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第三章【京都ダンジョン遠征編+古都ドウマン模擬戦争編/ニンジャ・ヒーロー・コンプレックス】

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30 竜との共存



 僕は、怪竜キヨモリが苦笑し、土の塊を指さすのを見た。


「アレはグリッチで、正直ムカつきますが、本題はそこじゃないんです」

「本題?」

「ええ。端的に言うと――ふふ、私からこんなことを言うのもおかしな話ですが」


 キヨモリは一口うどんのスープをすすり、ほっと息を吐いた。


「我ら、竜と人間の間に、共存の道はありませんか」


 僕らは、予想外すぎる本題に、思わず言葉を失ってしまった。

 ……すごい勢いで反発した少年ひとりを除いて。


「そんな道、あるわけがないでしょう……ッ!」


 タンバくんが叫び、座るキヨモリににじり寄った。


「あなたがッ! あなたたちがッ、殺したから! 壊したから! こうなったんでしょう!?」

「その側面はもちろん否定できないんですが、しかし、私たちに選択権があったとも思わないでほしいんですね、コレが。竜王様がやると決めたら、拒否権はない。仕方なかったんですよ」


 僕はタンバくんを羽交い絞めにしなければならなかった。

 少年の手が、目にも止まらない速度で腰の忍者刀に伸びたからだ。

 ぎりぎりで間に合い、少年を止められた。


「なぜッ、なぜ止めるんですかッ! こんな、ひとを馬鹿にしたようなやつを……!」

「タンバくん落ち着いて、竜はうそを吐けない! ここで戦う気がないのも、共存したいのも、拒否権がなかったのも事実なんだよ!」

「ですがッ! こいつ、こいつは――ッ!」


 タンバくんは、僕の腕の中で激しくもがいた。


「仕方ないって言ったのですよッ? あの天変地異もッ、たくさんひとが死んだ二年間もあったのに、こいつッ」

「落ち着いて。まずはキヨモリの話を聞くんだ。……どちらにせよ、ここではそうするしかない」


 なんせ、相手は竜だ。ボスとして出てきたわけではない以上、制約なしのガチの竜。

 そして、この場では、妖怪総大将ぬらりひょんでもある。

 軽率に手を出せば、殺されるのはこちらだ。

 キヨモリはじたばたする僕らを面白そうに眺めて、笑った。


「ああ、そうだ。そうですね、仕方ない、というのは失礼でした。正しく、言い間違いなく、本心から言いましょう。――私はあの虐殺を楽しんだ。あなたたちには怒るだけの理由がある」


 タンバくんがいっそう強く暴れ出す。

 けれど、スピードはさておき、パワーとタフネスではこちらに分があるのだ。

 がっちりと固定して、離さない。


「……竜だね、あなたは」


 キヨモリを睨みつけながら言うと、やつは涼しい顔で受け流した。


「ええ、竜です。だが、共存の道を探したいのはほんとうなのですよ。なぜならば――私たちがもし人間を滅ぼせば、必然、私たちも滅んでしまう。聡い方たちだ、すでにお気づきだったでしょう? この矛盾に」


 人間を滅ぼせば、竜もまた滅ぶ。

 それは――。


「――えっ、そうなの? お兄さん、私それはじめて聞いたんだけど」

「ナナちゃん、ここは『まあ当然知っていますが』って顔で受け流すシーンだよ」


 ともあれ。

 いや、気づいていたわけではないけれど、ただ、その可能性もまた考えていなかったわけではない。

 レンカちゃんやミワ先輩も同様の考察をおこなっていた。

 別に彼女たちの考察を「ほへぇー」とアホ面で聞いたりしていないし、受け売りで話をしているわけでもない。ほんとうですよ。


「ええと、竜は恐怖の具現化、人間の想像力の産物である……んだよね。だから当然、竜という存在は『人間の想像力』を前提にしてしか成立しない。だから、もしも人間を全滅させてしまうと、想像力も消滅し、必然的に竜も消滅する。なんだっけな……量子物理学がどうとかこうとか」


 観測者がどうとか、そういう難しい話をされたけれど、詳しい理屈はわからない。

 キヨモリがうんうんとうなずいた。


「まさしく然り。私たち竜は、人間が観測することではじめて現実に存在できる。だからこそ、大阪のアホ……失礼、ユウギリが人間の囲い込みをおこなったのも、これが理由でしょうな。人間がいなければ竜たる己も保てなくなると、本能的に悟っていたのでしょう」

「……アレが?」

「アレでも力は相当なものでしたからね。力があるからこそ、人間の弱さを過小評価していた。弱いからこそ、知恵を絞り、努力を重ねるのだと気づかなかった。私は違いますよ?」

「……違う、とはどのように?」

「私は人類を重用します。私の配下として、共にこのダンジョンで暮らしませんか? 特にイコマさん、あなたの『複製』は素晴らしい――その能力があれば、より多くの恐怖を搾取し、ダンジョンの範囲を広げることすら可能でしょう」

「ははあ。つまり、僕を……もっといえばカグヤ朝廷そのものを囲い込みたい、と」

「そうです、その通り。悪い話ではないでしょう? あなたとお仲間の無事を、確実なものに出来ますよ? 定期的に人間の恐怖をささげてくれれば、それでよいのですから」


 なるほど。

 竜の目指す共存とは、つまり、人間を生かしながら、無限に恐怖を絞り取る構造づくりだ。

 ユウギリの王国を、ダンジョンよりも広い範囲で、よりクレバーな形で実現しようと画策している。


「お断りします」


 そんなの、許せるわけがない。

 だって、そうだろう。僕らは、僕らの街を作った。未来を夢見る国を、作った。

 僕らの未来を、こんな竜に呑まれてなるものか。


「だいたい、その『人間の恐怖をささげる』って、ようするにいけにえでしょ。ンなもん容認できるわけねえだろ、冗談は休み休み言え」


 恐怖を生む瞬間は多々あるけれど、もっともイージーに演出可能なパターンはふたつだ。

 自分が死ぬとき。そして、自分の大切なひとが死ぬとき。


「僕、アンタのこと嫌いだわ。吐き気がする」

「手厳しいですねぇ。予想通りですが。しかし――わかっているのでしょう? 我々に共存以外の道はないと」

「……ふん」


 そっぽを向いて、無視する。

 いつの間にか暴れるのをやめていたタンバくんを解放して、両手をフリーにしておく。

 キヨモリは、ユウギリよりも厄介だ。

 ルールを逸脱して倒せる邪道をねじ込める場所があれば、即決で攻略を試みるべきだ。

 隙を伺う僕に、しかし、キヨモリは両手をひらひらと振った。


「ここで戦うのは、私の考えたゲームにないことです。ステージがあと二つも残っているのに、使わないのはもったいないでしょう。ダンジョンの最奥で待っていますよ」


 そして、気づいたとき同様、ふっと存在を認識できなくなった。

 ぬらりひょんのごとく現れ、そして消えた。


「……いいことを聞けたね。ステージがあと二つあるらしいよ。このマダム・ハッシャクが第一ステージとすると、第三ステージまで。いちばん奥にキヨモリかな」


 息を吐きつつ、石畳の上に座りこむ。疲れた。


「僕らを囲い込んでダンジョンの拡張と共存を目指す、か。武人タイプとは聞いていたけれど、ユウギリめ、武人は武人でも人でなしの為政者タイプじゃないか」


 あのロリババア、人間どころか同種の竜すらちゃんと観察していなかったらしい。

 他者評がざっくばらんすぎる。古都ドウマンに帰ったらお仕置きをしてやらねば。

 気を抜かずに周囲の警戒を続けながら、ナナちゃんがむすっとした顔をした。


「あいつ、えらそうでむかつくの」


 端的に言い表してくれたので、まったくもってその通りだとうなずいておく。


「……タンバくん、落ち着いた?」

「……ええ」


 静かになったタンバくんが、首をかしげて、僕を見た。

 身長差があるとはいえ、さすがに座る僕よりは目線が高い。


「あの、共存以外の道はない……というのは、どういうことですか?」

「ん? あー……まあその、考えてみれば当たり前の話というか」


 少し言いづらくて、僕は頬を掻いた。

 これもまた、レンカちゃんの考察のなかにあった。単純だけれど、しかし、けっこう重大なこと。


「竜は、人間の『恐怖』が生み出したもの。人間がいないと成立しない。これはさっき言ったけれど、逆説的に言えば――」


 うん。


「――人間の『恐怖』がある限り、竜は決して滅ぶことはない、ともいえるよね」

「……あ」


 タンバくんが口を丸くした。ナナちゃんも目を丸くしているけれど、キミは一緒にレンカちゃんの考察を聞いていたよね。さては、また寝てたな?


「人間に感情がある限り、そして想像力がある限り、竜はいなくならない。すべて殺したとしても、いずれ再発する可能性が高い――キヨモリは、そのことを言っていたんだと思うよ」


 つまりだ。


「『人間が地球を取り戻すためには、竜との共存が必須である』――これは、たしかに事実なんだ」




次からしばらく模擬戦争視点です!


ちなみに視点変更が多い作品はなろうでは人気が出ないらしいぞ!

んなこと知るか! ★マ!



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― 新着の感想 ―
[一言] 「良い事を教えてあげよう」 「かつて、ドウマンエリア討伐の際、無限に生成される骨の兵士が居たのだけどね」 「無力化に成功したんだよ」 「ドラゴンも同じだ」 「我々は滅ぼしはしない」 …
[一言] うむ、キヨモリ君、君とは共存できそうだ。 恐怖って別に死と引き換えにしなくても味わえるからね。スーパーホラーダンジョンを作ろうとする君の発想は正しい。後は本人が死んだと思っても実は死ななく…
[一言] 竜との共存ならドラゴンロリババアを種付けして増やしましょう
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