48 閑話 タンバ、さらに走る
場所は、第二ステージの雑木林になった。
霧が比較的薄く、ゾンビも発生源たるボスを潰したため、なにも湧かない。
適度に障害物があり、そしてまた、適度に傾斜もある。
――忍者向きの地形です……!
こちらが有利だと、タンバは思う。しかし、場所を決めたのはイコマだ。
なにか策があるのか、あるいは単なる考えなしか。
――わかりません!
これまで一緒に攻略をやってきて、イコマの姿を近くで見ての感想だ。
わからない。深く考えていることもあれば、まったくの無策、無謀で突き進むこともある。
馬鹿なのか、天才なのか。紙一重というやつなのかとも思うが、本人の評価は『まわりに支えられてきただけの、ふつうのひと』だ。
――そんなひとが、日本でいちばん最初にダンジョンを攻略し、二匹の竜を下して、京都にまで辿り着いたというのですか。
おかしい。
けれど、おかしくないとも、感じた。
カグヤ朝廷は、古都ドウマンはいい場所だ。
攻略兵団も、いいひとたちだ。
優秀なひとがたくさんいて、けれどやっぱり、みんなふつうなのだ。
がんばって結果を出す、ふつうのひとたちの集団。
古都攻略戦争のときには、驚いたことに、兵士たちの中にAランクのスキル持ちはひとりもいなかったという。
その頃、タンバは和歌山の那智勝浦の集落で、速度を活かしてモンスター狩りに参加してはいたが、ダンジョン攻略なんて想像もしなかった。
……いや、想像はした。けれど、勇気がなかった。
勝てる相手とだけ戦って、それで命が無事なら、それでいいじゃないか――そんな風に思っていた。
――ラジオで聞いた英雄の話。凄い人がいると、知りました。
けれど、その英雄は、実はふつうのひとで。
Bランクの、どちらかといえば生産系のスキルを得たひとが、多くの仲間の支えを得て、勇気を振り絞り、命の遣り取りに足を踏み入れたのだという。
昨日もそうだ。ナナが霧に呑まれたと判断した直後、イコマは迷わず進んだ。止めようとした部下の言葉に「危険も責任もわかっている」と「でも僕が行く」でゴリ押しして、濃霧の中に身を投じた。
大切な人を助けたいと思うのは、たしかにふつうのことだ。けれど、だからって、ああもためらいなく走り出せるものか。
小学校ではだれも教えてくれなかったが、『ふつうのこと』は非常にハードルが高いのかもしれない。
ふつうのひとであることは、実はとても尊いことなのかもしれない。
――ならば、英雄とはなんなのですか。竜を……トラキチを殺した以上、僕は英雄であらねばなりません。けれど、イコマさんは英雄ではなくて……。
タンバは雑木林の中で、位置に着く。月明かりに照らされた山道。
互いの距離は、約五十メートル。タンバなら、初速がやや遅いとしても、三秒の距離。
イコマを見ると、彼は無言でうなずいた。タンバも会釈を返す。
本気の勝負だ。イコマは普段使いの武器での勝負を提案した。
つまり、タンバにとっては脇差で、イコマにとっての薙刀で。
「……それじゃ、双方。本気で――ただし、殺すところまではいかないよう自制心を持って、見合って見合ってー……」
二人の中央くらいの場所で、ナナが気の抜けた号令をはじめた。
足を前後にゆるく広げ、体を軽く前傾にして、左手は前に、右手は背中に回して脇差の柄を握る。
――僕は騎士ではありませんし、忍者でもありませんが。
思う。
――加えて、英雄でもないのなら……英雄でなくていいのなら、トラキチを殺した僕は、いったいなにになればいいのですか……!
「はっけよーい、のこった!」
号令と共にナナの手が振り下ろされると、タンバは走った。
三秒だ。イコマほどの相手でも、三秒で出来ることは少ない。
一秒、十五メートルほどを走ったところで、イコマが両手を打ち合わせた。合掌のようなポーズだ。
二秒、三十五メートルほどで、両手が開かれ、同時に『なにか』が視界を覆った。
三秒を迎える前に、タンバは両足のかかとを前に出し、惰性で山道を抉りながら急停止する。
猛烈な烈風と共に、タンバの視界を急速に奪ったもの。それは。
――霧ですか!
まるで第三ステージのような濃霧が、タンバとイコマの間に立ち込めていた。
タンバくんは自動車並みの速度で走れますが、タフネス強化を持っていないため、長距離を走る際はゴーグル等の装備が必須です。目が痛いから。マフラーも顔の露出を覆う用です。
学ラン少年忍者タンバくん十三歳。十三歳はショタです(まっすぐなまなざし)




