表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
#壊れた地球の歩き方 【コミカライズ全3巻発売中!】  作者: ヤマモトユウスケ@#壊れた地球の歩き方 発売中!
第三章【京都ダンジョン遠征編+古都ドウマン模擬戦争編/ニンジャ・ヒーロー・コンプレックス】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

164/266

57 閑話 キヨモリ、散る



 キヨモリは、着込んだぬらりひょんの型……その腹から、ぼろぼろと中身の液体をこぼして、膝をついた。

 痛みがひどい。だが、それ以上に、驚愕があった。


 ――まさか!


 気づいた。

 どうやって、ぬらりひょんたる自分に、切り替えの隙を与えず攻撃を届かせたのか。


『馬鹿、な……!』


 思わず悪態が漏れ落ちた。

 ほんとうに馬鹿な作戦だ。あきれ果てる。


 ――判断する時間を削るため、その場にいる仲間二人を斬れと……そう命じたのですねぇ!?


 傷みで痙攣する眼球を動かして、視覚から情報を得る。

 腹を裂かれたのは、イコマも同じ。だが、青年の傷はそれほどひどくないように見える。

 キヨモリは瞬時に看破した。

 全身をコーティングしたあるものが、イコマへの一刀を軽減し――同時に、裂かれた腹を癒している。

 ぬらぬらと光る、分厚い液体状の膜の残りかす。

 『傷舐め:A』のローションで織られた防御膜が、いま、イコマの腹に癒しの効果を与えている。


 ――肉を切らせて肉を切り、しかし、己の肉だけ治す算段をつけておくとは!


 びちゃ、と口からも液状の塊が出た。

 ぬらりひょんは妖怪総大将だ。その能力は、違和感なく集団に紛れ込み、茶を飲んだり飯を食ったりするもの。

 しかし、その伝承から逆算すれば、ひとつの答えに行き当たる。


「ようかい辞典で読みました。ぬらりひょんには、戦闘力がないのでしょう? おそらく、常人と変わらない程度。であれば、腹を切られ、血を失えば……動けなくなるのもとうぜんですね」


 忍者刀を構えた少年が、淡々と言う。

 体が動かない。ぬらりひょんとしての己が、ほとんど死にかけだ。

 このダンジョンにおいて、キヨモリは己を『ぬらりひょん』だと定義している。

 京都嵐山ダンジョンのルールを成立させるため、伝承と己を同化させた。

 ゆえに、いまここで血を流し、這いつくばっているものは。


「ぬらりひょんでもなければ妖怪でもない、竜の残骸。あなたの負けです、キヨモリ」


 常夜の月に照らされた忍者刀が、舞い散る紅葉の下で、ぎらりと光を反射した。

 己が首元に突きつけられたその銀光があまりに美しくて、キヨモリは思わず息を呑んだ。


 ――ああ!


 悟る。

 竜の心のうちに、あるものがあった。

 感情だ。あまりにも強く、激しいもの。

 ぞわぞわと全身を駆け巡ったそれは、喉奥から引き絞った空気とともに放たれる。


『あ、ああああ……ッ!』


 感嘆。嫌悪。陶然。狂乱。そして、歓喜。


 ――これが、これが……恐怖なんですねぇ!


 さんざん食らいつくしてきたものだ。

 どういうものか、理解はしていた。食っていたのだから。

 だが、理解はしても、実感はしていなかった。

 竜の身だ。恐怖など、これまで一度も感じたことがない。

 竜の心臓がきりきりと捻じれ、軋む。初めての感触に、キヨモリは感涙した。


 ――よもや……己の恐怖がこれほど甘美だとは!


 これほどまでに強烈な感情を、キヨモリは味わったことがなかった。

 当然だ。竜は人間の恐怖の結晶。人間に恐怖することなんて、あり得ない。

 だが、いま己が抱いている感情は、間違いなく死への恐怖。

 そこで、はたと気づいた。


 ――進化しているのですねぇ!? 私も、人類と同じように!


 大昔、竜がまだ当たり前に存在していたころとは違う。

 文明の発達と共に消えた竜は、二年半前に再び暴れ、眠った。

 文明の裏側に潜みながら、しかし、文明の影響を受けていた。

 ゲームかぶれのドウマンがそうだ。

 なぜそうなったか。そこには必ず原因がある。環境の変化が、恐怖の権化たる竜の在り方を捻じ曲げた。

 竜にとって環境とはすなわち恐怖。人類が持つ想像力のプール。

 文化そのものが、竜の孵卵器(ふらんき)だと仮定するならば。


 ――人口増加による想像力の飽和が原因! だとすれば、竜王様の狙いは、もしや……!?


 惜しい、と思う。ほんとうに、惜しい。

 もう少し長生きできれば、もっと面白い光景を見ることが出来たに違いないのに。

 だが、キヨモリにとってなによりも惜しいのは、二度と『死の恐怖』を味わえないことだろう。

 人類がいる限り、竜は何度でも蘇る。発生する。自然現象のようなものだ。

 だが、次に発生したとき、キヨモリは別の竜になっているはずだ。


 ――人類は、ほんとうに……素晴らしい生き物ですねぇ!


 死への恐怖を楽しみ、嗤う。

 キヨモリは思う。考える。この恐怖をくれた人類たちに、最期に遺すべき言葉はなにか。

 血反吐で詰まった喉奥から、悲鳴以外の音をひねり出さなければ。

 ごぽり、と泡交じりの血塊を垂らして、キヨモリは嗤った。


『……竜王様は、すでに目的を果たしています』


 ぽろりと言葉が落ちる。

 怪訝そうに首をかしげ……すぐに、険しい顔色を浮かべる少年。

 その表情を見ることが出来ただけで、十分だろう。


『……ふは』


 嗤って、キヨモリは最後の力を振り絞る。

 竜は竜を殺せない。自殺もできない。だが、死にかけの小さな体を起こすくらいなら、可能だ。

 だから、そうした。

 喉元に突きつけられた忍者刀の刃が、首を割り開く感触を楽しむ。

 この冷たさは、死そのものだ。恐ろしい。恐ろしいがゆえに――素晴らしい。

 タンバが慌てて刀を引く前に、キヨモリは成し遂げた。


 恐怖の中で、しかし、キヨモリは充足を感じながら、なかば自らの意志で首を落とし――息絶えたのである。




イコマとタンバのツーマンセルだから出来た攻略法ですね。

ナナちゃんなら「は? そんな作戦いや」って言って終わるので。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↑の☆☆☆☆☆を押して作品を応援しよう!!

TOブックス様から書籍一巻発売中!!

TOブックス様のサイトはこちら
― 新着の感想 ―
[一言] タンバ君にわが身を切らせる……まあぬらりひょんより硬いし治るしその前からすでに自爆戦術使っている以上これくらいはね?
[良い点] 作者様の竜攻略法が、痺れるように良いです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ