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第三章【京都ダンジョン遠征編+古都ドウマン模擬戦争編/ニンジャ・ヒーロー・コンプレックス】

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53 閑話 タンバ、また走る



 作戦はなかった。

 ただ、最初に爪の一撃を避けたとき、イコマに囁かれたのだ。


『攻略を、お願い』


 それだけ。

 お願いと言われても、なんともわからない。

 自分にできることは、走ることだけなのだ。こんな巨大な相手、どうすればいいのか。

 でも、見上げるたびに大きくなる様子を見て、気づいた。


 ――見上げ入道ですね!


 小学校の図書室で見たことがある。

 見上げれば見上げるほどに大きくなって、最後は見る人が後ろに倒れてしまう妖怪。

 『見上げ入道、見越した』と言いながら前に倒れると、小さくなって消えてしまうはずだ。

 幸い、自分は狙われていないので――戦闘の余波が大きいので、できるだけ距離を取って――呪文を唱えながら地面に突っ伏してみた。

 キヨモリは消えなかった。


 ――ということは、実際に見下げる必要があるのですね。


 うなずいて、タンバは周囲を見回した。

 日本庭園だ。小さな庵はあるが、高さが足りない。十メートル以上ある竜を上から見下ろすことはできそうにない。

 唯一、可能な場所があるとすれば。


 ――あの竜の頭上、とかでしょうか。


 難しいですね、と悩む。

 竜の背中を駆け上がること自体は可能だ。『スピード強化:A』に加えて『忍術』スキルがあるから、鱗だらけの急斜面でも問題ない。

 しかし、相手は躍動する竜だ。腕を振るだけで、鱗がうねり、逆立ち、斜面は切り立つ崖になる。

 変動するルートを、竜に気づかれないよう、足先の重みを可能な限り消しながら走らなければならない。

 ただでさえ難しい踏破だ。


 ――無理ですね。


 加えて、最悪なのが『見上げると大きくなる』点。

 走行中は『自分の行く先』を見るのが基本だ。この場合はキヨモリの頭上を目指すから、とうぜんキヨモリを見上げる形になる。


 ――登るために走れば走るほど、大きくなりますよ、コイツ。


 攻略は無理だ。しかし、撤退しようにも竜が見逃してくれそうにない――いや、タンバだけなら逃げられるかもしれない。

 いまは相手にされていないから。

 だが、イコマは逃げられないだろう。完全に目をつけられている。このままではじり貧で負けそうだ。

 というか、そもそも自分だけ逃げるわけにはいかない。


 ――『攻略、お願い』と言われましたから。


 どうすべきか……頭を悩ませていると、キヨモリの頭が爆発した。

 厳密には、投じられた手りゅう弾が、だ。

 空気が揺れ、爆音が響くが、竜に傷はない。

 やはり、見下ろす以外に攻略法はない。


 その時、一瞬、竜の腕を器用に避けているイコマが、こちらを見た。

 口元が笑って、動いた。


 ――え?


 タンバは読唇術を使えないが、その単語だけはわかった。

 『走って』だ。

 それが、どういう意味かはわからない。だが、考えるより先に、タンバは足を前に踏み出した。

 景色を置き去りにして、キヨモリへと接敵する。

 唇を曲げる。笑う。イコマが笑ったように、笑ってみせる。


 ――理由なんて!


 走ればわかる。

 走らなければ、わからない。


 カッ、と視界が白く染まって、音が遠くなっても、タンバは足を緩めなかった。

 スタングレネードが視界を埋める前に、己は竜の背中を見た。

 なら、できる。できない理由はない。

 瞳を閉じる。どうせ見えないなら、いっそ目をつむってしまえばいい。


 ――英雄ではないのなら、です……!


 タンバはニンニンとか言わないし、漫画みたいにどろんと巨大なカエルを出したりもしない。感度を三千倍になんか、したくてもできない。

 でも、いまだけはソレが必要だ。照れも否定もなく、行動を為すための確信が。

 言葉にはしない。心の中だけで、宣言する。


 ――僕は攻略派兵団の忍者、タンバ! 走ります!


 走る。尾の先、硬い鱗を踏んで、背中を駆けあがる。

 走る。背に生えたとげに手をかけ、滑らかな鱗にスニーカーの先を引っ掛けて、身体を持ち上げる。

 走る。視界は白い。音は遠い。その状態で走るのは、恐ろしい。恐怖が身を襲う。

 走る。それでも、走る。恐怖を置き去りにして、ただ走る。


 時間にして約五秒。

 タンバには、永遠に思えるほど長い五秒間。

 全身に脂汗を流しながら、タンバは太いなにかに身をぶつけた。

 衝撃で呼気を吐き出しながら、縋り付く。

 恐る恐るまぶたを上げると、ほんの少しだけ回復した視界が、細かく波打つ模様を見た。

 角だ。怪竜キヨモリの、二つの角。その片方に、タンバはしがみついていた。


 は、と息を吐き、もやがかかる視界を下に向ける。

 竜の頭、妖しく光を反射する鱗を、己の足が踏んでいた。

 遠くでだれかが叫んだ。なにをしたのですか、と。

 否、その声は近くで響いたものだ。

 耳が回復しきっていない。かなり離れていたタンバですら、スタングレネードの威力は絶大だった。

 だから、応じるべきは自分だ。


「見上げるたびに大きくなる、見上げ入道……ですよね。図書室のようかい図鑑で見たことがあります」


 自分で吐いた言葉さえよくわからなくて、思わず少し笑ってしまう。

 イコマは、タンバを信じてスタングレネードを投げたのだ。むちゃくちゃすぎる。行動不能になったらどうするつもりだったのか。


『――全力で動く竜の体を、私に気づかせぬまま登ったのですか!?』


 また、遠くで……近くで声がした。


 ――ええ、そうです。


 応じよう。言うべきセリフを、いま言おう。


「見上げ入道――見越しました!」


 がくん、と足場が沈む。

 竜が、その体のサイズを大幅に小さくしたのだ。




タンバくんずっと走ってんな……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 脳筋ショタじゃない、ちゃんと図書館で読書もしてた!
[一言] タンバ君は純真なショタ枠だと身に染みました。汚されるのも丁寧にされるのもいいと思います()
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