30 竜との共存
僕は、怪竜キヨモリが苦笑し、土の塊を指さすのを見た。
「アレはグリッチで、正直ムカつきますが、本題はそこじゃないんです」
「本題?」
「ええ。端的に言うと――ふふ、私からこんなことを言うのもおかしな話ですが」
キヨモリは一口うどんのスープをすすり、ほっと息を吐いた。
「我ら、竜と人間の間に、共存の道はありませんか」
僕らは、予想外すぎる本題に、思わず言葉を失ってしまった。
……すごい勢いで反発した少年ひとりを除いて。
「そんな道、あるわけがないでしょう……ッ!」
タンバくんが叫び、座るキヨモリににじり寄った。
「あなたがッ! あなたたちがッ、殺したから! 壊したから! こうなったんでしょう!?」
「その側面はもちろん否定できないんですが、しかし、私たちに選択権があったとも思わないでほしいんですね、コレが。竜王様がやると決めたら、拒否権はない。仕方なかったんですよ」
僕はタンバくんを羽交い絞めにしなければならなかった。
少年の手が、目にも止まらない速度で腰の忍者刀に伸びたからだ。
ぎりぎりで間に合い、少年を止められた。
「なぜッ、なぜ止めるんですかッ! こんな、ひとを馬鹿にしたようなやつを……!」
「タンバくん落ち着いて、竜はうそを吐けない! ここで戦う気がないのも、共存したいのも、拒否権がなかったのも事実なんだよ!」
「ですがッ! こいつ、こいつは――ッ!」
タンバくんは、僕の腕の中で激しくもがいた。
「仕方ないって言ったのですよッ? あの天変地異もッ、たくさんひとが死んだ二年間もあったのに、こいつッ」
「落ち着いて。まずはキヨモリの話を聞くんだ。……どちらにせよ、ここではそうするしかない」
なんせ、相手は竜だ。ボスとして出てきたわけではない以上、制約なしのガチの竜。
そして、この場では、妖怪総大将ぬらりひょんでもある。
軽率に手を出せば、殺されるのはこちらだ。
キヨモリはじたばたする僕らを面白そうに眺めて、笑った。
「ああ、そうだ。そうですね、仕方ない、というのは失礼でした。正しく、言い間違いなく、本心から言いましょう。――私はあの虐殺を楽しんだ。あなたたちには怒るだけの理由がある」
タンバくんがいっそう強く暴れ出す。
けれど、スピードはさておき、パワーとタフネスではこちらに分があるのだ。
がっちりと固定して、離さない。
「……竜だね、あなたは」
キヨモリを睨みつけながら言うと、やつは涼しい顔で受け流した。
「ええ、竜です。だが、共存の道を探したいのはほんとうなのですよ。なぜならば――私たちがもし人間を滅ぼせば、必然、私たちも滅んでしまう。聡い方たちだ、すでにお気づきだったでしょう? この矛盾に」
人間を滅ぼせば、竜もまた滅ぶ。
それは――。
「――えっ、そうなの? お兄さん、私それはじめて聞いたんだけど」
「ナナちゃん、ここは『まあ当然知っていますが』って顔で受け流すシーンだよ」
ともあれ。
いや、気づいていたわけではないけれど、ただ、その可能性もまた考えていなかったわけではない。
レンカちゃんやミワ先輩も同様の考察をおこなっていた。
別に彼女たちの考察を「ほへぇー」とアホ面で聞いたりしていないし、受け売りで話をしているわけでもない。ほんとうですよ。
「ええと、竜は恐怖の具現化、人間の想像力の産物である……んだよね。だから当然、竜という存在は『人間の想像力』を前提にしてしか成立しない。だから、もしも人間を全滅させてしまうと、想像力も消滅し、必然的に竜も消滅する。なんだっけな……量子物理学がどうとかこうとか」
観測者がどうとか、そういう難しい話をされたけれど、詳しい理屈はわからない。
キヨモリがうんうんとうなずいた。
「まさしく然り。私たち竜は、人間が観測することではじめて現実に存在できる。だからこそ、大阪のアホ……失礼、ユウギリが人間の囲い込みをおこなったのも、これが理由でしょうな。人間がいなければ竜たる己も保てなくなると、本能的に悟っていたのでしょう」
「……アレが?」
「アレでも力は相当なものでしたからね。力があるからこそ、人間の弱さを過小評価していた。弱いからこそ、知恵を絞り、努力を重ねるのだと気づかなかった。私は違いますよ?」
「……違う、とはどのように?」
「私は人類を重用します。私の配下として、共にこのダンジョンで暮らしませんか? 特にイコマさん、あなたの『複製』は素晴らしい――その能力があれば、より多くの恐怖を搾取し、ダンジョンの範囲を広げることすら可能でしょう」
「ははあ。つまり、僕を……もっといえばカグヤ朝廷そのものを囲い込みたい、と」
「そうです、その通り。悪い話ではないでしょう? あなたとお仲間の無事を、確実なものに出来ますよ? 定期的に人間の恐怖をささげてくれれば、それでよいのですから」
なるほど。
竜の目指す共存とは、つまり、人間を生かしながら、無限に恐怖を絞り取る構造づくりだ。
ユウギリの王国を、ダンジョンよりも広い範囲で、よりクレバーな形で実現しようと画策している。
「お断りします」
そんなの、許せるわけがない。
だって、そうだろう。僕らは、僕らの街を作った。未来を夢見る国を、作った。
僕らの未来を、こんな竜に呑まれてなるものか。
「だいたい、その『人間の恐怖をささげる』って、ようするにいけにえでしょ。ンなもん容認できるわけねえだろ、冗談は休み休み言え」
恐怖を生む瞬間は多々あるけれど、もっともイージーに演出可能なパターンはふたつだ。
自分が死ぬとき。そして、自分の大切なひとが死ぬとき。
「僕、アンタのこと嫌いだわ。吐き気がする」
「手厳しいですねぇ。予想通りですが。しかし――わかっているのでしょう? 我々に共存以外の道はないと」
「……ふん」
そっぽを向いて、無視する。
いつの間にか暴れるのをやめていたタンバくんを解放して、両手をフリーにしておく。
キヨモリは、ユウギリよりも厄介だ。
ルールを逸脱して倒せる邪道をねじ込める場所があれば、即決で攻略を試みるべきだ。
隙を伺う僕に、しかし、キヨモリは両手をひらひらと振った。
「ここで戦うのは、私の考えたゲームにないことです。ステージがあと二つも残っているのに、使わないのはもったいないでしょう。ダンジョンの最奥で待っていますよ」
そして、気づいたとき同様、ふっと存在を認識できなくなった。
ぬらりひょんのごとく現れ、そして消えた。
「……いいことを聞けたね。ステージがあと二つあるらしいよ。このマダム・ハッシャクが第一ステージとすると、第三ステージまで。いちばん奥にキヨモリかな」
息を吐きつつ、石畳の上に座りこむ。疲れた。
「僕らを囲い込んでダンジョンの拡張と共存を目指す、か。武人タイプとは聞いていたけれど、ユウギリめ、武人は武人でも人でなしの為政者タイプじゃないか」
あのロリババア、人間どころか同種の竜すらちゃんと観察していなかったらしい。
他者評がざっくばらんすぎる。古都ドウマンに帰ったらお仕置きをしてやらねば。
気を抜かずに周囲の警戒を続けながら、ナナちゃんがむすっとした顔をした。
「あいつ、えらそうでむかつくの」
端的に言い表してくれたので、まったくもってその通りだとうなずいておく。
「……タンバくん、落ち着いた?」
「……ええ」
静かになったタンバくんが、首をかしげて、僕を見た。
身長差があるとはいえ、さすがに座る僕よりは目線が高い。
「あの、共存以外の道はない……というのは、どういうことですか?」
「ん? あー……まあその、考えてみれば当たり前の話というか」
少し言いづらくて、僕は頬を掻いた。
これもまた、レンカちゃんの考察のなかにあった。単純だけれど、しかし、けっこう重大なこと。
「竜は、人間の『恐怖』が生み出したもの。人間がいないと成立しない。これはさっき言ったけれど、逆説的に言えば――」
うん。
「――人間の『恐怖』がある限り、竜は決して滅ぶことはない、ともいえるよね」
「……あ」
タンバくんが口を丸くした。ナナちゃんも目を丸くしているけれど、キミは一緒にレンカちゃんの考察を聞いていたよね。さては、また寝てたな?
「人間に感情がある限り、そして想像力がある限り、竜はいなくならない。すべて殺したとしても、いずれ再発する可能性が高い――キヨモリは、そのことを言っていたんだと思うよ」
つまりだ。
「『人間が地球を取り戻すためには、竜との共存が必須である』――これは、たしかに事実なんだ」
次からしばらく模擬戦争視点です!
ちなみに視点変更が多い作品はなろうでは人気が出ないらしいぞ!
んなこと知るか! ★マ!




