31 閑話【模擬戦争】 『日記』さん、吠える
コードネーム『日記』にとって、攻略派兵から外されたのは、想定外だった。
「おれ、古都奪還戦争でもマコ様と工事とかやっていたから、そっちかなって思っていたんだけれども」
見放されたのかと、そう感じた。
派兵団の選抜が終わったその日、食堂で仲間に愚痴ると、兵士たちは笑った。
「そりゃおまえ、家畜化ラボの研究員が古都を離れられるわけねえだろ。だいたい、おまえのスキル、建築系だけじゃねえか。遠征派兵は歩きで、実質的には体力勝負なんだから、最低でもCランクのタフネスねえときついって」
言われれば、納得だ。
そして、ありがたいことに自由騎士卿イコマは出発前、古都ドウマンに残って防衛するものたちに、こんな言葉を残してくれた。
「僕はこの街が大好きで、これからもっと大好きになれる街だと思うので、だから、お願いしますね」
――ああ。そうだよな。
わかっている。自分たちで取り戻し、自分たちで未来を夢見て、再開拓を――再び街を開き、人々の生活を拓くために、一生懸命やってきた街なのだ。
その一環が、『日記』も取り組む家畜化研究であり、朱雀大路の露店だ。
古都ドウマンは、そして朱雀大路は、『日記』にとって職場であり、生活の場であり、誇りの詰まった場所なのだ。
だから、すとんと腑に落ちた。
見放されたのではない。逆だ。
信頼されているのだ。自分たち、古都に残る者たちは。
模擬戦争当日、『日記』は腰ポケットのノートを自分の天幕に置いて来た。ずっと肌身離さず持っていた日記を、だ。
大切なものだ。けれど、今日は……いや、常日頃からもっと大切なものがある。
「おお……ッ!」
ライオットシールドを構え、木材の殴打を耐え忍ぶ。
向こうから見れば攻城戦だが、こちらの兵士団から見れば制圧戦だ。
厳しい訓練の中では、格闘の教えもあった。
盾を使い、警棒を使い、打ち据え、組み、押して地面に転がす。
戦闘不能の基準はない。風船をつけるのは、女王カグヤだけだ。
だから必然、現場では、相手が諦めるか、あるいはこちらが諦めるまで、続けることになる。
「……頼まれたからじゃねえ……!」
『日記』は吠える。
「覚悟してんだよ、こっちは! ここで生きていくって、決めてんだ!」
だれともなく叫んだ言葉に、仲間たちが「おう」と応じる。
ひとりひとりは小さな叫びだが、混ざり、うねり、怒号となって朱雀大路を埋め尽くす。
対して、敵側、復古勢も吠えた。
「こっちはこっちで、譲れねえ過去があるんだよ!」
だれとも知らない、名前もわからない相手だ。
「じゃあ、お互い様だな!」
吠え返し、しかし、『日記』はさらに牙を剥く。
「だけどな! おれらには勝利の女神が……」
考える。
「……勝利の女装神がついているんだ! おまえらにはいねえだろ!」
「いてたまるか!」
ごもっともであるが、しかし、『日記』はファンクラブ会員ナンバー一桁だ。
――押し負けるわけにはいかねえんだよ……!
すべてが、生活だ。再開拓も、訓練も、家畜化研究も、ファンクラブ活動も。
この街で営むことすべてが、いまの生活で、街で、国で、朝廷で、そして未来だ。
――信じてくれたんだ。おれたちも信じてついていく!
自分たちは同じ未来を見ていると、『日記』は思う。
過去から続く、同じレールの上で。
しかし、もっと良い未来に向かって伸びる線路を、共に往く。
「うしろばっか向いてないで、これからの人生楽しんでけ、復古勢!」
吠える、吠える。
「おれらがいまから、楽しい未来ってのを教えてやる!」
ライオットシールドを衝撃。警棒を伸ばして、もうひとり、地面に引き倒す。
拘束までする余裕はない。相手は倒れても立ち上がり、連携をとるカグヤ朝廷兵士団に果敢に挑みかかってくる。
折れない。それでいい。
――おれらも、折れねえ!
喉が枯れても、吠えてやる。そういうつもりで、『日記』は盾を構えた。
何度も。何度も。何度でも。
熱い変態が多い街、古都ドウマンのカグヤ朝廷をよろしくお願いいたします。
★マ!




