24 京都到着
大阪での中継を終え、僕ら派兵団二百名は京都へ向かった。
途中、いくつかの集落で物資を『複製』したり、モンスターとの遭遇戦をこなしたりしつつ、ダンジョンのある京都嵐山近辺に到着したのは、古都ドウマンを出て二週間後。
十一月も最終週に差し掛かって、寒さはすでにぴりぴりと肌を刺している。
嵐山ダンジョン付近はモンスターの増加が著しく、集落はすべて放棄されていたため、攻略拠点の構築には少し時間がかかった。
周辺確保のための山狩りが、特に大変だった。
「……モンスター、多くない?」
と、帰ってきたナナちゃんが苦言を漏らすほどだ。
「しょうがないよ。攻略までの時間がかかればかかるほど、増加していくものなんだから」
「いやまあ、わかるんだけど。それでも疲れたものは疲れたの。だから――ん」
拠点用のバリケードを複製する僕に向かって、両手を広げた。
「……え、なに?」
「抱っこ! あとなでなでもして」
「……ここで? みんなが見ているのに?」
「ん!」
少し面食らいつつも、言うとおりにしてあげた。
ナナちゃんがここまで甘えるのは久々だ。
「うう、ほんとうに、疲れた……。ライフル部隊も用意してたけど、やっぱり練度が足りないし、動く標的を当てられるほどじゃないもん。誤射も怖いし。タンバ少年がいなかったら、ヤバかったかも」
「タンバくん? やっぱり、強いんだね」
「モンスター相手の殲滅速度なら、ギリで私のほうが上かな。得物の攻撃力が違うもん」
薙刀と短刀……脇差では、動物の分厚い毛皮を抜く性能が段違いだろう。
しかしそれは、逆にいえば――あの少年は、薙刀の三分の一もない長さの得物で、ナナちゃんに迫る殲滅速度を出せる、ということだ。
「対人戦……私とあの子なら、あの子かな。悔しいけど、勝てる気がしない」
ぎゅう、と僕の背中に回された手に力がこもる。
「英雄級。背中は見えていても、背中しか見えないのは、悔しいの」
「……ナナちゃんは、強いよ。じゅうぶんに」
「ダメだよ。お兄さんを守れるくらい強くないと」
もうとっくに守られているんだけれどなぁ。
そう告げると、もっと強く抱き締められた。
「……うん。癒された。リフレッシュもできた。ありがとね、お兄さん」
ナナちゃんは微笑んで僕から離れ、周囲、半目で僕らを眺めていた兵士たちを見回した。
「いい? ――これがリア充だよ、部下たち」
「くそ、くそう……!」「ずるい、マジでずるい」「私もイコマ卿にいい子いい子されたい」「おれはマコ様ナナ様の百合の間に挟まれたいな」
最後に発言した兵士が羽交い絞めにされ、どこかに連れていかれるのとすれ違うように、タンバくんがタオルで顔を拭きながらやってきた。
「あの、いまの方、なにかしたのですか……?」
「許されざる罪を犯したの。でも安心して、ちゃんと教育されて帰ってくるから」
「そ、そうですか……」
若干ヒキつつ、タンバくんが顔に当てたタオルを下げた。
頬に、赤いものが垂れていた。
「――タンバくんっ? それ、怪我したのっ?」
「え? あ、はい。マッシュベアを狩る時に、木の枝に引っ掛けてしまいまして。すぐ治りますよ」
「ダメだよ、消毒はした? 治癒担当に見てもらってないの?」
「あ、いえ。この程度、お願いするまでもないかなと……」
困った子である。
僕は彼を引き寄せて、頬に舌を這わせた。
「ひゃわォッ?」
赤い血を舐め上げるように下からすくい上げ、傷口に唾液を塗り込んでいく。
くすぐったいのか、逃れようと身をよじるタンバくんを『竜種:B』のパワー補正で抑え込み、少年の頬に唇をつける。
「あ、わ、わわわ、あのッ……待ってッ、待ってくださ、ふえぁ……っ?」
「いいなー」
「ナナさん見てないで助けて!」
「だいじょうぶだよ、すぐ癖になるからね」
「なお悪いです!」
『傷舐め』による処置を終えて腕を離すと、顔を桜くらいに上気させたタンバくんが、ものすごいスピードで後ずさった。さすが忍者。
「な、なんですかッ、いきなりッ」
「治癒スキルだよ。治ったでしょ?」
「そんな馬鹿なスキルが――うわ、ほんとうに治っていますね……」
目を白黒させながらほっぺたを触るタンバくん。
傷がふさがっていることを確認し、その後、自分の指についた粘液を見た。
「――あうぅ」
そして、顔を消防車くらいに上気させ、近くのテントに飛び込んでいった。
「……どうしたんだろうね。やっぱり、あれくらいの年頃だと……傷跡をかっこいいとか、名誉の負傷だと思っちゃうのかな」
ナナちゃんがジト目で僕の脇腹を突いた。なんだよう。
「ショタに対してだけは攻めになれるんだね。その攻撃力を普段から私たちにも発揮してもらいたいんだけど?」
「なんの話? 『傷舐め』は単なる治療行為だからね。……これ、もう何回も言った気がするセリフだけどさ」
「うん、まあお兄さん目線ではそうなんだろうけどね。ぺろられる側からすれば、なんというか、不可逆の変化を及ぼされるというか」
「……後遺症とか、傷跡とかは残らないようにしているつもりなんだけれど……?」
ナナちゃんは呆れ顔で両手を肩まで上げて「やれやれ」のポーズをした。コメディアンかよ。
「ま、いいや。お兄さん、ダンジョンは見た?」
「入り口側からね。……なにも見えなかったけど」
はあ、と重たい溜息を吐く。
京都嵐山ダンジョンは、桂川にある観光名所、木造風の欄干がずらりと並ぶ長大な橋、渡月橋から入って、中洲の島へと続き……そこから先は、観測できない。
ダンジョン範囲である中洲全体が、深い霧に覆われているからだ。
外部からの侵入は不可能だと、報告を受けている。
霧だけではなく、呪竜ドウマンが平城京大極殿跡地で見せたような、透明なバリアがあるのだ。
「視界が悪くて中身が見えず、入り口はこれ見よがしな渡月橋だけ。しかも……」
思わずため息が出そうになる。
「……本来、あの渡月橋は二年前の天変地異で壊れていたはずだ。二年間、霧だけがあって、人々はうかつには近づけなくて……でも、だいたい半年前に、いきなり橋が復活した」
道中の集落で出会った京都からの難民が、教えてくれた。
ある朝、突然に橋が架かっていたのだ、と。
おそらく、その時に『起きた』のだ。京都の竜、キヨモリが。
名前はユウギリから聞きだしたもので、性格的にはドウマンに近い武人タイプだという。
「ユウギリは人間の街を丸ごと呑み込んだけれど、キヨモリはあの範囲をダンジョン化して、二年間の休眠のあと、橋を架けた。誘っているんだ、人類を」
あのロリババア駄竜は「まあ全盛期のわらわと比べれば雑魚よ、雑魚! なはは!」と笑っていたが、僕ら人類から見れば竜はぜんぶオーバースペックのバケモノである。
すさまじく強い、という点で大差はない。蟻から見れば、自分を踏みつぶすモノが人間だろうが象だろうが関係ないように。
いっそ、付け入るスキがありすぎたユウギリに比べて、『人類を誘う』ような手を打てるキヨモリのほうが、僕には恐ろしく思える。
しかし、入り口があるということは、そこから出てこないということでもある。
なので、僕らの攻略拠点は渡月橋の手前の通りに作った。ダンジョンの真ん前に敷設した形だ。
「いつから潜る?」
「一度入れば出られないタイプかもしれないけど、もう十二月も見えているからね。明日、とにかく一度入ってみて、出られるかどうかを試す」
「……自分でやるとか言わないでよ?」
言おうとしていたので、なにも言えなくて目を逸らした。
ナナちゃんはスイカより大きいため息の塊を地面に落っことして、また僕の脇腹をツンツンし始めた。やめろよう。くすぐったい。
「私の腰に縄付けて、渡月橋を渡って、ダンジョンに入ったと確認できたところで数秒待機してから、すぐに戻る。それで確かめる。いい?」
「だ、だめだよ。ナナちゃんになにかあったら……」
「なにかあったら、すぐに助けてくれるでしょ?」
「当然だよ! ぜったいに助けるよ!」
「じゃあ、ほら。だいじょうぶじゃん。私でいいでしょ?」
ぐうの音も出せなくなったので、そういう予定になった。
ぺろ~^^




