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第三章【京都ダンジョン遠征編+古都ドウマン模擬戦争編/ニンジャ・ヒーロー・コンプレックス】

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37 閑話【模擬戦争】 クキ、悟る



 クキは、自分でも意外なほどに攻めあぐねていた。

 小娘の対応力が高いのだ。


 ――古武道だな。鍛錬を積んだものの動きだ。


 過去に見た杖術、杖道とは杖の長さが違う。現代の杖道は胸ほどの高さの棒を扱うが、小娘は身長と同じ長さのものを振るっている。


 ――錫杖を使った山伏の格闘術から派生したか、あるいはもっと別のものか。


 どちらにせよ、相手に百五十センチ以上のリーチがある。

 刃はないが、しかし、それは模擬戦争のレギュレーションの問題だ。

 殺生がありならば、クキも日本刀を持ち込んでいたし、カグヤ朝廷側もきっとライフルやら爆弾やらを持ち出していたことだろう。

 これはあくまで、制圧を目的とした格闘戦。

 試合だ。


 ――やりにくいな。


 面倒に思うが、それと同時に面白さも感じるのは、武芸者の悪癖だろうか。

 自嘲しつつ、しかし、こらえきれずに笑みがこぼれた。

 怪訝そうに小娘が顔を傾げる。


「なにか、おかしいし?」

「いやなに、老骨の楽しみだよ。強いじゃないか、小娘。身が震える試合は、久方ぶりだ」


 誘うように手を振ると、そちらには見向きもせず、だが、虚を突いて踏み出したはずの足には杖先が飛んでくる。

 誘い(フェイント)が効いていない。まるで、最初からわかっているかのようだ。


 ――スキルというものは便利だな。


 苦笑する。

 弟子であるタンバもまた、強力なスキルを得た。

 人外の速度を与える『スピード強化:A』と、回避と隠密を中心にした体術系スキルの『忍術:B』だ。


「……聞いてくれるか、小娘」


 ふと、呟く。


「止めるべき弟子を止められない師匠は、どうすればいいと思うかね」


 スキルを得たタンバになにかを教えることは、クキには難しかった。

 あの小さな門徒は、それでも師と仰いでくれたが、それゆえに心地悪かった。


「それは果たして、ほんとうに師と呼べるのだろうか」


 二年間を耐え忍んだが、モンスターの増加に村が耐えられなくなり、狩人も大半がやられてしまうほどになった。

 諦めかけていたときに、ラジオを聞いた。古都奈良、平城京のダンジョンが攻略されたと。

 その翌日だ。タンバがクキにダンジョン攻略を持ちかけたのは。


 ダメだと言っても聞かず、ならばクキを倒せば認めてやると言った。

 遠慮容赦なく技をぶつけ、一度は勝った。二度目も、なんとか下した。

 しかし、三度、四度と挑まれるたびに、少年の速度は増し、クキの伸ばす手が速度に追いつかなくなった。

 挑戦が十度を超えた日。十三歳の少年が持つ二つのスキルが、クキの経験を凌駕した。


 ――先生と呼ばれているのに、この体たらくだ。


 七十年の歳月を費やした技術が、スキルなどというものに打ち負かされた。

 少年は「はじめて師匠に勝った」などとはしゃいでいた。

 さっきも小娘に言ったが、ずるいとは決して思わない。

 クキだって、もはやまともに動かないはずの老骨が『タフネス強化:B』の恩恵で全盛期以上の頑強さ、体力を得たのだ。

 なにも卑怯なことはない。いいも悪いもあるものか。


 ――変わらん。


 世界は、ずっとそうだ。

 強いものは、強い。弱いものは、弱い。


 ――変わることなど、ないのだ。


 どこまでいこうが、世界が壊れようが、人間の本質に変化などない。


「弱い師に、価値はあると思うか」


 攻め手を止めて問いかけた先、小娘は息を荒くしつつ、堂々とクキを睨みつけた。


「戦うか喋るかどっちかにして! こっちおしゃべりする余裕ないし!」


 それは悪いことをした。


「あのねぇ、弟子が師だと思っているなら、超えようがなんだろうが師は師でしょ!」


 そして、余裕がないと言いつつ、答えてくれた。


 ――そうか。


「ならば、わかってはいたが、やはりつらい立場だな。(せんせい)というのは。師と呼ばれている以上、恥ずかしい真似はできん」

「自分で選んだ立場でしょ。そんなの知らんし」

「それはそうだな」


 あの日、タンバはその圧倒的な速度でクキの首元に竹刀を突き付けた。

 クキの負けだった。だが、それでも少年は「先生」と呼んでくれる。きっとそれは、クキに対する感情が勝ち負け以上の場所にあるからだ。

 目の前の小娘もそうだ。若輩ながらも強者であり、その強者が歯を食いしばって打ち合いの回転数を上げた。全力を超えて戦わなければ、クキにかなわないと判断したからだ。

 若者風にいうならば、つまりこれは。


 ――リスペクト、というやつだな。


 嘆息する。女王の言葉を思い出す。


『クキさんのそれは、勝ち逃げだよぅ』


 真理だ。

 師匠の立場から、リスペクトされている今のまま、逃げたいのだ。

 過去から現在、連なる時間軸の――華々しい過去(いま)のまま、未来に勝ち逃げしたい。


「醜い老人だな、儂は」


 零す言葉とともに、からだの重心を傾ける。小娘が棒を傾け、出足を潰した。

 戦況は振り出しに戻り、しかし、小娘はよりいっそうの気迫を籠めて、クキを睨み――ふと、首を傾げた。


「醜い? そんなに技がきれいなのに?」

「……そうか。きれいか、儂の技は」


 淡々と応じて、クキはもう一度、思う。


 ――ああ、リスペクトだとも。


 タンバが、ダンジョンの付き添いにクキを選んだのも、きっとそれだ。

 道場の師匠だから。年上の先生だから。それゆえに選んだのではなく。

 選びたい相手だから、師匠(せんせい)と呼んでくれている。


 ――気づくのが遅いな、儂は。七十年やって、この体たらくだ。


 過去の蓄積たる己が、未来を夢見る者たちに敬意を払われ、超えるべき先達として対応されている。


「……悪かったな、小娘。少々、舐めていた」


 ならばこそ、試さねば。日本に生まれ、日本を失ったクキが、納得できる未来があるのかどうか。


 ――キミたちのいうより良い未来とやらが、ほんとうに過去よりも良いものなのか。


 確かめる。

 勝ち逃げは、しない。

 余力も残さず、先達としての責務を果たす。


「全力でいく。この老骨、超えてみせろ……!」


 クキもまた、演武の天秤を傾ける。

 誘いと牽制の一進一退に、老骨の足が大きく一歩を踏み込んだ。


 杖と拳が触れ、読み合いが収束する。

 決着は、数秒でついた。




タンバくんはとにかくスピードで圧倒して首筋に竹刀を届かせた感じです。

Aランク(伝説級)の能力にシンプルな体術で何回か勝てていたクキがどうかしているというか。


スキル有りファンタジーを書くと『スキルの有無』が強弱に直結するので、そこはやっぱり地球にはまだスキル外の達人がいるんだよ……という感じにしたくなってしまう逆張り陰キャ。


★マ!

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― 新着の感想 ―
[一言] たぶん、ステータス上は「タフネスB」だけど、本質的な能力で言うと「タフネスB」「体術B」なんだろうなぁ(_’
[一言] イコマ君がいないとみんなしっかりする()
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