25 ホラゲ
結論からいえば、ナナちゃんは無事に戻ってこられた。出たり入ったりできるタイプのダンジョンだ。
けれども。
「ダメかも。……ううん、このダンジョン、ひとによってはぜったいダメだと思う」
時刻は昼前の十時。太陽が明るく輝く時間帯だ。
予定通り三十秒で戻ってきたナナちゃんは、少し疲れた顔で言った。
さっそく渡月橋の前で作戦会議である。
「なにがあったの?」
「……古都は古き良き2ビットのRPGで、なにわはエロいローグライクと闘技場だったけど、ここはホラゲなの」
ナナちゃんの言葉はとても端的だった。
「霧の中は真っ暗な夜で、京都らしい石畳とか鳥居とかお屋敷とか並んでいて、見るからに『お化け出ます』って風景だった」
「ホラゲじゃん……」
「あと、道が地図とは違うように見えたかな。たぶん、なにわ地下ダンジョンみたいな『組み換え』と『増設』だと思う」
「……厄介だね。地図通りに進めるかどうかだけでも、だいぶ変わるんだけど」
ドウマンは、地形そのものを組み替えたりはしなかった。
本人の(本竜の?)好みか、竜としての格の差か。現実改変に関する実力は、ユウギリがトップレベルなのは間違いなさそうだ。
そしておそらく、文明の発達度や人口に比例して、ダンジョンを開く竜が決定されたのだろう。
関東大ダンジョン地帯を見れば、都会であればあるほどにダンジョン化が激しいのは事実であり……そして、古都平城京、つまり奈良は悲しいかな、そこそこの田舎であった。
対して、人口や経済規模で考えれば、京都は日本でも上位一桁に入る大都会。
京都担当の竜キヨモリは、奈良以上、大阪未満の実力を持つ――そういう考え方ができる。
どちらにせよ僕ら蟻には巨大な生き物に違いないけれど、とにもかくにも難敵だ。
「霧の範囲は平城京ほど広くないはずだけど、内部が『増設』されているとしたら、ユウギリの王国並みに広い可能性もある。十二月中に終えたいけれど、どうなるかな……」
というか、ホラゲだ。ホラゲである。
ホラゲとは、ホラーゲームの略であり……大抵はとても理不尽な相手が出てくるものなのだ。
「……参考程度に聞くけど、ナナちゃんはホラゲいけるクチ?」
「いけるけど、得意じゃない。お兄さんは?」
「めちゃ苦手」
「どれくらい苦手?」
「中学生のとき、友達の家でホラーゲームをやったんだけれど、いきなりおばけが出てきてびっくりしすぎてパソコンのディスプレイぶん殴って叩き割っちゃったんだよね」
「それむしろ得意でしょ、ある意味で」
うーむ。そうだろうか。得意ではないと思うんだけれど。
タンバくんにも聞いてみようと隣を向くと、彼は手で両耳を押さえていた。
「……タンバくん?」
「聞こえません! 幽霊なんていません! 非科学的です!」
「竜もスキルも非科学的だと思うんだけど、実在するよ?」
「聞こえません! あー! あー! 聞こえません!」
ダメだなコレ。
兵士たちも「ホラーはちょっと……」と及び腰だ。
骸骨兵士は慣れたものだったけれど、基本的には昼に戦っていたからなぁ……。
夜で霧。シチュエーションとしては最悪だ。
「でもまあ、雰囲気はつかめたし、あとは『シャッフル』があるかどうかの確認だね。なにわダンジョンみたいなリアルタイムローグライクをやられると厳しいけど、そうじゃないなら撤退もできる。一回ダンジョンに入って、六時間ほど入り口付近で待機して『シャッフル』の有無を確認しようか」
「だれでいく?」
「対応力が高くて、シャッフルされても帰還できそうなメンツでいくしかない。僕、ナナちゃん、タンバくんと、『タフネス強化』持ちの工兵三人。合計六人の小隊でいこう」
拠点で待機するみんなには、周辺掃討の続きと拠点整備の続きをお願いした。
もしもダンジョンを攻略できたら――いや、もしもじゃなくてしなくちゃいけないんだけれど――ここ、嵐山もまたユウギリキャンプのように難民の中継地にできるから、整備はしておいて無駄じゃない。
工兵たちには小銃を持たせて、僕らもそれぞれの装備を用意した。タンバくんはいつも通りの学ランに脇差と、額のゴーグルに首元のマフラー。
僕は工兵のひとりから『鑑定:B』を複製させてもらっておく。
『複製:A』『竜種:B』『傷舐め:A』『統率:C』『粘液魔法:C』に加えて、五つ目だ。最近は消せないスキルが多くて、フリーなスロットがひとつしかない。困ったものである。
準備を終えた僕らが渡月橋の中ほど、霧が明確に濃くなるところまで来てから、タンバくんが目を泳がせて言った。
「……やっぱり明日にしませんか?」
「タンバくん、怖いのはわかるけれど、こういうのはとにかく勢いで『えいっ』とやるのがいちばんだよ。いいかい?」
「え、えいっ、ですか?」
「そう、えいっ、だ。みんなでいけば、怖くないでしょ? いい? みんな、せーのでいくよ? せーのっ」
「え、えいっ」
タンバくんが勢いよく飛び込んだ。ひとりで。
僕らはそれを見てから、それぞれうなずいた。
「めちゃくちゃ純粋だよね、彼」
「イコマ卿、そういうところだと思いますよ」
「みんなもでしょ。じゃ、行くかぁ」
ぞろぞろ歩いて霧の中に入ると、泣きそうな顔のタンバくんが無言で僕の二の腕を高速でぽかすか叩いてきたので、さすがに謝っておいた。
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