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第三章【京都ダンジョン遠征編+古都ドウマン模擬戦争編/ニンジャ・ヒーロー・コンプレックス】

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60 閑話 タンバ、独居房にて



 タンバは檻に入れられていた。

 古都近郊にある、レンガ造りの監獄だ。


 ――軍規違反ですか。


 当然だろうな、と思う。

 だって、自分はイコマに一騎討を挑み、本気の攻撃を仕掛けたのだ。向こうが受けてくれたとはいえ、最悪のタイミングだった。

 だから、この処分には納得している。いっそ甘いくらいだ、とすら考えている。

 檻に入れられる前に、師匠(せんせい)と二人きりで話す機会すら与えられた。ありがたいことだ。

 どんな会話をしたかは、余人に言うつもりはない。だが、これからもクキを先生と呼ぶことだけは、確実だった。


 ――一週間の独房謹慎。暇になるかなと思ったのですが、なんでこの部屋、大量の漫画があるのでしょうか。


 しかも未完結の名作ばかり。

 読んだことのあるものもあれば、世代がひとつふたつ上で名前しか知らないものもある。

 名前すら知らないシリーズは、やはり名作なのだろう。そしてやっぱり、きっと未完に違いない。


「……いやがらせ?」


 そんなラインナップだ。

 その時、となりの独房でごそごそと音がした。


「……おい、そっちの小さい人間。看守がいない今がチャンスなのじゃ。そちらには、わらわが今後読むであろうマンガが積んであるのじゃが、うまいこと隙間からこちらに渡せたりせぬか?」


 ハイトーンの少女の声が、届く。

 だれだろう、と思いつつ、壁を見る。


「……いえ、そういう隙間はなさそうです」

「ううむ。参ったのう。続きが気になるのじゃが……」


 整備された監獄は、しかし、当然ながら隙間のひとつもない。

 ほんの些細なひび割れさえも、しっかりとパテで補修されていた。


「……あの、あなたはどうしてここに収監されているのですか?」


 悪いことをすれば、捕まる。

 この監獄にも、少なからず収監されている人間がいると聞く。古都で悪いことをした人間を、暫定的に閉じ込めているのだと。

 けれど、相手の声は幼い少女のものだ。おそらく、タンバよりも。


「わらわのことを知らんか? なんじゃ、おぬし。知らぬのに、わらわの隣に収監されたのか」

「はあ……」


 尊大な口調と舌ったらずな甘い声に、困惑が先に立つ。

 会話の第一印象は「なんだこいつ」だ。

 だが、続く言葉には飛び上がるほど驚いた。


「まあよい。あー、あれじゃな。わらわの名は、ユウギリという」

「……あなたがッ!?」

「あまり大きな声を出すな、看守が来るじゃろうが」


 思わず腰に手をやった(もちろん、忍者刀は没収されているから、なにもないが)タンバに、壁越しに呆れ声が届く。


「名前は知っておったか。お察しの通り、わらわが悪竜ユウギリそのものじゃ。おぬしの名はなんじゃ? 独居房にはいつまでおる?」

「……僕はタンバ。一週間の懲罰です」

「ふむ。ではまあ、一週間、よろしく頼む。……もっとも、おぬしがわらわとよろしくしたいかどうかはわからぬがな」

「どういう意味です?」


 わからなくて、純粋に聞き返してしまった。


「阿呆。わらわ、こうなっても元は竜じゃぞ。おぬしらの敵、人類の仇であろうが」


 言われて、少し考える。

 父母は大阪出張以降、連絡が取れない。古都にも亡命しておらず、中継した大阪基地……

ユウギリキャンプにもいなかった。

 悪辣の限りを尽くしたユウギリが、隣にいる。


 ――ということは、僕をここに入れたのは、イコマさんのおせっかいですね。


 そもそも、あの時キャンプを経由したのも、おそらくタンバの身の上をどこかから聞いていたからだろう。

 優男だが、案外スパルタというか、なんというか。

 自分で話して、自分で知れ――そういうスタンスらしい。


「……正直、憎いです」

「じゃろうな」

「ユウギリ……さんは、許してほしいと思いますか?」

「思わぬ」


 即答だった。


「人間から見て、わらわのやったことは許されざることじゃろ。ならば、そのように処せばよい」

「わかっているのですね」

「最近わかった。そして、わかったからこそ、そのぶんの罰は甘んじて受けようと思っておる」


 意外な言葉で、だからこそ、タンバは悔しいと思った。


 ――彼女が、もっとはやくそう思っていれば。


 両親は、ひょっとしたら、まだ生きていたかもしれない。

 だが、それはあり得ざるIFだ。首を横に振って、悔しさを払う。


「わらわのせいで人間が死んだ。それが愉悦であった。じゃが……もっと他の道があったかもしれぬ。人間の死が損失じゃとは、思っておらなんだ」


 意外な言葉だ。いっそ、自分を馬鹿にしているのか、とも思った。

 けれど、不思議とタンバは怒らなかった。

 憎くはあれど、憤りはあれど。


 ――僕は、竜のことを知りませんから。


 いや、竜のこと、というか。

 ユウギリのことを、知らない。

 だったら、どうするか。イコマがくれた時間は一週間。

 その間、なにを聞き、なにを言い、なにを知るかはタンバにゆだねられている。

 だから。


「……教えてください。どうして、損失だと思うのです?」

「漫画は面白いからのう。文化の停滞は、損失じゃろう」

「どこがどう面白かったんです? お気に入りの作品は?」

「どこがどう、って……なんじゃ貴様。めんどうな質問をするのう」

「教えてください、ユウギリ。なにが好きで、なにが嫌いか。どんな趣味で、どんな性格で、どんな主義か」


 教えてください、とタンバはもう一度言った。


 ――人類は、竜とは共存できません。


 恐怖の象徴たる竜。人類に脅威を及ぼすものである限りは、ぜったいに無理だ。

 けれど、タンバは知った。


 ――共存できないけれど、共存しないといけない。その矛盾を、どう崩すか。模索するためにも、まずは相手のことを知らなければ。


 知ることすらやめてしまったら、それは諦めだ。それは敗北だ。

 言葉を排してしまったら、それはもう、ただの獣だ。

 英雄でもなく、獣でもなく。ふつうのひととして、できることをする。

 できる範囲で、やれる範囲で、未来を模索する。

 そのために、タンバは言葉を尽くす。感情を籠める。


「僕はあなたのことが知りたいのです」

「……ぷはっ。なんかそれ、口説き文句みたいじゃのう。しかもへたくそじゃ。もっとむねきゅんするセリフを用意せぬか」


 噴き出す竜に、釣られて笑う。

 下手でいい。構わない。


「まあ、そうじゃな。次の漫画が来るまでの暇つぶしに、少しくらい話し相手になってもらおうかのう」


 だって、タンバはまだ背伸びをする年齢なのだから。

 稚拙ながらも背伸びして、失敗しながら進んでいく。


 ――これが僕の歩き方なんです。


 壊れた地球を、どう進んでいくか。

 クキ風にいうならば、変化だ。

 古都の政治代表なら、進歩というだろうか。

 そして、イコマにとってはふつうのことで。

 ならば、タンバも一歩を踏もう。踏み続けよう。


「ええ。話し相手になりますよ。僕でよければ、いくらでも」


 分かり合えなくても、痛みを伴うとしても。

 タンバは前に進むと決めたのだ。




次回、三章エピローグ。長めの後書きに震えろ。

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― 新着の感想 ―
[一言] のじゃロリドラゴンと性癖こじらせたショタの物語が始まる……かもしれないw
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