47 迷える英雄未満たち
さらに一夜明けてから、僕らは大きめの天幕に集まって、第三ステージの攻略法を練ることになった。
「……あの、イコマさん? どうしてそんなにげっそりしているんですか?」
「……昨夜、ナナちゃんにこってり絞られたから」
「絞られた……ああ、怒られたのですか? なぜ? イコマさんはむしろ、助けた側なのですから、怒られることはないのでは?」
「まあその、僕が失礼なことをしてしまったから、最初は普通に怒られていたんだけどね。ちょっとした危機を乗り越えたから、かな。ナナちゃんがこう、ええと、すごくホットな感じになったというか」
「ホット……英語ですね! 小学校で習いましたよ、ヒトに対して使うと『興奮する』みたいな意味ですよね! なるほど、命の危機から脱した興奮で、怒りが収まらなかったと」
それとは別にスラングとして、女性に対して使うと『セクシー』とかそういう意味にもなります。
少年にはまだ教えられないけれど。
いや、むしろ少年にこそ教えたほうが良かったりするのだろうか。
教育はむずかしい――今度えちち屋ちゃんに会ったら聞いてみよう。
「お兄さん、余計なことは言わないで。また絞るよ。兵士のみんなもニマニマしないで。――『昨日はお楽しみでしたね』とかいいから。やめて」
ナナちゃんが頬を赤くして、ごほん、と咳を打った。
「とにかく、ともかく、第三ステージの話だけど!」
カグヤ朝廷お得意の、強引な話題転換である。
「私とお兄さんが経験したことは、全員に共有済みだよね? 鬼と猫、そして霧。これらの厄介な相手を、どうやって攻略するか、だけれど……」
ナナちゃんが左腕を上げた。
「昨日の負傷で、本調子じゃないの。でも、私の治癒を待つほどの時間もない。そうでしょ? 十二月中に古都ドウマンに帰ろうと思ったら、あと三日くらいが限度。山のほうは雪も降り始めたみたいだし、雪中行軍はさすがに厳しいの」
『傷舐め:A』は骨折にも有効だけれど、さすがに一夜では完治までいかない。
あまり無理はするべきではない、と僕も衛生兵も判断した。
ゆえに、攻略の主軸は僕と、そしてタンバくんだ。
「が、がんばります!」
「うん。お兄さんを守ってあげてね、お願いね」
白兵戦での攻撃力はナナちゃんより下がるものの、速度は圧倒的だし、やはりダンジョン攻略者。
ナナちゃんと僕、二人で成し遂げた竜殺しを、ほとんどひとりでやり遂げた少年だ。
力不足ということはない。むしろ、僕が足を引っ張らないか心配なくらいだ。
「で、肝心の攻略方法だけど、お兄さん。考えてあるんだよね?」
うなずく。
「対策が必要な要素はふたつ。ひとつが、化け猫と鬼のセット。僕が倒した以外にもいるはずだ。魔石を落とさなかったし、通常モブだから、戦いの中で攻略法を模索していこう。うまくいくかどうかは実戦で試す形になるけど、対策もいくつか思いついているよ」
あのコンビネーションは不意打ちのパワーアタックだ。猫も鬼も、見た目通りの速度しかない。僕が単騎で倒せたように、総合Bランク以上の戦士なら単独で対処可能な範囲だと思う。
「だから、問題はふたつめ。霧……短時間なら、僕の『風遁・超すごい風の術』でなんとかできるけれど」
「その技名、マジで言ってる? 子供の名前はやっぱり私が付けるの」
「……ともかく、長期的に霧を晴らすのは厳しいし、僕が霧の対処に追われていると、戦闘に参加できなくなっちゃう。それは避けたいんだ」
攻略派兵団は集団でのモンスター狩りに慣れているメンバーだし、多勢でかかれば鬼と猫にも勝てると思う。
けれど、安全性を考慮するならば、僕の手は常に空けておきたいのも事実。
「なので……あの程度の風じゃなくて、もっとヤバい爆風をダンジョン内で起こす必要がある」
「またプラスチック爆弾ですか?」
「あれは仕掛ける必要があるから、もっと簡単なのでいくよ」
細長い円柱状のガス缶を取り出してみんなに見せる。
攻略派兵では、いろいろな面で便利な消臭スプレーである。
「とりあえず第二ステージ側から『複製』した缶に穴開けて投げ込んで、鳥居の向こう側に充満させたガスに点火しようかなと。風遁で送風すれば、広範囲に広げられるし。ついでに鬼とか猫とかも燃やせるかもしれなくてお得でラッキー。そういう作戦で――みんなしてなんだその半目は」
「……いや、プラスチック爆弾とか小銃とかなら、わかるのですけれど。武器ですから。でも、消臭スプレー缶って……やっぱり英雄の戦い方じゃないというか」
「日用品を舐めるなよ! 扱い方を間違えたら普通に危険なんだからね! 洗剤も混ぜると毒物になるんだぞ!」
というか、だ。
「何度も言うけれどさ、タンバくん。僕は英雄なんかじゃないんだよ。……たしかに、兵士としての総合力はそれなりにあると思うし、英雄級の戦士とか言われることもあるけれど、僕自身は自分を英雄だなんて思わない。そういうのは、もっと、なんだろう。ええと……」
言葉選びが難しい。なんと言えばいいだろう。
しばらく悩んだ末に、思いつくままに言うことにした。
「……うん。その、行動の結果、他人を救うことって、あるでしょ。僕はたしかにそれをした。でも、両手を構えて、たくさんのひとを救おうとして、けれど救えずに指から漏れた人たちも、たくさんいるんだ。古都攻略戦争では……まあ、あいつは自業自得だけれど、どうしようもなくて斬り捨てたやつがいるし、結果として女の子がひとり、大阪で死んだ」
そして、あの男は東へ行った。不可逆の願いを胸に秘めて。
「大阪では、たくさんのひとの反発を買ったよ。ユウギリキャンプで見たでしょ、反朝廷派……というより、彼らはむしろ、反イコマ派なんだよ。僕が彼らから、彼らが……少なくとも彼らだけは満足していた生活を奪ったのは、たしかなんだから。……それだけじゃない。一人の父親を失わせてしまったし、ひとりの少女の生き方も――その在り方も変えてしまった」
ユウギリはタマコちゃんを幼竜にして、アダチさんは首を落とされて死んだ。
彼女もまた、東へ向かったのだ。父を殺した男と共に、なにかを為すために。
「英雄っていうのはさ。僕は、取りこぼさないやつのことだと思う」
天幕の下、タンバくんだけでなく、ナナちゃんや兵士たちもいる前で語るのは、かなり気恥ずかしい内容だけれど、それでも言っておきたかった。
「両手でしっかりと抱えて、なにひとつ取りこぼさない。それが出来るやつを、ほんとうの英雄っていうんだと思う。僕はたしかに、その、英雄級のことをやっているかもしれないけれどさ。あくまで、ひとつの側面から見た僕でしかないんだ」
二週間と少し前。はじめてタンバくんと出会った日。
あの日の答えを、ここでもう一度言おう。
「僕はだらしなくて、軽薄で、いろんな人に毎日姿勢を正してもらって、からだを支えてもらって、はじめて一人前なんだ。そして、僕はその英雄じゃない生き方に、誇りを持っている」
「……他人に支えてもらう生き方に、誇りを、ですか」
「うん。だってそれは、信用できる相手に、信用してもらえているってことだ。なにひとつ取りこぼさないならば、もちろんそれがいいけれど――少なくとも、僕がいまいる場所は、誇りを胸に戦える家なんだ。僕は英雄ではないけれど、こればかりはだれにも否定させない」
ナナちゃんをちらりと見る。ばっちり目があって、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「カグヤ朝廷は、非英雄たる僕が、戦いを終えて帰るところ――帰りたいと思える場所だから」
そうですか、と呟いて、タンバくんは少し俯いた。ゴーグルがキャンプ用ライトのLEDを反射し、マフラーが彼の口元を覆い隠す。
ややあって、少年は顔を上げた。迷いのある顔だ。でも、迷いながらも、彼は言った。
「……お願いが、あります」
「なんだい?」
「一度で、いいのです。一度だけ、僕と本気で手合わせしていただけませんか」
ざわり、と天幕がざわめいた。
ダンジョン攻略途中の、ただでさえ時間もないタイミングで私闘なんて、やるべきではない。
しかも、本気で、と来た。
英雄ではないにせよ、竜殺し同士、Aランクスキル持ち同士の戦いになる。場合によっては、傷を生む。
攻略派兵団を率いる将としては、やるべきではないことだと思う。
「――ん。いいよ。やろう。広いほうがいいよね、どこでやろうか」
けれど、僕は将である前に、騎士だ。
女王であるカグヤ先輩より、この壊れた地球でだれよりも自由であれと願われた、自由騎士卿だ。
ならば、騎士として――迷える少年が望む本気の一騎討ちを断る理由なんて、どこにもない。
「カグヤ朝廷兵部正四位、自由騎士卿イコマ。あるいはただの人間、イコマ。気が済むまでお相手するよ、タンバくん」
「――はいっ! よろしくお願いします!」
世間でどう呼ばれようが、後世でどう評価されようが、ひとはひとなんですよね。
なろうユニバースではスキルに溺れた者から三下になるのだ……。




