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第三章【京都ダンジョン遠征編+古都ドウマン模擬戦争編/ニンジャ・ヒーロー・コンプレックス】

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49 閑話 タンバ、走り終えて



 タンバは濃霧を見て、一瞬考え、すぐに仕組みに気づいた。


 ――これが噂の風遁術、スキルの連打ですね!


 両手を打ち合わせた際に、手のひらの間に霧を封じ込めて、連打で大量複製したのだ。

 呼気やガスを増やせると言ったのと同じ手段。

 おそらく、秒間十回かそれ以上。練度の高いAランクのスキルは、桁違いの出力を持つ。

 倍々ゲームでねずみ算式に増えていく一握の霧は、空気の複製――爆発的な体積増加に伴う突風と共に、周囲に拡散される。


 ――速度では僕に勝てないと判断し、視界を潰してきましたか!


 イコマは『スピード強化:A』に対抗しうるスキルが『複製:A』であるとわかっている。

 だから、タンバの速度を潰しに来た。

 しかし。


「甘いです……っ!」


 タンバの武器は『スピード強化:A』だけではない。

 『忍術:B』は、忍者の技術を再現する複合体術である。ニンニンとか言わないし、漫画みたいにどろんと巨大なカエルを出したりもしない。感度がどうのこうのもよくわかりません。ええ、わかりませんよ。ほんとうに。

 ともかく、忍者にとって、目潰し……煙幕とは自ら使うものだ。

 対策はいくらでも考えられる。

 タンバは額のゴーグルをずり下ろして装着し、口元のマフラーをさらに引っ張り上げて口を保護した。

 視界は悪いし、ダンジョン内の山道は足元も悪い。

 それでも、走れる。

 『忍術』スキルにより、悪路での走行も体術で補正可能。地面を見ずとも、さっき見た記憶と足裏の感触から走行ルートを想定すれば、あとは走るだけだ。

 それに。


 ――山道は、那智勝浦のダンジョンで……トラキチとの戦闘で、慣れています……!


 だから、タンバは再び走り出した。

 濃霧で数秒は足を止められたが、しかし、結局タンバは走るしかないのだ。


 ――走れば、わかるはずです!


 霧の中、山道わきの土壁を駆けあがり、空中で弧を描くようにしてイコマに仕掛けるつもりだ。

 土壁から跳びあがって、抜刀。逆手で抜いた脇差――クキから与えられた無銘の忍者刀を、その真剣の刃を、ぶつけにいくのだ。


 ――走らなければ、わかりません!


 タンバは思う。よく聡い子だと言われてきた。素直でよい子だと。

 それでいいし、それがいいと思っていた。

 けれど、やはり――思うのだ。


 ――トラキチは、いいやつではなかったのです。


 ずきり、と心が痛む。

 和歌山のダンジョンで、いったい幾人が遊び殺されたか。

 二年前の天変地異で、集団暴走(スタンピード)で、だれもが大切なひとを失った。

 竜は存在するだけで人間を害する。そういう概念だ。


 ――だから、トラキチは悪いやつなのです。


 事実、悪いとは思う。人間にとって、その存在自体が、悪だ。


 ――でも! 僕は!


 濃霧の中で立つぼんやりとした人影に、タンバは思いのたけをぶつけるように、刀を振るった。

 パワーはなくとも、速度はある。クキからもらった忍者刀は、切れ味も鋭い。

 ざくり、と忍者刀がなにかを切り裂き、両断した。


 ――手ごたえあり!


 会心の一撃だ。迷いを断ち切るような。

 そう思ってから、ふと我に返る。


 ――え、あれ、やりすぎましたか、僕……っ?


 不安になるが、しかし、直後に異変に気付く。

 影が、あまりにも――脆い。

 パワーのないタンバの一刀では、人間を……『竜種:B』を持つイコマを、両断なんてできるはずがない。

 つまり。


「にせものですね……!」


 濃霧だが、さすがに直接攻撃可能な位置まで近づけば、人間とそうでないものの区別くらいはつく。

 それでも、攻撃の瞬間まで気づかなかったのは、それがあまりにもイコマだったから。


 ――例の猫又のスキル! 猫を倒した際に、複製していたのですね……!?


 タンバが足を止めた数秒の間に、イコマは猫又のスキルを行使した。

 幻覚を生み出すスキル――濃霧と併用したのは、スキルを使うシーンを見られず、幻覚の違和感を消すためか。感心しそうになったが、後回し。

 ここでの問題は、まず、イコマ本体がどこにいるか、だ。

 考える――イコマ本人の速度はBランクで、逃げたとしても、結局はタンバに追いつかれることになる。

 だから、逃げたわけではない。

 むしろ、逃げるためではなく、勝つためにこの幻覚人形を作り上げたはず。

 ならば、必ず付近にいる。攻撃可能な位置に。

 濃霧の中、さすがに至近にいれば気づけるはずだ。けれど、三百六十度の周囲に影はない。

 隠れるような時間もなかった。

 ならば。


 ――上か下!


 そして、ここは雑木林。地面は山道で、常識的に考えれば。


「――枝の上!」


 忍者刀を空に向かって構えなおす。

 上方向からの奇襲に備えて、確実に回避するために。

 奇襲を避けさえすれば、速度差である程度押し切れるはずだ。

 そして。


「ざんねん、不正解……!」


 答えは真下からあった。

 瞬間、声と同時に足首に触れるものの感触があった。

 え、と思って下を向いてしまった。すぐに飛びのけばよいものを、思わず反応してしまったのだ。

 足首をがしりと力強く握りしめられる。

 そのまま引き倒され、タンバは混乱のまま――マウントポジションを取られた。

 忍者刀はいまの格闘で手放してしまい、ポジションを固定される中で、遠くへ蹴り飛ばされた。

 泥だらけのイコマが、黒く汚れた顔でタンバを見つめている。


「……イコマさん。いったい、どこに」


 呆然とするタンバに、イコマが笑った。


「下だよ。『幻惑魔法:B』で生み出した幻覚の下に、複製した土で覆いを作って、這いつくばって隠れていたんだ。上に意識をやると思ったから」

「……おっしゃる通りです」

「それと、濃霧に対してはゴーグルをすると思ったからね。ほら、上下の視野角が絞られるじゃん。上を向くとき、首ごと上げる必要ができて――地面は完全に視野から外れる」


 その通りだ。

 視野角を絞り、足元の確認をおろそかにした。だから、足元の山道にいびつな塊があると見抜けなかった。


 ――いえ、おろそかだったわけではありません。


 確認はしたのだ。確認をしていたから、イコマの用意した幻覚に肉薄できた。

 わかっていたから、走った。確認したうえで、ルートを決めた。

 ゴーグルをはめるよう誘導され、確実に捕らえるための罠とも知らず、走った。

 それでいいと考え、走り、わかったのは――イコマはやはり、英雄ではないのだ。

 泥臭い努力で戦力の差を埋め、安心安全に勝てる作戦を一生懸命考えて、実行する。

 ただそれだけの、ふつうのひとだ。


「さて。マウント取ると、さすがに体重とパワー補正、タフネス補正で僕が殴り勝つと思うけど、どうする? できれば降参してくれると嬉しいんだけれど。あ、もしかして、忍者体術でここから抜けられたりするの?」


 タンバは黙って首を横に振った。それから、少しだけ考えて口を開いた。

 己の唇が震えていると、自覚する。


「……聞かせてください。イコマさんは、竜を、どう思いますか」


 タンバの問いに、イコマは眉をひそめて「うーん」と唸った。


「人類の敵。恐怖の顕現。想像の権化。文明の破壊者。倒すべき敵――とか?」

「ですが、共存しか道はない……の、ですよね」

「そうだね。それについても考えていかなきゃいけない」

「……古都の竜、ドウマンを……おぼえていますか」

「うん。もちろん、おぼえているよ」


 イコマは即答でうなずき、それから。


 ――……あ。


 それから、とても優しい顔で苦笑した。


「……そうだね。あの竜とは、こういう関係じゃなかったら、できれば友達になりたかったのになって……そういう共存が出来たらよかったのになって、思うよ。今でも、首を落とす直前にみた竜の目を思い出して、苦しくなる」


 震える少年には、その言葉で十分だった。

 タンバは「そうですか」と小さく呟いた。


 十秒は我慢した。二十秒で、口元が歪んだ。

 三十秒を過ぎたあたりで我慢できなくなって、大声をあげて泣いた。

 トラキチは友ではなかった。

 倒さなければならない相手だった。

 でも。

 竜でなければ。人殺しでなければ。ダンジョンの主でなければ。

 友になりたいと、共に生きたいと、思える相手だったのかもしれない。

 ほんの一時、命の遣り取りをしただけの相手だ。

 詳しいことはなにも知らない。大した会話もしていない。

 時間も、理解もなく、タンバは戦って……殺した。


 ――どうしようもないのですね。


 泣きながら、思う。友達とかそういう関係未満で終わった対戦相手を、想う。竜を害したものとして、強大な竜を(しの)ぶ。

 壊れていようが壊れていまいが、世界には単純な善悪では判断できないことと、単純な利害で判断しなければならないことが多すぎて、こんなにもやるせない。

 正しさなんて、立場と視点でいくらでも変わる。変わってしまう。

 事実というものは残酷で、タンバにはとても難しくて、いまはただ、大声で泣くことしかできなかった。

 涙がこぼれ落ちる。顔を押さえた両手の指のすき間から、ぼろぼろと、すくいあげられなかった涙たちが、落ちていく。

 そのしずくの中のどれかが、きっとトラキチだ。

 だから、なにもわからないタンバにも、ひとつだけわかった。


 たくさん泣いて、これまでのぶんも泣いて、泣き終わったなら。

 タンバはもう、英雄なんかではなく。

 ふつうのひとで、ふつうの十三歳だ。




僕はこういうのが好きなんだなぁ……。

硬派なローファンタジーですねぇ……。

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― 新着の感想 ―
[一言] ショタにのしかかって乱暴しようとする大学生がいると通報を受けたのですが?(。。
[一言] それに2年前はただの男子小学生だった訳で えっ!? そんなショタを組み敷いてヒイヒイ泣かせてるんですの!? いやらしいですわ!!
[一言] 少年は思い切り走って走って突き当たるまでいかないと納得できないのだ! これで一皮むけるかな?
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