44 にせもの
僕を止める兵士を強引に説得して(強引に説得ってなんだ?)鳥居に踏み込むと、足元しか見えないくらいの深い霧に覆われていた。
地面は石畳で、走るとつまずきそうになるけれど、ナナちゃんのことを考えると居てもたってもいられなくて走った。
スッ転んだ。
急ぎたい気持ちを落ち着かせ、歩くことにした。
救出作戦は冷静さが必要不可欠だ。ナナちゃんと僕、二人ともが霧に呑まれてしまう事態は避けなければ。
深呼吸をして、石畳を歩き出す。
……すると、すぐに違和感を得た。
今までの鳥居より、明らかにフィールドの切り替わりが……つまり霧の距離が長いのだ。
これまでは、数十秒歩けば霧がマシになって『階層入口の鳥居』があったのに。
「……ははーん、さては……オブジェクト数が多いマップだから読み込みが長いんだな……?」
ゲームではよくある話だ。情報量の多いマップほど、ローディング時間が長くなる。
このダンジョンも、おそらくそうなのだろう。
竜の作るダンジョンはゲームを参考にしているのだから、奇妙な仕様を参考にしていたとしても不思議ではない。
やはり竜、ろくなゲーム作らねえなと思いながら進む。
……しかしながら、いくらなんでも長い。
もうすでに五分ほど歩いているのに、まだ切り替わらない。
地面も石畳から土の道に変わっているし、これはひょっとして……。
「もしや……中途半端にロードしてバグった……?」
有りうる。
だとすれば、霧の中でいたずらに進むのもいけない。下手をすれば、地面のロードが追い付かず、奈落の底に落ちてしまうことだってある。
奈落の底に落ちればどうなるか。当然、全ロスだ。それは避けたい。
命の残機はひとつしかない。人生はいつだってハードコアだ。
なので、仕方がないと思いつつ、後ろを向いた。少し戻ってロードを待ち、それからまた進むしかないだろう。
いま来た道、つまり、ロード済みの道を戻ることになる。奈落に落ちる心配はない。ここは走ってもいいはずだ。
そういうわけで、僕はしゅばっと走った。
スッ転んだ。
いけない。焦りすぎた。
急ぎたい気持ちを落ち着けて、僕は歩くことにした。
歩きながら考えるのは、もちろんナナちゃんのことだ。
無事だろうか。いや、無事に決まっている。
なんたって、ナナちゃんは無敵の女子高生なのだ。無事でなかったら、ヤカモチちゃんがナナちゃんを許さないだろう。
……うん、ナナちゃんは無事だ。ぜったいに、無事だ。現実は残酷で、大切なひとを突然失うことだってあるけれど……ナナちゃんには、どんな試練だって歯を食いしばって乗り越える強さがある。
この程度のダンジョン、怪竜キヨモリごときの発想に負けるような女の子ではない。
だって、筆頭騎士なのだから。
そう思うと、少しだけ気が楽になった。
……しかし、ヤカモチちゃんといえば、あの二人。
いつ見てもこう、胸部装甲の差が激しいな、と思う。
最近はその、冥利に尽きると表現する以外ないけれど、二人を見比べる機会もあったりして――まあ実際にしっかり見比べようとすると殺気が飛んでくるけれど――とてつもない差が、ある。
しかし、どちらも美少女で、身体のバランスはとても良い。ヤカモチちゃんは大きくて柔らかい方向でバランスがとれており、ナナちゃんは平たくて薄い方向でバランスがとれている。
ベクトルの問題だ。
これが例えば、互いの胸部装甲が逆であったとすれば、どうだろうか。
ちょっと想像してみる。
……なんということだ。黄金比のごときバランスが、崩れてしまうではないか!
ヤカモチちゃんのいっそ暴力的な肉感あるボディラインは急に物悲しいものになるし、美しい野生獣のようなナナちゃんのボディラインは一気にだらしないものに変わる。
特に後者が思ったよりダメージがデカい。
嬉しそうな顔で「見て! 大きくなったの!」と喜ぶナナちゃんが脳裏に浮かんで、少し悲しくなった。
ありのままがいいのだ。だから、ありのままのキミを探すよ、ナナちゃん。僕はいまのキミが、とても大切なのだから。
そう思い、気持ちを切り替えて前を向くと、霧の向こうに人影が見えた。
黒い長髪で、手を振っている。声もする。
『お兄さん、こっちだよ。だいじょうぶだよ、ここにいるよ――』
「ナナちゃんっ!」
僕は慌てて駆けだした。そこにナナちゃんがいるのだ。冷静でなんていられるわけがない。
『竜種:B』のステータスに任せて駆けだし、彼女の元へ走り出す――。
スッ転んだ。
同時に、四つん這いになった僕の上を、びゅうん、と風切り音を響かせて、なにかが通過した。
ふと見上げると、横合いから躍り出てきたのだろう。棍棒をスイングし終わった体勢の鬼型のモンスターと目が合った。
なんだこれと思って再び前を見ると、先ほどまで妄想していたような、胸部装甲が異様に大きくてどこか残念なシルエットになってしまったナナちゃんが、笑顔で手を振っていた。
『こっちだよ、こっちだよ。私だよ、お兄さん』
うん。デカい。
ということは。
「貴様、ニセモノだな……! どれだけそっくりに化けても無駄だ! 僕が仲間を見間違えると思ったら大間違いだぞ!」
デカけりゃいいってもんじゃない。




