27 怪竜キヨモリ
ホラーゲームはあまり得意ではない、と言ったけれど、まったく知らないわけではない。
むしろ、自分が『不得意なほうだ』と自覚できる程度には、いくつかのタイトルをプレイしてきた。
「たぶん、あれ、そもそも『倒せないルール』なんだと思う」
「なるほどね、完全に理解した」
ナナちゃんがふんふんとうなずいて、腕を組み、目を閉じた。
攻略拠点に、指令室としてあつらえた天幕の下で、僕ら攻略部隊は再度の作戦会議をおこなっている。
「……すぴー」
「ナナちゃん、寝ないで」
「あの、イコマさん。つまりどういうことなのでしょうか」
タンバくんが生真面目そうな顔を斜めに傾げた。
「ゲームだとしても、敵キャラを倒せないなら、クリアできないのではないですか?」
「いや。倒すのがクリア条件じゃないんだよ、たぶん。つまり――」
ホラーゲームの、ある意味で王道なシチュエーション。
「――絶対強者から逃げ回って、なんらかのゴールを目指すルールなんだと思う」
「ゴール? どこかに辿り着けばいい、と?」
「明確な目的地があるのかもしれないし、『神殿で祈りをささげる』とかかもしれない。わからないけれど、基本的にはマダム・ハッシャクから逃げ回りながら、ダンジョンを探索して、ゴールがどこにあるのか、なにをすればいいのか、情報を集めるしかないと思う」
「厄介ですね……。倒せない敵から逃げ回りながら、あの霧の中の街並みを探索ですか。……見通しも悪いですし、困難ですね」
僕もそう思う。そして、しかし、そうでもないとも思う。
「まあでも、とりあえず一回邪道試してみよっか」
「……邪道?」
「ちょっとした思い付き。大阪のときと同じ方法を試してみようかなって」
●
僕の『粘液魔法:C』はなにわダンジョンでローパーから複製したものだ。
魔力を消費して体液を増産し、ある程度までなら粘度もコントロールできる魔法である。
増産できる量は大して多くないけれど、増産した粘液自体を僕の『複製』でねずみ算式に増やしていけるため、トータルではかなりの生産量を誇る。
たとえば。
「このように、砂を複製しまくって、粘液と混合することで、即席粘土を大量生産したりできるんだ。モンスターを埋めるのに役立つんだよ」
「……あの、これ、いいんですか……?」
ダンジョン入ってすぐの石畳の上で、マダム・ハッシャクがこんもりした土の山に封じ込められているのを見て、タンバくんが微妙な顔で言った。
アダチさんを固定したのと同じ戦法である。
「追いかけてくる、倒せない――なら、固定してしまうというは、合理的だとは思うのですが、その……風情がないというか。王道から離れすぎているというか、やっぱり英雄っぽくないというか……」
「英雄なんかじゃないって言ったでしょ、僕は。手元にあるものぜんぶ使って、安心安全なダンジョン攻略を心がけると、こうなるんだよ」
「タンバ少年、諦めるの。お兄さん、こういうヒトだから」
ナナちゃんが呆れたように言って、僕らはしばらくマダムを観察することにした。
今度こそ『シャッフル』の有無を確認し、そしてまた、マダムがなんらかの要因で拘束から抜け出したりしないか確認するためだ。
加えて、もうひとつ確認したいこともあった。
「マダムが一体とは限らないからね。周辺警戒は怠らないように。小さな油断が命取りだよ」
「などと言いつつ、お茶の準備をするのはいかがなものでしょうか」
だって待つだけじゃ手持無沙汰になるし、精神も削れていくし……。
タンバくんは目を吊り上げてぷんすこした。
「イコマさんは英雄ではないかもしれませんけれど、攻略には真摯に取り組むべきではないですか! 不真面目です!」
「警戒は常に二人、二時間ローテーションでやっていれば十分でしょ。それ以外の人間は、しっかり休むのも仕事だよ」
「ですが……」
「特にタンバくんは休むべきだよ。気を張りすぎ。和歌山はどうだったのかわからないけれど、ここには僕もナナちゃんもいるんだから」
僕らは二人ともBランクのタフネスを持つ。一昼夜、寝ずの番だってお手の物だ。
対して、タンバくんはタフネス強化を持っていない。『忍術』は、あくまで効率的な体の使い方ができるようになる体術スキル。
根本的にプロ軍人なみの体力まで底上げされた僕らと違い、タンバくんのそもそもの体力は、見た目相応しかないのだ。
「はい、紅茶。美味しいよ、レンカちゃんが用意してくれてやつだから、味は折り紙付き」
「……いえ、僕は」
「せっかく入れたのに。あ、ふぅふぅしてあげようか?」
「けっこうです! 子供扱いはやめてください! ……そのまま、いただきます」
キャンプ用の折り畳み式カップを手渡すと、タンバくんは自分でふぅふぅして、一口飲んだ。
それから、少し恥ずかしそうに僕を見た。
「……あの、お砂糖いただけますか……?」
「もちろん。ミルクもあるよ」
そんな風に、のんびりと監視と警戒を続けること、六時間。
工兵のひとりとナナちゃんが警戒に立ち、僕を含む残り五人が寝転がったりカップ麺をすすったりしているときに、ふと気づいた。
「……ええと。僕と、ナナちゃんと、タンバくんと、工兵が三人……だよね?」
「なんですか、いまさら。イコマ卿、急にどうしたのです?」
ずるずるとカップうどんを食べていた工兵が、僕に真面目くさった顔を向けた。
「……ダンジョンに入ったのは合計六人、だよね?」
「もちろん、そうですとも」
「だったら――」
指を折って、ここにいる人数を数えてみる。
休憩しているのは五人で、警戒に立っているのが二人。
うん。
「……きみ、だれ?」
「はっはっは。いやですねぇ、イコマ卿。ダンジョン内で、このレベルの現実改変ができる存在はひとつしかないでしょう」
「――ッ!」
会話を聞いていたみんなが瞬時に立ち上がり、武器を構えてカップうどんをすする男を取り囲む。
今の今まで、まったく気づかなかった……!
「……名前は?」
「すでにご存じでしょう? ユウギリはお元気で?」
ちっ、とナナちゃんが舌打ちをした。
「京都の竜、キヨモリ……! 警戒していたはずなのに、どこから湧いて出たの!?」
「いやいや、そう怖い顔をしないでください。危害を加える気はありませんよ」
京都嵐山ダンジョンの主、キヨモリは、不思議なことに――まるで、最初からそこにいたかのように、僕らの備蓄を食らっていたのだ。
いつからいたのかすら、わからない。
ただ、いた。気づかれることなく、違和感を抱かせずに、僕らの内輪に紛れ込んでいた。
おそろしいのは、顔を見ても、格好を見ても、まるで認識できないことだ。
ヒト型のなにかがいることは、わかる。けれど、見た目も服装もわからない。
脳が情報をまるで受け取らない。
「妖怪をモチーフにしておりましてね。いやあ、あそこで埋められてしまったマダム・ハッシャクもそれなりに自信作ではあったのですが、見事にグリッチを見つけられてしまいましたねぇ」
グリッチ。コンピューターゲーム等における、いわゆるバグ技のことである。
「もちろん、マダムを完全に拘束しうる技術があってのことでしょうが、思わず笑ってしまいましたよ。こうなれば、さすがに直接会ってぶぶ漬けのひとつもお出ししなければと思い、こうしてやってきた次第で」
「ぶぶ漬けはいらないかな。帰る気はないし」
「さようで」
僕は座ったまま、男の顔あたりを睨みつける。
危害を加える気はないと言った――こいつがもし本当に竜ならば、それはうそではないはずだ。
竜はうそを吐けない。やつら、ほんものの竜の大原則である。
「……じゃ、なに? 僕らにあいさつをしに来ただけだと?」
「そうですとも。なので、そちらの少年――私を背後から狙うのはやめたほうがよろしい」
「っ、バレていましたか……!」
「いま、私は『ぬらりひょん』の型を着用しております。妖怪総大将を相手取る勇気があるのならば、止めはしませんが……ええ、やめたほうがよろしい」
ぬらりひょん。
いつの間にか、ぬらりと家に入り込み、家主みたいな顔をして茶を飲むという妖怪だ。
一説には、百鬼夜行を率いる妖怪の親玉だとか。そんなものと喧嘩する用意はしていない。
タンバくんに合図して、忍者刀を下げさせる。
「しかし、やはり美味しいですねぇ、人間の食物は。これだから人間はたまらんのです」
「好きなの? 人間の料理」
「おだしの味が非常によろしい。この怪竜キヨモリ、和風の味付けが二番目に好きでしてな」
「……二番目?」
顔が見えなくても、ぎらり、とキヨモリが歯を剥いて笑ったのは、わかった。
「いちばんは勇者、英雄の肉ですよ。当然でしょう? 私は竜なのですから」
「……あっそ。それで、あいさつは済んだろ? どっか行ってくれないかな」
「そうはいきますまい。この京都嵐山ダンジョン、第一階層『ハッシャク・エスケープ』をグリッチで抜けられる相手だ。ご相談したいことがありましてね」
いやな話の流れである。ユウギリもこんな感じだったような。
「……パッチ?」
「いえ、いいえ。さすがにパッチは無粋でしょう。というか、自分の見通しの甘さを突かれて攻略されたくらいでルール改変とか、さすがに無様では」
「そうですね、それは同意します」
言われてるぞユウギリ。
★マ!




