23 少年の叫び
タンバくんの叫びは、派兵団全体に響いた。
「――隠していたわけではないんだけれど、ね」
だれかが言ってくれるだろう――僕が無意識にそう思っていたのは、つまり逃げていたのは、たしかだ。
レンカちゃんが、ミワ先輩が、あるいは他のだれかが、言ってくれるだろうと。
少年に、納得のいかない現実を伝えてくれるだろうと。
……ダメだなぁ、僕は。
言うべきは、伝えるべきは、僕以外にはいなかったというのに。
「……殺そうとしたんだけどね。有用性を認めて……捕虜にしたほうがいいと判断した」
うん。
大阪では、勢いそのままに殺そうと、思っていた。
けれど、ナナちゃんに止められ、情報を引き出し、古都に連れ帰り、竜の共感性能力が役に立つとわかり……今はもう、殺せない。
わかっている。結局のところ、甘いのだ、僕は。すべてにおいて。
「わかっているんだ。竜と人、同じ世界では生きられない。彼らは存在するだけで集団暴走を誘発し、世界に厄災を振りまくから」
「それがわかっているなら――!」
腰を浮かせたタンバくんは、けれど、顔をゆがめて座りなおした。
彼は泣かなかった。叫んだときも、いまも。顔をゆがめて、こらえるだけだ。
……きっとそれは、泣くよりもつらいことだと思う。
こらえた彼は、ゆっくりと息を吐いて、呟いた。
「……ごめんなさい。怒鳴ったりして」
「いいよ。気にしてないから。伝えていなかった僕が悪い」
「……いまのユウギリに、危険はないのですね?」
「ないわけじゃない。でも、いまはない……かな。いずれ、アレをどう扱うかを決めていかないといけないし」
どう扱うか。それはつまり、将来的な扱いが一択ではない、ということだ。
「生かしておく可能性も、あるのですか」
「終身刑かもしれないし、処刑かもしれない。竜に人間の量刑尺度を用いるべきかどうかから議論を始めないといけないけれど……僕らには、そんな議論をする余裕はないからね」
つまり、おそらくタンバくんにとっては我慢ならないことだろうけれど。
「現時点では、保留しかできない。ユウギリは、すでに力のない『竜だったモノ』でしかない。その知識と共感能力が攻略に役立つと判断したから生かしているだけ。ユウギリが魔石を使って力を取り返す可能性もなくはないけれど、彼女の生活は完全に兵部の管理化にあるから、ほぼゼロと言っていい」
言って、少し思い出した。
僕は数日前にも、タンバくんに同じようなことを言ったのだ。
「ホーンピッグと同じだよ。生かすにせよ、殺すにせよ。彼女の危険性も含めて、ああして生かすことで得られるリターンのほうが大きいんだ」
「……なるほど」
タンバくんは真顔でうつむき、何事かを考え始めた。
いや、考えているというより、悩んでいるのだろう。
正しさは視点で変わる。立場で変わる。正しさ以外に、意地もあれば矜持もある。
間違っていても、貫き通したいものがある。
それが僕たち。人間という生き物の、どうしようもない愚かさだ。
しばらくうつむいていたタンバくんは、ややあって顔を上げ、うなずいた。
「つまり……ホーンピッグと同じく、将来的にはユウギリを繁殖させる、と?」
「違うよ?」
真面目に考えた結果、理屈が変なところでつながったらしい。
さっきまで怒っていたから、情緒が不安定なのかも。
ううむ。どう説明すべきか考えていると、ナナちゃんが音もたてずにテントに滑り込んできて、言った。
「――ユウギリと繁殖っ? いやらしい、いやらしいですわ! はい、これ今日のノルマぶんね」
「そんなノルマはねえよ」
ユウギリ「い、いやじゃ! わらわはヒトの子など孕みTonight!」




