34 閑話【模擬戦争】 レンカ、めっちゃ慌てる
レンカは思う。地球は、否応なく変わっていくものだと。
太政大臣の立ち位置は、女王が座る舞台の一段下。
戦争には不参加だが、見届ける立場として、ここにいる。
「――カグヤ様。二百メートルのところに、クキ様が現れたそうですの」
「予想通り、だね」
「ええ。そして、予定通りですの。控えていた近衛部隊がクキ様に対応いたします。それで、この模擬戦争は終わりになるでしょう」
実力、練度、忠誠心。必要なものすべてが揃った精鋭揃いだ。
武人と見受けられる老人が相手だが、老人に対応させた親衛隊の数は八名。多勢に無勢というやつだ。
親衛隊最後のひとり、隊長のヤカモチはカグヤのそばに控えている。
――護衛を最低でも一人残す必要がありますものね。
つまり、ほぼ全戦力が戦場に出たことになる。
女王が落ち着きなく椅子を揺らして、心配そうな顔でレンカを見た。
「朱雀大路のほうは?」
「防衛兵団二百名で抑えきれる、との見立てです。問題ございませんわ」
「そうじゃなくて、けが人とか。大丈夫なのかな」
言われて、レンカは思わず笑ってしまった。
そういうひとだから、イコマがだれよりも慕い、自分たちも彼女こそが女王だと認めているのだ。
体を回して、カグヤに向き直る。
「ご安心ください、カグヤ様。救護テントにて、敵味方関係なく手当てをおこなっておりますの。骨折や打撲はあるでしょうけれど、朝廷の誇りにかけてしっかり治療しますわ」
「……ありがとね、レンカちゃん」
女王からお褒めのお言葉だ。レンカは一礼し、居住まいを正した。
「加えて、クキ様を制圧し、捕縛完了すれば、向こうの士気も続かないでしょう。そうなれば、これ以上のけが人も出てこないはずですわ」
一息入れる。
「つまり、すでに勝ち確ですの。親衛隊がすぐにでも勝利の勝鬨を上げてくれることでしょう。間違いございませんの」
自信たっぷりに言うと、カグヤが微妙な顔になった。
「……なんですの?」
「レンカちゃん、それ、死亡フラグじゃない?」
「言われてみればそうですわね。でもご安心くださいな、現実では想定外の大逆転なんてそうそう起こるものでは――」
言葉の途中で、物見やぐらの上からミワが叫んだ。
「親衛隊八名、全員敗北! やべえぞレンカ、あの爺さんクソ強ェ! 素手で全員叩き伏せやがった!」
レンカは真顔でカグヤを見た。
「――ありましたわね。どうしましょう」
「どうしましょうじゃないよぅ! 私の風船割られたら負けなんだからね……ッ?」
とはいえ、だ。
八名で抑えきれないのであれば、もっと数を送り込めばいいだけの話。
本陣には、模擬戦争不参加の兵が五百名以上控えている。
現実的なラインで勝負が成立するよう、あえて戦線に出さなかったものたちだ。
――出せば勝てますけれど、それはちょっと、いい勝ち方ではありませんわね。
相手は『朱雀大路を二百メートルと定義する』形で攻略を挑んできた。正直、反則だと言い募れば反則にできる。
こちらが不参加の兵士を使ってもいいシチュエーションではある。
だが、この局面で慌てて控えを出すのは、かなり外聞が悪い。
――イコマ様かナナがいれば、どちらかを出して一騎討ち形式にできましたのに。
それならば、かなり見た目のいい決着になる。
だが、いまはいない。
というか、英雄級を出していいのであれば、向こうもタンバを出しただろう。
――悩みどころですが、ここは勝利を優先すべきでしょうか
レンカは物見やぐらに向かって呼びかける。
「ミワ様、控えの兵を――」
「レンカっち。それはまだ早いし」
遮ったのは、目を閉じていたヤカモチだ。
寝ていたのかと思っていたが、起きていたらしい。
「親衛隊なら、まだひとり残っているんだし」
「……ですが、相手はおそらく準英雄級ですわよ?」
「生徒会長のくせに、大事なことをふたつ忘れてる」
ヤカモチは立ち上がり、傍らに置いてある棒を手に取った。
くるりと回して、肩に担ぐ。
「ひとつ。アタシ、これでもいちおうナナと同じ筆頭騎士だったんだからね」
「ですが、それはナナのスキルがランクアップするまでの話で――」
「ふたつ。いい? レンカっち。アタシはね」
ヤカモチはにかっと笑った。
「たとえスキルがあろうがなかろうが、無敵の女子高生なんだし」
オタク、爺はたいてい強キャラにしてしまう説。




