52 閑話 キヨモリ、閃光の末に
キヨモリは、己の一撃がたやすく回避される様を見た。
『さすがに速いですねぇ……!』
タンバだけでなく、イコマも十分に速い。
いまキヨモリが身に着けている妖怪の型は『見上げ入道』だ。
見上げれば見上げるほどに巨大になる妖怪で、人間サイズの相手からすれば、必ず見上げる形になるため、『妖怪ルール』の支配するダンジョン内部では無限大まで肥大化できる。
――仕組みに気づけますか!?
嗤って、キヨモリはさらに爪を振るった。己は二足で立ち、前足を武器として扱うスタイル。小回りは効きづらいが、サイズゆえに末端速度はかなりのものである。
二手に分かれたうち、狙うべきは遅い一方、イコマだ。
巨大化した竜に致命傷を与えられるものがあるとすれば、それは『複製:A』で爆増された近代兵器の火力。
攻略を観察する中でも何度か目にした、爆弾系の武装だ。
――逆に、このサイズでいる限り、タンバさんは脅威になり得ませんからねぇ!
武器は忍者刀のみ。個人が持てる武装のサイズも大したことはない。
少年は無視していい、と判断した。
――惜しむらくは、二人しかいないことでしょうか。複数の人間がいれば、見上げられる回数も増えて、いくらでも巨大化できたのですが。
残念に思いつつ、尻尾を振り回す。
イコマ狙いの尾が庭園の玉砂利を吹き飛ばし、余波が紅葉を散らす。
さながら紅色の吹雪だ。
『……器用に避けますねぇ!』
「そりゃどうも!」
束ねた丸太のような太い尾の振り回しを、薙刀を使った棒高跳びの要領で飛び越えられた。
よく絞った筋肉だ。ステータス補正だけでなく、普段から鍛え上げ、身体の扱い方も訓練しているのだろう。
――しかし、避けているだけでは勝てませんよ!
イコマが回避し、己を見上げた。
ぐん、ともう一回り巨大化する。現在、全長は十二メートルほどだろうか。
「……デカくなるなよ! ずるいなぁ!」
『グリッチ使いまくったひとに言われたくないですねぇ……!』
両腕を振るう。
ドウマンは自身のリソースを『黄金』に割いていた。己はリソースの大半を『妖怪ルール』の成立に回している。
――純粋な戦闘力でいえば、私とドウマンは五分でしょうねぇ。
同じサイズで殴り合えば、ひょっとするとドウマンのほうが強いかもしれない。
だが、現実改変能力は己が上だ。
『……っと!』
顔面に、なにかが飛んできた。とっさに回避する。
複製した薙刀だ。両腕を避けつつ、膂力任せにぶん投げたらしい。
――鱗で弾ける程度の攻撃ですねぇ。
つい避けたが、次からは受けても問題ないだろう。
腕を振るう。また避けられる。よく避けるものだ。そして、薙刀が飛んできた。
受ける。かん、と鱗で弾き飛ばす。薙刀が宙に落ちていく。
『その程度では傷ひとつつきませんねぇ!』
嗤うと、イコマが無言で大量の薙刀を投げてよこした。
すべて鱗で弾き飛ばす。
『ふはは、無駄ですよ、無駄無駄――』
言葉の途中で、薙刀の群れが炸裂した。
『――ぶあッ!?』
驚いた。同時に、鱗に圧がかかる。ぴし、と軋む音がする。
薙刀の中に、手りゅう弾が紛れ込んでいたらしい。
――常套手段! しかし、ひとつでは鱗が傷つく程度……!
巨大化すればするほどに、鱗も分厚くなるのだ。
このまま『見上げ入道』だけで押し切れると、キヨモリはそう思った。
開き直ったイコマがプラスチック爆弾を何度も投げつけて来るが、もはや鱗を割ることすらできない火力だ。鱗が軋みもしない。
――詰みましたかねぇ!?
思って、さらに爪を振るったその時、目の前で閃光と爆音が弾けた。
スタングレネードだ、と判断し、ほんの一瞬、動きが止まる。
人間が生み出した、強烈な閃光と爆音で脳にダメージを与え、失神させるための、殺傷力のない爆弾。
だが、殺傷力がないならば、やはりキヨモリには効果がない。
竜の目だ。閃光に視界が焼かれても、五秒もせずに視界が戻る。
――無駄な足掻きです!
にやりと嗤う。またしても体が、ぐん、と変化した。
『――む?』
視界の中、地面が近くなった。
――なぜです? 見下げられることはないはずですが。
疑問する間に、もう一度、身体が小さくなった。現在、体長は九メートル。
『……なにをしたのですか!?』
問いかけると、答えは上から来た。
「見上げるたびに大きくなる、見上げ入道……ですよね。図書室のようかい図鑑で見たことがあります」
頭上だ。
ちょうど角の間に、わずかだが重みがある。
それは、火力がないからと後回しにした相手。
つまり。
『――全力で動く竜の体を、私に気づかせぬまま登ったのですか!?』
ゴーグルをつけ、首元のマフラーをたなびかせた学ランの少年が、キヨモリを頭上から見下ろしていた。
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