35 閑話【模擬戦争】 クキ、歩を進める
クキは己に殺到する八人の兵士たちを見た。
それぞれが迷彩の軍服とボディアーマーを着込み、警棒を持ち、防塵ゴーグルの向こうには強い光が見て取れた。
――いい目だ。
この街は、こういう目をした住人が多い。希望というやつだ。
その言葉で思い出すのは、二年半前の天変地異のころ。
クキはなかば寝たきりの生活を送っていた。
――不甲斐ないことにな。
七十年以上に渡り、武道に邁進してきた。
合気、柔術、空手、剣道。
道場を開き、多くの門徒を得た。
頑強さには自信があった。ゆえに、怪我をした。
疲労骨折というやつだ。寄る年波に、文字通り老骨が耐えかねた。
医者には「そろそろ激しい運動は控えたほうが」と言われもした。
とんでもない、とクキは思った。
『いまが、いちばん冴えているので』
体力は減った。肉は落ち、食は細り、目はぼやけるし音は遠くなった。
それでも、クキは確信していた。
技の冴えは、いまが人生最高だと。
己を取り囲む兵士は、盾と警棒を持つものが四人、なにも持たないものが四人。
とびかかってきた兵士の胸元と袖を掴む。ガタイの良い男性だ。筋肉もある。
ひとまず投げて、意識ごと地面に落とす。投げる際に遠心力で相手の頭を振るのがコツだ。
これでしばらくは起き上がってこないだろう。
「……えっ?」
盾を持つ兵士が疑問符を上げた。
古武道の歩法で意識の間隙をついて近づき、盾に手と肩を当てる。
「フッ」
気合いを入れて、盾の向こうに『力』を通す。
どん、と鈍い音が響き、盾兵が吹き飛ぶ。
――タンバには、魔法のようだと言われたな。
足裏から大地の反発力を得て、腰から背に捻って通し、ゼロ距離から強力な衝撃を生み出す技術。
中国武術の寸勁だ。うまく扱えば、盾ごしでも衝撃をぶちかませる。
――いい弟子だ。タンバは。利発で、優しく……ややまっすぐすぎる気質ではあるが。
これで二人倒した。残りの兵士は六名。
すでに『クキは予想以上の武人である』と理解し、一切の油断を捨て、陣形を組み立て直している。
判断はやや遅い。ひとりめで意識を切り替え、負傷覚悟で押し込むべきだった。
「足りんな」
六人が盾を、そして警棒を構えて三百六十度からクキに殺到する。
「惜しいが、七十年ほど足りん」
投げ、締め、曲げ、打ち、落とす。
全員が地面で呻くまで、二分もかからなかった。
「……ぐ……アンタ、いったいなんのスキルを……!?」
「『タフネス強化:B』だ」
淡々と応じ、クキはかがんで質問を投げた兵士の首にあるツボを数秒押さえ、意識を完全に刈り取った。
「スキルというやつは奇妙奇天烈で信用できないが、これだけは幸いであったというほかないな」
呟いて、肩をぐるりと回す。
肩こりも、腰痛も、疲労骨折するほど酷使していた骨も、すべてが軍人級の補正を得た。
技の冴えは、過去最高。肉体もまた、過去最高。
「タンバには負けたが、な」
――そして、それが儂の罪だ。
年若き門徒に負けたことを思い出し、クキは顔を引き締めた。
だからこそ、見せてもらわなければならない。
カグヤ朝廷の強さを。
――儂のすべては過去のものだ。だが、ただひとつ、儂に未来があるとすれば。
天変地異のあと、避難した学校で出会った少年。
武道の手ほどきをしていた、クキの道場の最年少門徒。
共に生活する中でも訓練をせがまれ、頼まれた。
『先生、僕と一緒にダンジョンに挑んでくれませんか』
その力があると少年は言った。
クキは断った。諭した。命を懸けるべきではない。
力があるからといって、やらねばならないわけではない。
十三歳の少年を、命をやり取りする場所に送り出すなんて、師匠が許せるはずもない。
それでも行きたければ、儂を倒してからにしろ――苦肉の策で、そう告げた。
「……ふん」
宮跡入り口に向かって歩を進める。
女王の首をとれば、こちらの勝ちだ。
八人の兵士たち、精鋭と思しきものたちは、三十分は起きてこない。
邪魔はもうないだろう。
そう判断して、ゆっくりと歩くクキの前に、しかし、ひとつの人影が立ちはだかった。
また敵が『タフネス強化』です。アダチさんと同系統、ただしアダチさんがスキルのカウンター性能に頼っていたのとは違い、おじいちゃんは人間の成長の枠内で届き得る【技術】で戦うやつです。
クマを投げたりライオンを締め落としたりしたことがあるタイプの達人です。




