15 男子禁制の女人村
「改めて、助けてくれたことにお礼を言わせて。
ありがとう、変態お兄さん」
「だれが変態お兄さんだ。僕のどこが変態だというんだ」
「じゃあ言い換えるね。
ありがとう、JKの腹部を全裸で執拗に舐めまわしたお兄さん」
「『傷舐め』は必要な医療行為であり、そのような申され方は誠に遺憾であると表明します」
「遺憾である、なんて言い方をする人はたいてい嘘つきだよね。
あと全裸についてはマジで訴えたら勝てるタイプのセクハラだと自覚してね?」
訴えないでほしい。負けるから。
なお、いまはストックしておいた複製ジャージを身に纏っているから全裸ではない。
少女は体を起こして頭を下げた。
「でも、助けてくれたことは、本当にありがとう。
お兄さんがいないと、私はきっと死んでいたもの」
「それは僕もだよ。
ありがとう、キミがいなかったら、僕もギャングウルフに殺されてた」
「じゃ、お互い様だね」
くすりと笑って、少女は胸元に手を当てた。
「私はナナ。
聖ヤマト女子高等学校三年、騎士クラブ所属。筆頭騎士って呼ばれてる」
「ああ。そっか、まだ挨拶もしてなかったね。
僕はイコマ。いまは……サバイバルソロキャンパーかな」
「いまは?」
「うん。さっきも言ったけど、村を追放されたからさ」
「変態だから?」
「違うよ!」
僕がA大村を追放されたいきさつ――美人の先輩と仲が良かったから村の有力者に妬まれて追い出されたこと――を話すと、ナナちゃんはわかりやすく顔をしかめた。
あまり気持ちよくない話だからだろうと思っていたら、どうやら違うらしい。
「私、その人知ってる」
「レイジを? まあ、畿内じゃ腕利きのハンターだもんねぇ」
「そうだけど、それだけじゃない。
……聖ヤマ女が男子禁制になった理由、知ってる?」
首を横に振る。
聖ヤマト女子高等学校は有名なお嬢様女子高で、文明崩壊後は男子禁制の女人村として独特の存在感を放っていた。
A大村から出ない僕ですら知っているくらいの知名度があったし、『オールナイト元・日本』で話題に上がったこともある。
曰く、「近畿の秘境に美少女しか住んでいない村がある」という、ちょっと下品な紹介のされ方だったけれど。
だけど、男子禁制の理由に関しては――わざわざ文明崩壊後も女子の園を守り続けた理由は、聞いたことがない。
女子高だから、そのまま女子だけなんだろうな、とかふんわり思っていたけど。
「私たち、文明崩壊からしばらくは男のヒトたちを受け入れてたの。
『避難させてくれ』とか『男手が必要だと思って』とか、理由はいろいろだったけど、その頃はまだ男子禁制じゃなかったから」
語り出しからもう嫌な予感がする。
「最初から男子禁制だったわけじゃないんだね」
「男の先生もいたから。警備員さんも男性だったし」
言われてみればそうだ。
女子高だからといって、関係者も含めて女子しかいないわけがない。
「でも、その中に寄ってたかって大人しそうな女の子を……その、狙った人たちがいたの」
狙った。
意味深な言い方だけど、間違いなく『そういう意味』だろう。
襲ったのだ――おそらくは性的な悪事を働こうとして。
「……被害は?」
「その子、防音の視聴覚室に連れ込まれたんだけど、場所が悪かった――いえ、むしろ良かったのかな。
私、写真部なんだけど、視聴覚室の映像機材も部の管理品だったから、偶然隣の準備室にいて。
準備室と直通の扉は防音じゃなかったから、私は気づけた。
薙刀を持って飛び込むのが間に合ったから被害はなかった……と、言っていいのかな」
「いいのかな、って?」
「心までは治せないから」
思わず天井を仰いだ。
察するだけで痛ましい。
複数の男に襲われた恐怖は、とんでもないトラウマになったことだろう。
「もともと、避難民の受け入れ直後から、値段が張る高級品とか食料とか……あとその、下着とか制服とか、そういうものの紛失が相次いでいて。
男性に対する不満と不信感が高まっているタイミングなのもあって、私たちヤマ女の生徒、とりわけ生徒会長が激しく彼らを糾弾して追い出したんだけど」
ナナちゃんはその時の不快感を思い出したのか、眉をしかめた。
「そういう事件がありましたっていう発表にこう言い放った馬鹿がいたの」
『守ってやってるんだから、なにも追い出すことはないんじゃない?
その子、大したスキルもないんだからソッチ方向で役に立ってもらわないと』
信じられないことに、その馬鹿はヘラヘラ笑ってそんなことを言ったらしい。
「そのヒト、『タフネス強化:C』と『パワー強化:B』と『剣術:B』を持つ、レイジって名前のチャラチャラした大学生だった。
たぶん、同じ人だよね?」
「……なにやってんだ、アイツ」
呆然とする。
馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、そんなことをやっていたのか。
だけど、思い返すとたしかにそれっぽい時期がある。
文明崩壊後、A大が村としてまとまるまでの間、レイジとその取り巻きどもは二週間ほど学外へ出ていたことがあった。
『変わってしまった世界の調査のため』とかなんとか言っていたけれど、おそらくはどこからか聖ヤマ女が避難民を受け入れている話を聞いて、女子高生を引っ掛けるチャンスだとでも思ったのだろう。
「で、生徒会長は『あなたがたのような下劣漢に守っていただく必要なんてございませんわ』って、売り言葉に買い言葉でさ。
一致団結してすべての男を追い出したのが、聖ヤマ女村の始まりってわけ」
「ごめん。本当にごめんね、僕の大学の馬鹿が……」
「お兄さんの責任じゃないでしょ。他人のことで謝らないで」
ともあれ、あの馬鹿は痛い目を見るべきな気がする。
弱肉強食の文明崩壊歴ではあるが、人間は『弱』の部類だ。
寄りあい、助け合い、そうやってなんとか命を繋いでいる共同体に過ぎない。
レイジはなにか勘違いしているのだろう。
スキルを得て増長したのか――あるいは、元からの気質か。
ひとつだけ安心したのは、レイジ自身が女の子を襲ったわけじゃないことだ。
もしも実行犯のひとりだとか言われていたら、いますぐA大村まで戻ってぶん殴ってやっただろう。
そこまでの外道であったならば、即刻、カグヤ先輩を連れ出さなければならないところだった。
「……お兄さん、A大村が心配?」
「カグヤ先輩がちょっと心配だけど、それくらいかな。
あんなのでもA大村には必要なハンターだし。
追放された僕がいまさら関与できる問題じゃない」
「ふぅん。それじゃ、お兄さん。
A大村に戻るつもりはない……ってことだよね?」
頷いて返すと、ナナちゃんは顎に手を当てて何事かを考え出した。
「……いけるか……生徒会長を納得させられれば……治療系スキルのメリットは大きいし、ヤカモチも……人材の引き抜きはマナー違反だけど、追い出したのなら文句は言えないはず……」
「ナナちゃん? どうしたの? 具合悪い?」
「……よし。決めた」
ぶつぶつ呟いていたナナちゃんは、ぱっと顔を上げて僕に向き直った。
「お兄さん。ひとつ提案……というか、お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「お願い? いいよ、僕にできる範囲でなら」
うん、とナナちゃんは頷いた。
「一緒に聖ヤマ女村まで来てくれない?」
ナナちゃんは文明崩壊時に十六歳だったので、現在は十八歳です。
このタイプの話だとわりとヒロインの年齢高めかもしれん。
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