58 閑話 レンカ、事後処理と後悔と
十二月の最終週も、すでに半分が終わった。
模擬戦争は朝廷の勝利で終了し、ダンジョン攻略派兵団も全員無事に――無茶して自分の腹を切り開いた自由騎士卿には全員で説教したが――少なくともだれも死なずに帰ってきた。
しかし、太政大臣の執務室には、浮かない顔の女がいた。
模擬戦争の勝者であるレンカだ。
終結から二週間、ずっと悔やんでいることがある。
――二百メートル地点からの奇襲。それは読み通りでしたけれど。
そこまで読んでいたのに、そこからが甘かった。
暗殺に適したタンバという少年は京都にいた。だから、兵士たちの練度で対応できると考えた。
けれど。
「……三十二ですか」
手元にはリストがある。骨折などの負傷や、あるいは取り押さえられた等の理由で前線から撤退した兵士の数だ。
クキが取り押さえられて以降も、小休止を挟みながら、散発的な暴動が五時間ほど続いた。
その中で、兵士も傷を負っただけの話。
模擬戦争だ。死者はいない。
――とはいえ、これが仮に殺し合いであれば、この数はそのまま重傷者……死者数にも直結いたしますの。
リストには、ヤカモチの名前もある。
勝ちは勝ちだ。間違いはない。
だが、勝ちは勝ちだとしても。
レンカは下唇を噛んだ。おしとやかではないけれど、我慢できなかった。
――ヤカモチは個人の勝利を捨てました。実戦であれば、ヤカモチは……。
殺されても、事を為す。
クキの右腕と引き換えに、命を懸けて朝廷を守る。
ヤカモチは純真だ。たとえ武器がライフルであれ、爆弾であれ、ヤカモチならばそうする。
個人の命をなげうってでも、仲間を守り、勝利を掴む。
それができる人間だ。そう感じたからこそ、クキも負けを認めた。
勝ちは勝ちだ。だが。
――実力が、足りていませんわね。
武力、交渉力、それ以外にもありとあらゆるすべてが足りていない。
嘆息すると、部屋の入口から声が応じた。
「何度目のため息だ、オイ」
「……ミワ様」
「イコマが帰ってきたってのに、どうにも沈んでいるじゃねえか。……理由は言わなくてもわかるがな」
室内に入ったミワだ。礼服を着込んで、しかし、彼女も疲れた顔をしている。
「基礎の向上が必要だ。練度の向上も。大阪のアダチ、和歌山のクキ……どちらもスキルだけに頼らない武術の持ち主。ステータスの底上げだけじゃダメだ、経験と実学でブーストしないといけねえ」
「……それでも、犠牲は出ますわよね?」
「出る」
ミワは断言した。ドレッドヘアが揺れる。
「竜を倒すと決めたなら、竜を倒した後の世界を見据えなきゃならない。他勢力に対抗しうる、武力と交渉力を兼ね備えた共同体が必要になる――アンタが言ったことだ、レンカ」
その通りだ。特に、海外は情勢が読めない。
自分たちとは違う未来を夢見た人間たちとの交流は、必ずある。
どのような交流になるかはわからない。友誼を結ぶか、敵対するか。敵対するにしても、復古勢との模擬戦争のような人命重視なものになるかどうか。
建造物の耐震性や都市デザインの関係から、レンカは二年前の大災害でも日本はかなり『生き残ったほうだろう』だと推測している。
だが、生存率が高くとも、そもそも大陸と列島では総人口がまるで違う。
――いずれ国境を再定義する日が必ずやってきますわ。
そのとき、レンカは……あるいはそのときの為政者は、示さねばならない。
相手は中国か、ロシアか、アメリカか、ヨーロッパ諸国か……あるいはもっとほかの、それこそ都市国家ドウマンのような、新しい形のモノかもしれない。
でも、必ず来る。
「無理に勝つ必要はありませんけれど、最低限、負けないだけの力は必要ですの。なにもわからない相手に、何年後か、何十年後かわかりませんけれど、その時に――四つ、示さねばなりません」
モンテビデオ条約の四つの要件。
もはや国際条約などあってないようなものではあるが、しかし、要件を満たすことができれば、主権を守れる実力は示せるのだ。
「……課題は山積みですわね、ミワ様」
「ああ。とにかく経験が足りねえ。古都ドウマンは共同体として若すぎる――テコ入れしようにも、人材が足りねえ」
そこで、おほん、と咳払いが聞こえた。
執務室の窓の向こう、陽光に照らされた芝生に、農作業着姿の女王が立っていた。
「……カグヤ様? どうかなさいましたの? 農作業のお時間では?」
「いまは休憩中。……あのね、二人とも。勝って兜の緒を締めるのはいいけれど、顔をしかめるのはよくないんじゃないかな?」
「……違いねえが、だがよ」
「経験がないならさ、経験があるひとに頼って、ひとつずつ経験を積んでいくしかないよぅ。戦闘に関しても、そう。スキルに頼らない実力が欲しいなら、先生をつければいい――違う?」
レンカは少し悩んで、うなずいた。
考えてはいたのだ。教師として、これ以上ないほど優れた武人が、いまも古都に逗留している。弟子との対話を済ませ、腕の骨折を治せば、ほどなく出て行ってしまうだろう。
「……よいのですね? 獅子身中の虫となる可能性もありますけれど」
「それはだいじょうぶだよぅ」
あっけらかんとカグヤが言った。
「……根拠はございますの?」
「クキさんが、どうしてタンバくんを古都に置いて戦争に参加させなかったか、わからない?」
朝廷の主はにへらと笑って、窓から離れた。
「クキさん、ちょっとだけだけれど、いっくんと似てるトコあるんだと思うよぅ?」
カグヤ先輩はみんなの先輩なのだ。




