28 閑話 ユウギリ、《力》に目覚める
ユウギリは思った。
――だれか、わらわの悪口を言っておる気がする。
いまは、長編マンガを楽しんでいたところだが、なにか、どこかで失礼なことを言われたような気配がした。
虫の知らせというやつだ。あるいは気配察知である。
――そうか、ついにわらわにも見聞の力が……!
遠くで起こる出来事すら察知するという、アレが芽生えたに違いない。
ゆえにユウギリは、鉄扉のほうを見た。
扉の外には必ず女兵士の見張りがいるが、時折、交代や物資補充、トイレなどで隙ができるのだ。
――いまのわらわならば、鉄扉の外などたやすく察知できよう!
ユウギリは目を閉じ、気配を探り、鉄扉の外にだれもいないと判断した。
いましかない。
そろりそろりと鉄扉に近寄り、ユウギリは小声でつぶやいた。
「や、やーい、鉄面皮の行き遅れ女ー」
「……」
無言が返ってきた。つまり、やはりだれもいないのだ。
――うむ。特に文句は言わぬが、あやつ、目が恐ろしいからな。特にマンガをねだったり、わらわがちょっと食べすぎたときとか、戯れに恋バナを振ってみたときとか。
人間に関する理解が、多種多様なマンガのおかげでようやく追いついてきたのだ。
マンガの解釈について、女兵士に聞いてみることも多い。そして気づいた。
「おぬし、目つきが悪すぎるのじゃ。それではおのこも逃げるというもの」
「……」
「だいたい、物言いも冷たいし、あれじゃな。上司としてはいいかもしれんが、添い遂げるには忌避されるやつじゃろう。あるいはヒロインの敵役として出てくる奴じゃ。いじわるな姉上役じゃな、ふはは」
ガラッ、と。
鉄扉に備え付けられた小窓が開き、恐ろしく冷たい目がユウギリを見た。
「ふぁッ?」
「……あと二時間は、交代がありませんから、それまでは業務を全うしますので」
一息入れて、冷たい瞳は断言した。
「残り二時間の余生を楽しんでください」
ユウギリはすっと土下座して、詫びた。
「たいへん申し訳ございませんでした。わらわが間違っておりました。看守殿は古都でいちばんの美女です」
「そこまで言われると、逆の意味でムカつきますね……。美貌でもスタイルでも、レンカ様やらカグヤ様やらがいますし……」
「そういえば、あやつら、ここ数日はわらわのところに来ぬのう。なぜじゃ?」
「なぜって……ああ、言っていませんでしたね、そういえば。準備やらなにやらで忙しいのだと聞いていますよ、マンガ読んで食っちゃ寝しているあなたと違って」
「なにか催し物か? 先だっての収穫祭のような」
「……まあ、催し物といえば催し物ですが」
女兵士は、かしゃんと小窓を閉じた。
「模擬戦争が始まるんです」
やけに土下座慣れしたドラゴンロリババアだな……。




