59 閑話 クキ、合流する
朝廷本部にしつらえられた客間で、クキは己に会いに来た二人の女性を見た。
色白のお嬢様と、素行の悪そうな地黒の女。対極にも見える組み合わせだが、見た目は大した問題ではない。
「……二人して、敗軍の爺になんの用かな」
「お話とお願いがございまして」
「礼服で頼みに来るような内容か」
ええ、とレンカがうなずく。所作が美しいのは、育ちがいいからだろうか。
だらしのない恰好をするものはだらしがない。たしかにそうだ。
だが、クキは自分が古い老人だと知っている。
流行りの服や、自分の好みのスタイルを追い求めることは、かならずしもだらしない恰好ではない。
意味を求めて服を着るならば、たとえ老骨には理解できない外見だとしても、けっしてだらしないわけではないはずだ。
――加工した軍服風の、ワンピースか。
正面からちゃんと見れば、意匠に日本らしさがあると気づく。それは軍国主義的にも見える軍服のデザインではなく。
――徽章の色。代表は薄紫で、兵部の長は青か。どちらも貴人の色だな。
朝廷に努める貴族の官位を表すために、冠位十二階が制定されたのは、さて、何年のことだっただろうか。
朝廷の代表たるカグヤは、鮮やかな紫の徽章をつけていた。最高位の色だ。
旧きものを、過去を否定している。そう感じたのは、たしかだ。けれど、どうだろうか。
――儂の思う古きよき時代とは、ほんとうに古いものだったのだろうか。
どうだろうか。
――儂の若かったころを、意欲に満ちていたころを、想っているだけではないのか。
どうだろうか。
――そしてそれは、いまのこいつらと同じような年ごろではなかったか。
どうだろうか。
「負けた身だ。ある程度は聞こう」
レンカは真摯な顔でクキに頭を下げた。隣のミワも倣う。
「我がカグヤ朝廷、兵部の顧問になっていただけませんか。その戦闘技術を、どうか兵士たちに――」
「断る」
即答した。
「儂にその席は重過ぎる」
「ですが、クキ様は武勇においてまごう事なき強者ですの」
「古い考えに固着した人間だ。老害というのだろう? たったひとり残った弟子すらまともに導けない、情けない男だとも」
「そうであっても……あなたはタンバ様をこの模擬戦争から遠ざけましたわ」
視線が合う。挑むような、若い為政者の瞳だ。
「わたくしたちとの最初の会談にも参加させず、ただ京都へ行くようにだけ命じた。復古勢は参加したいものたち、うっぷんを溜めた者たちを呼び込んだ。タンバ様を過去に連れて行きたくなかった。言い換えれば、クキ様にとって未来とはタンバ様そのひとです」
「……詭弁だ。ほんとうにアレのことを思っているならば、ダンジョンになど送らん」
「送らざるを得ない自分のこともまた、許せなかった。そうだろう、爺さん」
地黒のほう、兵部卿のミワが唇をゆがめて笑った。
「この街で行動を起こしたのは、タンバのためだ。アンタ、この街に……ウチらにタンバを託したかったんだろ。和歌山勢の中では一番強く、だが、一番幼いあの子を、日本列島最大の街に守らせたかった。もっと強い庇護者を与えて、自分は退場したかった。違うか?」
「……儂がそんな善人に見えるか」
「見えますの」「見えるさ」
断言された。そうなれば、もうため息を吐くしかない。
――老骨に、期待しすぎだ。
人間、そう簡単には変わらない。
この申し出を受けたとしても、クキとカグヤ朝廷は完全に融和しないだろう。
対立は、必ず起こる。クキはもう、そういう頑固な人間として七十余年を生きて来た。
これからも死ぬまで、きっとわかりあえない遣り取りばかりが続く。
「……儂は昭和のやり方しか知らん」
「なあに、ウチらがきっちり対立してやるさ。いま風のやり方ってやつでな」
「同じ方向を向いていても、対立することはありますの。その中で、わたくしたちは新しいもの知り、旧きものを再発見する。わたくしたちはクキ様たちと、そういう形でありたいのです」
それはつまり。
「儂とは同じ方向を向けると思っているのか」
「もちろんですの。同じ地に生きる民として、同じ未来を見ることが出来ますわ」
「……模擬戦争でなにを知った?」
「見積もりの甘さと、慢心を」
「ならば、儂と同じだな」
苦笑する。
若人たちは、いつだって必死で、真面目だ。
そして大人は、その必死さと真面目さに、いつだって気づけない。
――齢七十。よく考えてみれば、敵たる竜に比べれば、儂とてまだまだ若輩に過ぎないか。
「どうすればいい」
淡々と言う。
「どう……とは?」
首をかしげる小娘に、クキはほんの少しだけ頬を緩めた。
「契約に署名は必要か? それともハンコか。電子化しているならば、説明がいただきたい。儂は機械が苦手でな」
クソつよおじいちゃんが仲間になった!




