、なにも不思議じゃねえ」
難しい話だ。もちろん、攻略ペースが上がったことは、決して悪いことではない。
それだけ人類の復興が進むということだから。
けれど、これからは復興以上の未来を目指す必要があるのだ。
一度手を挙げて注目を集めて、ごほんと咳ばらいをする。
「問題は、竜と人類の共生を考えなければならないこと。どういう未来ならば、竜と共有できるのかを模索しなきゃいけない。そして、そのためには、竜のことをもっと知らなきゃいけないんだ」
京都嵐山ダンジョンで、タンバくんが重要なヒントを手に入れた。
「『竜王様は、すでに目的を果たしています』……キヨモリの遺した言葉だけれど、この意味を深く考えていく必要があると思う」
「ゲームそのものが目的だったとしたら、言葉通りじゃないの? 人間と遊ぶ、という意味なの」
「あらナナ。それなら、ゲームが終わるまで見届けないと、目的を果たしたとは言えないのではなくて? つまり――人類が滅びるか、竜が滅びるかを見届けるまで」
レンカちゃんの言うとおりだ。
京都からの帰路、ずっと考えていたことだ。
「竜王の目的は、ゲームを終わらせることではなく、ゲームを始めることで得られる『なにか』だと考えるほうが、通りがいい」
レンカちゃんが目を細めた。
「それはつまり……人類を滅ぼすのが目的ではない、と?」
うなずく。
「ドウマンは竜の目的を『この星を滅ぼして遊ぶ』だと言った。ユウギリは『知らん』で、キヨモリは要約すると『人類を滅ぼすのが目的ではない』になる。さらにいえば、人類が滅べば竜も共倒れに滅んでしまう。……わかる? これって、どう足掻いても遠回りな自殺なんだよ」
竜が、種族丸ごと死のうとしている。
いや、人類がいる限り――その想像力が尽きない限り、やつらは滅びない。
だからこそ、キヨモリは人類に共存を持ちかけた。
「竜王は、竜たちを煽って決起させたけれど、実は竜王のみが知るほんとうの目的を持っており……キヨモリのような竜は考察しておりますけれど、正確な理由はやはり不明で、独自の生存戦略――共存の可能性を模索し始めている。そういうことですわね?」
「そうなると思う。だから、ええと……」
言葉を探っていると、ナナちゃんが右手を挙げた。
「それじゃ、こうなの。私たち自由騎士卿――攻略組は、日本列島内でダンジョン攻略を支援しつつ、竜王の目的を探るべきだよね。で、レンカたち留守番組は起こりうる人類同士のいざこざを解決できるように国力を蓄えつつ、各地の情報を回収する。こういう区分けがいいんじゃない?」
「そう、それ。……だから、心苦しいけれど、その」
言いよどむ僕に、カグヤ先輩が優しく微笑んだ。
「だいじょうぶだよぅ、いっくん。必要なことなんだから。『面倒を押し付けている』なんて思わなくていいの」
「でも、人類同士のいさかいなんて……」
「あら、イコマ様ったら、そんなことを考えていらっしゃったのですか」
レンカちゃんはうふふと笑った。
「問題ございませんわよ。わたくし、それが趣味ですもの」
「レンカ、オマエ悪趣味だぜ。……まあウチも似たようなもんだがよ」
……。二人がとっても頼もしい。
「だいたい、押し付けるって意味なら、竜の討伐っていう最難関な難題をイコマっちとナナに押し付けているのはこっちだし! 申し訳なさそうな顔しないの!」
ヤカモチちゃんがどんと胸を張ったので、全員で拝んでおいた。ご利益がありそうだ。
「なんで拝むし!?」
「デカければいいってものでもないけど、少なくともいまよりはデカいほうがいいからね……!」
そのままのナナちゃんがいちばんバランスがいいのになぁ。
ヤカモチちゃんが身をよじって視線から逃れようともがきつつ、話を元に戻す。
「ともかくっ! アタシも今回はめちゃくちゃ悔しかったし。もっと力をつけるって方針には賛成」
「ですわね。強力な仲間も増えましたから、順風満帆……と思いたいところですけれど、順調であればあるほど増えていくのが仕事というものですの」
パンパン、とレンカちゃんが手を叩いた。
「いろいろなものが動き出すでしょうけれど、これから冬が来ますわ。設備も貯えもありますが、都市国家ドウマンにとっては最初の冬。油断せず乗り越えなければなりませんの。そして、それは各地の人類にとっても同じことですわ」
冬になれば、僕もしばらく遠出ができなくなる。雪中行軍は、いまの攻略派兵団の練度では厳しいだろう。
それはどこの地方でも同じ。厳しい冬に耐えかねて、ダンジョン未攻略地域からの難民が増えるはず。
「ダンジョン攻略の活発化も、人間同士のごたごたも。年末の駆け込み需要は終わり、次の始動は雪解け後の春と見たほうが良いでしょう。わたくしたちも備えませんとね」
レンカちゃんの言葉に、うなずく。
「僕らは今回、はじめて竜に正面から――まあ、兵器の使用はあったけど――屋根落としも太陽落としも使わず、下準備なしの勝負で勝ったんだ。これは、たしかな成長だと思う。でも、結果として僕はお腹を裂いちゃったし……」
ナナちゃんにもカグヤ先輩にも、めちゃくちゃ怒られた。
その点については反省している。
僕だからよかったけれど、僕以外なら文字通り相打ちになってしまう作戦だった。
「竜相手に勝ち続けるなら、まだまだ足りない。実力も、なにもかもが足りていない。犠牲なしでの勝利はできない。僕らは英雄じゃないから、どうしても両手の指から漏れてしまうものはある」
熱っぽい感覚が指先に集まって、初冬の寒さを強く感じる。
手をこすり合わせると、不思議な高揚感があった。
「……うん。備えよう。冬を越えた先の、激流の時代に。英雄じゃない僕らなりに、できるだけの備えを蓄えておこう」
武者震い……だと、信じよう。
夢見ていた未来に、たしかな手がかりを見つけて、僕らはそこに向かって両腕を伸ばしている。
ダンジョンを順繰りに攻略していくことしか考えていなかった。それしか、できることがなかった。
けれど、いまは『謎』がある。
『竜王が同種にすら隠している、人類のみならず竜種すら絶滅しかねない行為の、真の目的とはなにか』という命題。
「カグヤ先輩の言う通り、これが最後の冬だ。嵐の前の静けさの、その『静けさ』を感じられる最後の時間なんだ」
天変地異から三年。竜の起床から一年。
次の春からは、人類の番になる。
指先に感じる寒さを。皮膚の下にある熱さを。
ゆっくりと、握りしめる。融けあう温度が、じわりと染みる。
冬が来る。
そういうわけで三章終了です。
三章は『真面目ショタがマコ様に惚れるネタを書こう』と思ってスタートしました。
そしたらこうなりました。
なんでそのスタートからこういうオチにつながったんだろう。
真面目なショタを想像したとき、師匠として厳しめのおじいちゃんと、学ラン、ゴーグル、マフラーがあると「いいな……」と思い、なんやかんや忍者になりました。
男の子は忍者とくそつよおじいちゃんが大好きなんだ。
イコマは二章終了時点である程度「出来上がった」キャラなので、どちらかというと導くポジション。
ショタをイコマが導くわけです。私はおにショタだと思います。
ともあれ新キャラ、楽しんでいただけていれば幸いです。
十年後、泣きながらユウギリを介錯するタンバくんを妄想すると泣ける(展開は未定なのでただの妄想です)
「まだ評価していないよ」という方は、よろしければ下の★からぜひぜひ。
おもしろかったら多め、つまんなかったら少なめで。
お話が気に入った方はブクマやお気に入りユーザー登録もよろしくお願いいたします。
あなたの清き一票がカグヤ朝廷の力になります。
次回、四章は『冬』の話。
内容としては、ダンジョン攻略はお休みして、古都の日常とトラブルをお送りしたいな、と。
並行して「彼ら」がなにをしているのかも書きたい所存です。
ちょっと息抜きに下ネタのないお話を書きたいので、二、三ヶ月は空くかと思います。
気長にお待ちいただければ幸いです。




