38 閑話【模擬戦争】 クキ、未来を見る
取り押さえたのは、クキのほうだった。
読み合いの先で、棒による打撃を甘んじて受けて、小娘の腕を掴んだ。一度組めれば、もはやこっちのものだ。強引に詰みまで持っていった。
けれど。
――儂の負けだな。
合気の技で、腕力に優れる若者の腕を捻り、跪かせ、背中を膝で押さえてうつぶせに組み伏せた。
そのすべてを、左手一本でおこなった。技量はクキが上回っている。
だが、その一瞬前。打たせた杖の一撃が、受けたクキの右腕を砕いていた。
「……最高の一打。儂があえて受けると読んで、確実に折るため、制圧されることを覚悟して全力を叩き込んだか」
ぶらりと肘から先が力なく揺れる。
容赦なく、折られた。
「……勝てないって、わかっちゃったから。アタシ、『パワー強化』もあるし、これしかなったし」
小娘はそう言って、悔しそうに唇を噛んだ。
「だから、戦闘力を削いだ。腕一本じゃ、さすがに多勢に無勢だし」
「小娘、名前はなんという」
「……ヤカモチ」
「そうか。儂はクキだ」
つぶやき、クキはヤカモチの拘束を解いた。
「よい戦局眼だ。個人戦ならば、儂の勝ちだが……」
左手を上にあげて、ひらひらと振る。
揃いの防具をつけた兵士たちが油断なく目を光らせて、クキを取り囲んでいた。
カーボン製の盾や警棒を構えた兵士たちだ。
揃いも揃って息を切らし、者によってはまだ足が震えているが、しかし、消えない闘志に燃える目を持つものたち。
予想よりも五分以上早く、叩き伏せた八名の精鋭たちが立ち上がってきていた。
――まったく。こうもわかりやすく『折られても立ち上がる』姿を見せつけられたのでは、たまったものではないな。
苦笑する。
ヤカモチは、クキの背後が見えていた。
もがき、立ち上がろうとする精鋭たちの姿を、信じたのだ。
「……集団戦ならば、儂の負けだ」
――精鋭たちでは儂相手は荷が重いと判断し、自らと引き換えに、儂の腕を持っていった。
両手があれば、兵士の群れ相手でも問題なく戦えただろう。カグヤの座る玉座に肉薄することさえ可能だったかもしれない。
だが、だからこそ、折られた。
全体の勝利のために、自らの敗北と敵の腕を釣り合わせた。戦士としてのプライドを捨てて、自ら捨て駒の役を選んだ。
片手で八名の相手は、さすがに無理だ。数で押し込まれる。
――自己犠牲。儂には無理な選択だな。
クキなら仲間を待たない。辿り着かない可能性がある以上、自分以外のだれかに託すなどという選択肢はない。死ぬときは、ひとりだ。
カグヤ朝廷は、個ではなく、群。
復古勢は、個人が寄り集まっただけだが、カグヤ朝廷は集団での勝利を忘れない。
見つめる先が同じなのだ。そして、視線は常に未来を向いている。
――最初から負けていたのだな。儂が見る過去は、ひとりで見る思い出でしかない。
国とは共同体で、共同体とは集団だ。
己ひとりの思い出に浸っていては、国にはならない。
国とは常に、未来を見据えているもので――つまり、復古を掲げた時点で、クキの目指すものは国ではなかった。
国の残影を、思い出の中に見つけたかっただけなのだ。
「誇れ、朝廷。貴様らの勝ちだ」
宣言に、勝鬨の声があがる。
それはつまり、カグヤ朝廷の勝利を示し、クキにとっては敗北の証であった。
――過去ではなく、未来を見据えて進む……か。
「……悪くない、敗北だ」
瓦礫に座り込み、目を閉じる。
弟子が帰ってきたら、ちゃんと話をしよう。
逃げずに、言葉を尽くして向き合おう。
己は師匠なのだから。
次からダンジョンに戻ります。
★マ!




