22 閑話 タンバ、ユウギリキャンプを歩く
ユウギリキャンプは、灰色と緑色の混在した雑多な街だった。
侵略性植物を切り倒し、コンクリートの廃墟を再利用し、補強した共同体。
つまり、タンバが良く知る『崩壊後の集落』そのものだった。
――巨大樹林に呑まれていない古都ドウマンは、ラッキーでしたね。
タンバが攻略した那智勝浦ダンジョンは、山道だった。もとより樹林におおわれた場所で、侵略性植物があろうがなかろうが、安全化したところで拠点には向いていない場所だったのだ。
そう、山道だった。
襲い来る天狗や狛犬を模したモンスターを倒して進み、遊竜トラキチとの戦闘はその終着点、山の頂から始まった。
トラキチは角を持つ巨大な犬型の竜で、これまで登ってきた山道を駆け下りながら戦うものだった。
これはかけっこなのだと、そういう遊びなのだとトラキチは笑っていた。
――難敵でした。
トラキチのことは思い出さないようにしているタンバだが、それでも、ダンジョン跡地に来ると思い出してしまう。
那智勝浦ダンジョンは、一千メートル近い高さがあった。由緒正しい歴史を持つ山道であり、神の地に至るための参道でもあった。
一方、なにわダンジョンは地下の大空間にあったというし、古都ドウマンは結界で覆われていたそうだ。
現実を書き換える能力を持つ竜だが、ダンジョン化は土地の特色に引っ張られているようにも見える。
那智勝浦の名物はその山道を含む世界遺産、熊野古道だし、大阪はその発達した街そのものが特色で、古都奈良は広大な平城京跡地に広く作られたダンジョンだった。
――竜に話を聞けたらいいのでしょうけれど。
そういうわけにもいかない。竜はすべて殺さなければならない。
タンバは思案しつつ、ユウギリキャンプを歩いていた。
過去は梅田と呼ばれた場所だが、いまは見る影もない。疲れた顔つきの住民が、焚き火のそばで座り込んでいるのを、何度も見かけた。
――ドウマンの活気とは、やはり違いますね。
古都ドウマンから送られた物資で補強されたキャンプ村。
京都遠征の中継地としてイコマが寄ることを選んだ場所だ。
京都と奈良であれば、大阪を経由せずに直行したほうが早いのだが、厳しい山越えになるし、ユウギリキャンプに物資を運ぶ必要もあったとイコマは説明してくれた。
タンバにとっても、この中継はありがたかった。
両親がいるかもしれないからだ。
しばらく歩いて、聞きこんで、しかし両親は見つからなかった。
ユウギリキャンプには一千名を超える難民がいるが、タンバに対して友好的とは言えない人が多いのだ。
「おまえ、朝廷の犬やろ」
と、胡乱気な瞳で、とげとげしい物言いで言われたりもした。
「おれらの街を奪った変態の仲間に言うことなんか、なんもないわ。失せろクソガキ」
辛辣で、少年にはその敵意が恐ろしかった。
キャンプの運営は古都の物資が支えているという。女王カグヤの作物と、英雄イコマが増やした物資が、一千名を超えるユウギリキャンプの人員を生かしている。
なのに、ここに住む人の少なくない数が、カグヤ朝廷に対して不信感と敵意を持っていた。
ようやく、ある程度親切に会話してくれる人と巡り合って、理由を教えてくれた。
「ユウギリの王国は、おれらにとってチャンスのある場所やってん」
若い男性だ。元剣闘士と名乗った。
「あの変態は、たしかに正しいことをやってるかもしれんけど。でも、それは竜に勝てる場合の話や。竜に勝たれへんなら、竜の庇護下で暮らしたほうがええ。命あっての物種や。ちゃうか?」
「でも、それは間違っています。ユウギリは人間を奴隷にして遊んでいたのでしょう?」
「せやったら、おまえはおれらに死ね言うんか?」
言葉を返せなかった。
竜に従わず、命を散らすこともまた、正しいとは思えなかった。
だって、世の中の多くの人は、正義の味方でも英雄でもないのだから。
――戦うならば、戦う理由を持て、と。
クキは言った。タンバの師は、タンバが那智勝浦ダンジョンに挑むことをよしとしなかった。
格闘戦における師匠越えを果たして、ようやく村から出ることを認められた経緯もある。
力なき非英雄にまで戦えとは、言えない。
「……そんな顔すんなや、ちびっこ。すまんて。……泣くなよ?」
「大丈夫です。僕は泣きませんから」
「さよか。……ともかく、少なくとも、おれらはユウギリの庇護下でよかった、ちゅう話や。おれらじゃ竜には勝たれへんし、ユウギリの王国は、剣闘士にはええ場所やった。寿司も食えたし、メイドもおった」
「寿司とメイドですか」
どういう組み合わせだろう、とタンバは首をかしげる。
「おれらはな、それで満足しとった。せやのに、あの変態に奪われたんや。古都には行かん。……いや、行く理由はできたけどな。ほら、模擬戦争。朝廷に言いたいことあるやつは参加しろってな」
反朝廷の勢力があるらしい。
生きるために庇護を受けつつ、しかし、その方針には従えないし、恨みもある……という状態は、タンバにはひどくいびつに見えた。
だが、なにも言えなかった。朝廷について話す時の、元剣闘士のやつれた顔が、ひどくおそろしかったからだ。
そして、幾人かに聞き込む中で、それを知った。
「イコマがユウギリを奪っていきおった」
最初はただ『殺された』の言い換えだと思った。
「おいていってくれたら、せめて殺してくれていたら、諦めもつく。けど、あいつは捕虜としてユウギリを古都に連れていってもうた。竜の恩恵を独り占めする気や。ほんまセコいわ」
「……は、はい? 連れていった? ユウギリって、竜……ですよね?」
「当たり前やろ。ほかになにがおんねん」
そのあと、元剣闘士はぶつぶつと朝廷への不満を言うだけで、タンバの疑問には取り合ってくれなかった。
妄言だと思った。しかし。けれど。
――英雄ではないと、自分で言いました。
イコマは、己をそう称した。
親切でいい人だとは、思う。だが、その言動はどうか。
女装で他者をたぶらかし、住民からは「だらしない」と言われ、ハーレムを形成して堕落した生活を過ごしている。
――英雄ではないのだとすれば。
自覚もなく、英雄然とする気もないのであれば。
だから、タンバは走った。風のようにキャンプ群を走り抜け、補給中の京都派兵団に戻り、手品のように物資を増やしているイコマの前で止まった。
古都の将軍は、穏やかな瞳でタンバを見た。
「タンバくん。どうしたの?」
「……竜を殺さず、捕虜にしたのですか」
「うん。聞いたんだね、それも」
「どうしてですか」
「必要だったから」
「それは――」
タンバはなにかを言おうと口を開き、そして、閉じた。
よく考えて喋らなければ、なにか失礼なことを、攻撃的なことを言ってしまうと思ったから。
けれど、次に口を開いたとき、どうしようもなく我慢できなくて、こぼれた言葉がこれだった。
「お父さんもお母さんも、いませんでした」
「……そっか」
いけない、と思う。自制しなければ、と。
「職場のひとも、いませんでした。会社のあった場所は、二年前の天変地異で断層が出来て……ひどい壊れ方をした場所でした。生存者は、おそらく、いないと思います」
「……うん」
「なのに、どうして。――どうしてですか」
――いけません。
「どうしてなのですか……ッ!?」
――ダメです。
自制しようにも、言葉が止まらない。
「どうしてッ、ユウギリを生かしているのですかッ! どうして隠していたのですか!?」
泣きそうになりながら、タンバは叫んだ。
「パパとママはもういないのに、どうしてユウギリが生きているのですか!」
タンバくん……(´;ω;`)




