54 キヨモリの攻略法
スタングレネードを投げたのは、単なる思い付きだった。
発掘した装備の中で、使いこなせていなかった爆弾のひとつ。
一瞬でいいから、キヨモリの動きが止まればいいと思っただけ。
そうすれば、タンバくんがなんとかしてくれるに違いないと信じた。
「見上げ入道――見越しました!」
事実、なんとかしてくれた。
行き当たりばったりで、安心安全とは言えないけれど、少年は攻略を為した。
だったら、次は僕の番だ。
玉砂利の上で対爆姿勢から起き上がり、急速に小さくなるキヨモリ目掛けて走り出す。
このまま小さくなれば、弱くなる。マダム・ハッシャクのように。その隙に倒す――!
『ぬう……!』
けれど、キヨモリは隙を嫌った。
頭を振ってタンバくんを振り落とし、同時に鱗のすき間から濃霧が吹きこぼれた。
牽制代わりに薙刀を投げつけながら、片手で筒を作って手に当てる。
風遁・超絶すごい風ブッパの術だ。
ごば、と風が吹き、濃霧を散らした。
「――いない!?」
跡形もなく、キヨモリが掻き消えていた。
その場に残るのは、きょとんとした顔の仲間が二人――違う!
「ぬらりひょんは一度見た……!」
片方はタンバくん。ならば、もう片方……よく見ても顔が認識できないほうがキヨモリだ。
ぬらりひょんの妖術で気づくのが遅れたけれど、ヒト型サイズなら薙刀でじゅうぶん。
ぶん回した薙刀は、しかし、がきん、という音と共に受け止められてしまった。
『……妖怪総大将です、着られる型がなくなるわけないでしょう……!』
くるる、と獣が唸った。巨大な鶴に似た鳥類で、顔はくちばしの生えた人面。ただし、羽毛ではなく妖しい紫の鱗が体表をびっしりと覆っており、頭には双角が生えていた。
薙刀を受け止めたくちばしのすき間から、青い炎が漏れ出ている。
瞬時に他の妖怪に切り替えたらしい。
『このまま燃えなさい……!』
「させません!」
鳥の背後、スタングレネードの影響から脱したタンバくんが忍者刀を振るった。
鳥の細長い首を、高速で刈り取る。
『ぐ、ぬ……!』
ぶしゅ、とまたしても濃霧が湧いた。
薙刀から反発力が消える。
すぐさま風遁で濃霧を散らすと、僕ら三人が――だから、違う!
「めんどくさいなぁ、おまえ……!」
『陰摩羅鬼程度の妖怪、いくらでも在庫はあるんですねぇ!』
顔を認識できないほう、ぬらりひょんになったキヨモリに小銃を向けるも、次の瞬間には別の妖怪になっている。
今度は、体長三メートル以上はある巨大なクマだ。頭にはやはり角があり、体表は竜鱗。
『鬼熊です! 物理での勝負がお好みなら、これでお相手しましょう!』
まずいなぁ、と奥歯を噛みしめる。
僕が知る妖怪だけでも、二十以上はいるだろう。実際には百どころではない数字を持つはず。
巨大な竜だった見上げ入道だけではない。竜と妖怪のハイブリッドみたいなものを、キヨモリが言うように『型を着用』できるとすれば、持久戦は無茶だ。
「……まずいですね、イコマさん」
音もなく隣にやってきたタンバくんが、マフラーを口元に押し当てて言った。
うん。まずいです。
「……首を落としても死なないなんて、反則ですよ」
そうだ。
人面鳥――陰摩羅鬼とかいう型の首を切ったのに、こいつはぴんぴんしている。
これじゃ、攻略不可だ。ダンジョンとして破綻して……いや、そんなはずはない。
キヨモリはゲームを楽しもうとしている。ならば、攻略不可能なデザインにはしないはず。
「――ああ、そうか」
ふと、気づく。
『なにか、お気づきになられましたか?』
「必ず一度、総大将のぬらりひょんに戻るのは――他の妖怪になるためには、ぬらりひょんの型を経由する必要があるから、だな?」
キヨモリ――鬼熊の口元が、にやりと歪んだ。
『ええ。ご名答。ですが、切り替えの瞬間はほんの数秒です。ぬらりひょんの能力で一瞬でも私を見失えば、その隙に次の型を着用できるんですねぇ』
「いや、そうとわかれば攻略は簡単だよ」
首をかしげる鬼熊を尻目に、僕は隣のタンバくんに耳打ちをする。
少年は目を見開いて、その後、半目で嘆息した。
「……イコマさん、最悪ですよ、それ」
「ごめんって」
苦笑する。
ただ――うまくいけば、次に型を切り替えるときに、僕らはキヨモリを打ちとれるはずだ。




