55 閑話 キヨモリ、爆裂
「殺す前に、聞きたいことがある」
イコマの言葉を、キヨモリは不快に思った。
『もう殺せると確信を?』
「確信はないけど、うまく行ってからだと聞けないじゃん」
それもそうだ。
キヨモリは鬼熊の手を握ったり開いたりして感触を確かめながら、うなずいた。
『いいでしょう。面白そうだ。聞くだけ聞いてあげますよ』
「竜王の目的はなに?」
『……ほう』
踏み込んできたな、と唸る。
――しかし、この質問は非常に難しいですねぇ。
答えることは、不可能だ。なぜならば。
『私たちも知らないのです。……私たち竜は、竜として在ることそのものが目的です。つまり、人間たちに恐怖を振りまき、脅威そのものとして振る舞うこと』
「……へぇ。じゃあトップの目的はどうでもいいわけか。暴れられれば、それでいいと」
『ご理解が早くてよろしい』
くく、と笑みをこぼす。
『そもそも、我ら竜は想像が産み落とした獣です。言葉を使い、交渉をし、理屈で語れど、その本質は獣に他ならず。目的などどうでもよろしい。楽しくあれば、それでいいのですねぇ』
両腕を構え、向き直る。
鬼熊は物理特化の妖怪だ。速度はサイズ相応の獣クラスだが、タフネスとパワーはAランク相当。スピードも四足歩行動物のそれだ。
対して、相手のAランクスキルは『複製』『傷舐め』と『スピード強化』。
体躯の差も加味すれば、こちらが圧倒的に有利。ただし、相手には無尽蔵の現代兵器を持つ。特に爆弾類は危険だ。
鬼熊を攻略しうる攻撃力から逆算して、イコマへの対処が優先。
――ですが、同様の判断を下した結果、見上げ入道は攻略されてしまいました。
で、あれば。
『まずは少年……!』
当たれば頭を弾き飛ばす威力のベア・ナックル。
タンバはたしかに速いが、見るからに消耗している。
拳はやすやすと回避されるが、やはり動きに先ほどまでの精彩がない。
スタングレネードの閃光と、その後の見上げ入道攻略で、タンバの体力は極限まで削られているはず。
むしろ、まだ動けているのが異常なのだ。
――『忍術』の身体運用法があろうと、タフネス強化を持たない以上、いつかは消耗で足が止まるはずです!
追いすがり、爪と拳をぶん回す。どこでもいい。当たれば勝ちだ。
「うわ、く……!」
回避のたび、タンバが苦し気に呻く。思うように体が動かないのだ。無理もない。全身が悲鳴を上げているだろう。
そして、タンバ相手に近接戦闘を挑み続けることで、もうひとつ利点が生まれる。
爆弾の無効化だ。
『仲間もろとも爆破するわけにはいかないでしょう、イコマさん――!』
完璧なプランだ。
にやりと笑うキヨモリの前、タンバとの間に、ひとつのものが投じられた。
丸い、拳大の大きさの兵器だ。
手りゅう弾。円柱状の見た目の、爆弾。
『――なッ!?』
判断は一瞬だった。
――迷いなく投げ入れた!? もろとも爆破……いや、違いますねぇ!
イコマは仲間を見捨てない。
もろとも爆破なんて、するわけがない。
で、あれば。
――ブラフ! スタングレネードで、タンバさんの逃げる時間を稼ぐ気ですか!
とっさに大きな両腕で顔を覆う。音は仕方ないが、光さえ凌げれば問題はない。
そして、タンバもまた至近距離で爆音、閃光を食らうことになる。
キヨモリの……鬼熊のタフネスなら、どちらも気絶には至らない。せいぜいが数秒、動きが止まる程度。
しかし、タンバは違う。真正面から食らえば気絶はほぼ確実、目を覆っても、耳をふさいでも、ここまで至近距離であればさすがに無意味。
回復の早いキヨモリが、タンバより先に動き出し、少年の命を奪う。
――勝ち確です!
そして、キヨモリは爆音を待った。
たっぷり五秒ほど待って、けれど、爆音はなかった。
『……む?』
ちらりと前を見ると、玉砂利の庭の上、遠くまで走って逃げたタンバと、そして足元に落ちているスタングレネードが見えた。
起爆ピンが抜かれていなかった。
「やーいやーいっ、引っかかったなクマトカゲ……!」
『おのれ……!』
思わずイコマに文句を言おうとしたが、そんな暇はない。
タンバに距離を開けられてしまった。この五秒で、五十メートル以上だ。
横合い五メートルほどの距離にいるイコマのほうが近いのだ。
――どちらかに距離を詰めなければ爆破されます!
狙いは逸れたが、ともかく行動だ。
キヨモリはとっさに前足を下ろした。
体長三メートル級の大獣だ。イコマに近づくためには、ほんの一秒あればいい。
走るというより、身体を前に倒す形だ。
それだけで、五メートルの距離が二メートルになる。
――近づけば爆破されませんからねぇ!
タンバは逃がしたが、結果的に『イコマはだれも犠牲にしない』とわかった。
ならば、やはり至近距離でパワーファイトが最適解。
にやりと笑うキヨモリの前、イコマとの間に、多数のものがぼろぼろと零れ落ちた。
手りゅう弾だ。それも、多数多量……バケツに溜めてぶちまけたかのような量。
すべて、ピンが抜かれていた。
――は?
「こっち来てくれたから、助かったよ」
四つん這いになったキヨモリの目線正面に、ちょうどイコマの顔があった。
どろり、とその輪郭が溶けていく。
まるで最初からなかったかのように。
キヨモリは、それがなにかを知っている。
『……幻覚魔法!?』
直後。
一瞬にして莫大量に複製された手りゅう弾の津波が、炸裂した。
★マ!




