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第三章【京都ダンジョン遠征編+古都ドウマン模擬戦争編/ニンジャ・ヒーロー・コンプレックス】

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24 京都到着



 大阪での中継を終え、僕ら派兵団二百名は京都へ向かった。

 途中、いくつかの集落で物資を『複製』したり、モンスターとの遭遇戦をこなしたりしつつ、ダンジョンのある京都嵐山近辺に到着したのは、古都ドウマンを出て二週間後。

 十一月も最終週に差し掛かって、寒さはすでにぴりぴりと肌を刺している。

 嵐山ダンジョン付近はモンスターの増加が著しく、集落はすべて放棄されていたため、攻略拠点の構築には少し時間がかかった。

 周辺確保のための山狩りが、特に大変だった。


「……モンスター、多くない?」


 と、帰ってきたナナちゃんが苦言を漏らすほどだ。


「しょうがないよ。攻略までの時間がかかればかかるほど、増加していくものなんだから」

「いやまあ、わかるんだけど。それでも疲れたものは疲れたの。だから――ん」


 拠点用のバリケードを複製する僕に向かって、両手を広げた。


「……え、なに?」

「抱っこ! あとなでなでもして」

「……ここで? みんなが見ているのに?」

「ん!」


 少し面食らいつつも、言うとおりにしてあげた。

 ナナちゃんがここまで甘えるのは久々だ。


「うう、ほんとうに、疲れた……。ライフル部隊も用意してたけど、やっぱり練度が足りないし、動く標的を当てられるほどじゃないもん。誤射も怖いし。タンバ少年がいなかったら、ヤバかったかも」

「タンバくん? やっぱり、強いんだね」

「モンスター相手の殲滅速度なら、ギリで私のほうが上かな。得物の攻撃力が違うもん」


 薙刀と短刀……脇差では、動物の分厚い毛皮を抜く性能が段違いだろう。

 しかしそれは、逆にいえば――あの少年は、薙刀の三分の一もない長さの得物で、ナナちゃんに迫る殲滅速度を出せる、ということだ。


「対人戦……私とあの子なら、あの子かな。悔しいけど、勝てる気がしない」


 ぎゅう、と僕の背中に回された手に力がこもる。


英雄級(Aランク)。背中は見えていても、背中しか見えないのは、悔しいの」

「……ナナちゃんは、強いよ。じゅうぶんに」

「ダメだよ。お兄さんを守れるくらい強くないと」


 もうとっくに守られているんだけれどなぁ。

 そう告げると、もっと強く抱き締められた。


「……うん。癒された。リフレッシュもできた。ありがとね、お兄さん」


 ナナちゃんは微笑んで僕から離れ、周囲、半目で僕らを眺めていた兵士たちを見回した。


「いい? ――これがリア充だよ、部下たち」

「くそ、くそう……!」「ずるい、マジでずるい」「私もイコマ卿にいい子いい子されたい」「おれはマコ様ナナ様の百合の間に挟まれたいな」


 最後に発言した兵士が羽交い絞めにされ、どこかに連れていかれるのとすれ違うように、タンバくんがタオルで顔を拭きながらやってきた。


「あの、いまの方、なにかしたのですか……?」

「許されざる罪を犯したの。でも安心して、ちゃんと教育されて帰ってくるから」

「そ、そうですか……」


 若干ヒキつつ、タンバくんが顔に当てたタオルを下げた。

 頬に、赤いものが垂れていた。


「――タンバくんっ? それ、怪我したのっ?」

「え? あ、はい。マッシュベアを狩る時に、木の枝に引っ掛けてしまいまして。すぐ治りますよ」

「ダメだよ、消毒はした? 治癒担当に見てもらってないの?」

「あ、いえ。この程度、お願いするまでもないかなと……」


 困った子である。

 僕は彼を引き寄せて、頬に舌を這わせた。


「ひゃわォッ?」


 赤い血を舐め上げるように下からすくい上げ、傷口に唾液を塗り込んでいく。

 くすぐったいのか、逃れようと身をよじるタンバくんを『竜種:B』のパワー補正で抑え込み、少年の頬に唇をつける。


「あ、わ、わわわ、あのッ……待ってッ、待ってくださ、ふえぁ……っ?」

「いいなー」

「ナナさん見てないで助けて!」

「だいじょうぶだよ、すぐ癖になるからね」

「なお悪いです!」


 『傷舐め』による処置を終えて腕を離すと、顔を桜くらいに上気させたタンバくんが、ものすごいスピードで後ずさった。さすが忍者。


「な、なんですかッ、いきなりッ」

「治癒スキルだよ。治ったでしょ?」

「そんな馬鹿なスキルが――うわ、ほんとうに治っていますね……」


 目を白黒させながらほっぺたを触るタンバくん。

 傷がふさがっていることを確認し、その後、自分の指についた粘液を見た。


「――あうぅ」


 そして、顔を消防車くらいに上気させ、近くのテントに飛び込んでいった。


「……どうしたんだろうね。やっぱり、あれくらいの年頃だと……傷跡をかっこいいとか、名誉の負傷だと思っちゃうのかな」


 ナナちゃんがジト目で僕の脇腹を突いた。なんだよう。


「ショタに対してだけは攻めになれるんだね。その攻撃力を普段から私たちにも発揮してもらいたいんだけど?」

「なんの話? 『傷舐め』は単なる治療行為だからね。……これ、もう何回も言った気がするセリフだけどさ」

「うん、まあお兄さん目線ではそうなんだろうけどね。ぺろられる側からすれば、なんというか、不可逆の変化を及ぼされるというか」

「……後遺症とか、傷跡とかは残らないようにしているつもりなんだけれど……?」


 ナナちゃんは呆れ顔で両手を肩まで上げて「やれやれ」のポーズをした。コメディアンかよ。


「ま、いいや。お兄さん、ダンジョンは見た?」

「入り口側からね。……なにも見えなかったけど」


 はあ、と重たい溜息を吐く。

 京都嵐山ダンジョンは、桂川にある観光名所、木造風の欄干がずらりと並ぶ長大な橋、渡月橋から入って、中洲の島へと続き……そこから先は、観測できない。

 ダンジョン範囲である中洲全体が、深い霧に覆われているからだ。

 外部からの侵入は不可能だと、報告を受けている。

 霧だけではなく、呪竜ドウマンが平城京大極殿跡地で見せたような、透明なバリアがあるのだ。


「視界が悪くて中身が見えず、入り口はこれ見よがしな渡月橋だけ。しかも……」


 思わずため息が出そうになる。


「……本来、あの渡月橋は二年前の天変地異で壊れていたはずだ。二年間、霧だけがあって、人々はうかつには近づけなくて……でも、だいたい半年前に、いきなり橋が復活した」


 道中の集落で出会った京都からの難民が、教えてくれた。

 ある朝、突然に橋が架かっていたのだ、と。

 おそらく、その時に『起きた』のだ。京都の竜、キヨモリが。

 名前はユウギリから聞きだしたもので、性格的にはドウマンに近い武人タイプだという。


「ユウギリは人間の街を丸ごと呑み込んだけれど、キヨモリはあの範囲をダンジョン化して、二年間の休眠のあと、橋を架けた。誘っているんだ、人類を」


 あのロリババア駄竜は「まあ全盛期のわらわと比べれば雑魚よ、雑魚! なはは!」と笑っていたが、僕ら人類から見れば竜はぜんぶオーバースペックのバケモノである。

 すさまじく強い、という点で大差はない。蟻から見れば、自分を踏みつぶすモノが人間だろうが象だろうが関係ないように。

 いっそ、付け入るスキがありすぎたユウギリに比べて、『人類を誘う』ような手を打てるキヨモリのほうが、僕には恐ろしく思える。

 しかし、入り口があるということは、そこから出てこないということでもある。

 なので、僕らの攻略拠点は渡月橋の手前の通りに作った。ダンジョンの真ん前に敷設した形だ。


「いつから潜る?」

「一度入れば出られないタイプかもしれないけど、もう十二月も見えているからね。明日、とにかく一度入ってみて、出られるかどうかを試す」

「……自分でやるとか言わないでよ?」


 言おうとしていたので、なにも言えなくて目を逸らした。

 ナナちゃんはスイカより大きいため息の塊を地面に落っことして、また僕の脇腹をツンツンし始めた。やめろよう。くすぐったい。


「私の腰に縄付けて、渡月橋を渡って、ダンジョンに入ったと確認できたところで数秒待機してから、すぐに戻る。それで確かめる。いい?」

「だ、だめだよ。ナナちゃんになにかあったら……」

「なにかあったら、すぐに助けてくれるでしょ?」

「当然だよ! ぜったいに助けるよ!」

「じゃあ、ほら。だいじょうぶじゃん。私でいいでしょ?」


 ぐうの音も出せなくなったので、そういう予定になった。




ぺろ~^^

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― 新着の感想 ―
[良い点] …なんというかその、下品ですが、勃起、しちゃいましてね [一言] 俺もイコマママに甘えてぇ~
[一言] やったっ!そこにシビれる憧れ……いや憧れはしねーなw 「だいじょうぶだよ、すぐ癖になるからね」 素晴らしい切れ味の迷言w
[一言] 少年を舐めることをためらわない精神性!
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