29 閑話 ミワ、愛を語る
ミワにとって、ある意味で初めての戦闘だった。
――人間相手は、シミュレーションだけだからなァ。
イコマたちの出発から二週間。そろそろ京都に着いた頃だ。
古都ドウマンは、ついに模擬戦争の日を迎えていた。
カグヤ朝廷は総勢二百五十名を用意した。
古都ドウマン防衛のための常設部隊から二百名を前線防護へ。
伝令や救護を担当する小隊が四つ、四十名。カグヤ直属の親衛隊が九名。
最後のひとりが軍団長のミワだ。
――責任重大だな、オイ。
苦笑する。村の有力者が、気づけば礼服なんか着こんで、一軍の将だ。
ウチこのワンピ似合わねー、と自嘲したら、カグヤとレンカとヤカモチに囲まれて『かわいい!』『かわいい!』と部族の儀式みたいなダンスを踊られたため、二度と言わないが。
――ツーピースでパンツのほうが似合うんだがよ。
頭を掻いて、苦笑する。
模擬戦争の熱が、頭を浮かれさせているらしかった。だからいま、こんなことを思い出す。
頭を振って切り替え、トランシーバーの調子をチェックする。
「こちら総大将。前線、どうだ?」
『こちら前線防衛隊中隊長アキ。あの、ミワ卿? 復古勢、どうやら四百どころか五百くらいいるっぽいんですが、なんでですか?』
「飛び入りだろ。大阪から流れてきたやつらが勝手に入ってくるんだ、朱雀大路の外に出て悪さしたら、ルール違反で治安維持部隊がぶん殴るから安心しろ」
『……ルール通り、朱雀大路から出なかったら?』
「そりゃ、アキちゃんの仕事だろ。おーばー」
『ええっ、ちょっと待っ――』
ぶちりと切る。どうせ、前線はどうにでもなるのだ。
問題はむしろ……と思案するミワの横で、ヤカモチが驚きの声を上げた。
「え、五百? ほんと? マジだし?」
「マジだよ。ヤカモチちゃん、会議中、ずっと寝てただろ。訓練で寝不足なのはわかるが、いざというときに動けなかったら意味ねえぜ」
「う。ごめんなさいだし……」
平城京跡芝生上にある本陣に椅子を構えて、ミワとヤカモチは隣り合って座っている。
幹部席というやつだ。ヤカモチは優秀な兵士だが、女王親衛隊の隊長でもあるため、前線ではなく本陣に残っている。
「でもでも、どこからそんな風に人間が湧いて来たの? 生んだの?」
「ンなわけあるか。大阪、ユウギリキャンプから反朝廷派が合流したんだよ。土壇場で参加表明したやつもいるだろうし、なにも言わずに勝手に暴徒に加わったやつもいるだろうさ」
「どっちにせよ、ヤバいじゃん! 二倍以上の兵力差だし!?」
ミワは発掘した固めの禁煙グミをひとつ口に放り込んで、ごりごり噛みながら右手を挙げた。
「ヤカモチ、前線防衛隊二百名と復古勢約五百名、ほんとうに向こうが有利だと思うか?」
「……そりゃ、二倍以上だもん。こっちが不利でしょ」
「ほんとうにそうか? 前線の防備の説明のときも寝てたんじゃねえだろうな」
ヤカモチは首をかしげて、眉をひそめた。
「……たしか、盾と警棒持った歩兵と、移動式バリケード動かす歩兵だっけ」
「そうだ。半年間、訓練してきた連中だ。たかが五百人の角材持った暴徒に負けるなら、ウチらは在り方を見直さなきゃならねえ。違うか?」
一息入れて、ミワは言った。
「この戦争は意地と意地の張り合いだが、負けても朝廷が消えるわけじゃねえ。支持率は落ちるかもしれねえが、犠牲が出ねえ戦いだ。――『学べる』戦いなんだぜ、これは」
「……なるほど。圧勝できるほどの兵力を出さず、やや不利くらいの条件で測らないと意味ないってことだし」
うなずく。
「もっとも、朱雀大路に限定しないゲリラ戦なら、同数でも足りねえがな。なんせ、三百六十度穴だらけな街構造だし。レギュレーションに助けられているのは、向こうだけじゃねえのさ」
「……この模擬戦争が終わったら、レンカとイコマっちに城壁作ってっておねだりしない?」
「終わったあとのことは、終わってから考えな。そんでもっておねだりはしねえ。ガラじゃねえから」
だが、そういうことだ。
「ルールで、ある程度は互角になるようにデザインしたが、場所の指定はぜったいに必要な条件だった。復興そこそこ、再開拓まだまだな街だしな、ドウマンは」
戦争ごっこで荒らしていい場所は少ない。
「朱雀大路南端から、大極殿跡地まで。向こうは攻め込めれば勝ち、こちらは攻め込ませず、制圧を完了できれば勝ち。そういうルールにしたわけだが……さて、ヤカモチ。疑問点はねえか?」
「疑問点?」
ミワはにやりと笑った。
「なあおい、ヤカモチちゃあん。朱雀大路の南端って、どこだと思う?」
「どこって……」
ヤカモチが答える前に、ミワは気配を感じてうしろを向いた。ちょうど、カグヤが準備を終えて天幕から出てきたところだった。
いつもの作業服でも、パクったイコマのジャージでもなく、礼服だったが……頭の上に、風船が載っている。
「……ぷはっ」
「あー! ミワちゃん、笑うのはずるいよぅ! ていうか、私だけどうしてバラエティ路線なのっ!?」
「しょうがねえだろ、勝ちの基準を明確化する必要があったんだから。国の象徴たる女王の命を取られたら負け。そういうルールで、平和裏に終えるための風船さ」
「うう……恥ずかしいよぅ。こんなの罰ゲームだよぅ」
「ま、そう言わず、どっしり構えておいてくれや。カグヤ、アンタは……ちょいと言い方は悪いが、挿げ替えられねえ首なんだ」
その点は、レンカともミワとも違う。
ゆえに女王であり、だからこそのターゲットでもある。
「都市国家ドウマン、カグヤ朝廷。この共同体の本質は『飯』だ。アンタの『農耕:A』によるゴリ押し農業があるからヒトが集まるし、健康に生活ができる。レンカは優秀で向上心もあるし、ウチもまあ悪だくみならそこそこだが……」
――ウチが言わなくても、わかっていることだろうがよ。
どんなに口にしづらく、頭でわかっていることでも、ちゃんと言葉にしなければならないときはある。
言いにくいことを、あえて言う。それがミワの役割だ。
「ウチもレンカも、いなくても街は『回る』んだ。だが、少なくとも今後十年は、アンタとイコマの代わりはいねえ。代替できるようになるには、物資生産及び食糧生産の安定化が必要だ。文明崩壊前とはいわねえが、近代以降レベルの農業、工業がいるんだ」
強スキル持ちからの脱却。
これは、それこそイコマがA大村を追い出されてから、いまに至るまで本質的には成しえていないもの。
一部の人間のオーバーワークや過剰な負担を、平凡な人間でも肩代わりできるような技術リソースの獲得。
目指す場所はそこだが、しかし、まったく追いついていない。
発掘や流通物資の制限などで補ってはいるが、イコマの『複製』は週五フル稼働なのである。
――問題だらけだぜ。電力も足りなくなりつつあるし……いや、これはいま悩んでも仕方ねえ。あとのことは、あとだ。
目下取り組むべきは、クキという老人から出された設問なのだ。
「だからよ、女王サマ。アンタが街に持つ誇りは、きっと正しい。ウチらはカグヤを旗印にしたし、アンタもまたそれに乗った。イコマの助けになるために、たったひとりの男のために、だ。それがきっかけだった」
「……そうだよぅ」
「つまり、まあ、なんだ。きっかけは、愛だ」
照れ臭くて言いにくいが、言わねばなるまい。それが役目だ。
案の定、微妙に目を丸くしている二人に向かって、ミワは頬に熱を感じつつ、話を続ける。
「愛のある国家、まことに結構じゃねえか。若者の未来を夢見る愛とロマン、復古勢の鼻っ柱に叩き込んでやろうや。……なに笑ってんだよ、オイ。『かわいい』じゃねえ。――踊るなっての!」
ようするに、そういうことなのである。
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開戦時間の十時を迎え、復古勢はぞろぞろと朱雀大路を歩き始めた。
彼らの先、数十メートルの位置に、揃いの制服と防弾アーマーを纏った防衛隊が、ライオットシールドと警棒を構えて待ち構えている。
戦争が、始まる。
朱雀大路からはみ出て暴れたら、模擬戦争非参加の兵士が本気装備で『えいっ』てします。




