19 戦争の理由
レンカちゃんによる『なぜ戦争をするのか』の説明が終わると、ミワ先輩がにやりと唇を釣り上げた。
「正直、模擬とはいえ、戦争に関する消耗を考えれば、わざわざご老人を納得させる理由はない。だが、これは感情の問題、誇りの問題、そしてメンツの問題だ。やらなきゃならねえ」
レンカちゃんもまた、すまし顔でうなずく。
「わたくしたちは『壊れた地球における新しい在り方』を模索し、そのために活動をおこなう、と。対して、クキ様たちは『壊れる以前の地球における在り方』を規範として活動をおこなうもの。どちらも日常を取り戻すという意味では同じですけれど――」
一息吸って、彼女は僕を見た。
「――同じだけでは、ダメですわよね。同じで、けれど、より良きものでなければ。女王カグヤ様はそうお思いになって、わたくしたちに宣戦を命じられましたの」
……うん。
そう言われてしまうと「戦争なんて、模擬戦でも危ないよ」とか言えなくなってしまう。
無言でうなずいてみせると、レンカちゃんはふわりと笑った。
「だから、証明しますわ。カグヤ朝廷は、過去から逃げない共同体であると」
「でもさ、レンカ。二つ目って『明確な領土』でしょ? 領土なら、この街があるの。それで証明できてるんじゃないの?」
「キーワードは『排他的な主権』ですわよ、ナナ」
どういうこと? と首をかしげるナナちゃんに、レンカちゃんが指をタクトみたいに振った。
「他を排することで主権を守ることが可能か否か――ということ」
「……領土問題なの?」
「モンテビデオ条約が定める『明確な領域』の『明確』とは、領土問題で争っていないことも指しておりますから、言い換えると……争いようがないほど明確に、その国の領土だと認識されている土地、でしょうか」
「そこを侵略者から守れるくらい強くないと、ってことね。わかった」
ものすごくざっくり理解して、ナナちゃんは瞳を閉じた。寝ようとするな。
レンカちゃんは苦笑して、指を顎に当てた。
「わたくしたちの立場はあくまで日本のあとに続くもの。崩壊した日本という国に、新たに人間の生存圏を生み出し、文明再生の礎になるものです。それが為されたあとであれば、失脚したってかまいませんの」
初代太政大臣は、あっさりとそんな宣言をした。
「ですが、文明の再生が為されるまでは、わたくしたちが守らなければなりません。……そして、地球上の国家が破壊しつくされたいま、シンプルな力がなによりも重要です。なぜなら――四つ要件をすべて満たす国家など、おそらくひとつも残っていないでしょうから」
つまり、現在の地球は排他的主権がなく、無政府状態で、交渉能力もない場所が大半。
どころか、国際法を管理する国連もなにもかもがないわけだ。
二年前まで前提にされていたルールが、いまはどこにもない。
「侵略から領域を、そして住民を守り切る力があるかどうか。それを実態として示すためには、実際に領土防衛をやるしかありません。それゆえの模擬戦争であり――兵部には頑張ってもらう必要がある、ということですわ」
「もとより、そのための兵部だ。ようやっと仕事らしい仕事になりそうだなァ、オイ。細部はこっちで詰めていいんだな?」
「ええ。防衛戦という前提さえ守っていただければ。あとは先方とのすり合わせで」
「古都を攻める側だったウチらが、今度は逆の立場ってわけだ」
わくわくを隠そうともしない悪人面のミワ先輩とは反対に、それまで黙っていたタンバくんが、神妙な顔でうつむき、呟いた。
「……クキ先生が、模擬戦争を……。しかし、いまの話を聞く限り、朝廷側が正しいようにも聞こえます。僕は……」
えらく重たい苦悩である。ついつい、僕も声をかけてしまう。
「立場と視点の問題だよ、タンバくん。どこに立って、どっちを向いているかで、正しさは変わるんだ。クキさんの目指す場所と、僕らの目指す場所は、少しずれている。だから、その擦り合わせが必要だっていう話で」
「……正しさが、変わる? いえ、そんなはずはありません。正しさは、正しさです」
少年が、少し意固地な口調になった。
「正しいことは、正しいんです。そうじゃなきゃ、僕がトラキチを――いえ」
ぺこり、と頭を下げる。
「ごめんなさい。これは、関係ない話でした」
珍しく――レンカちゃんもナナちゃんも、そして皮肉屋のミワ先輩でさえも、なにも言わなかった。
タンバくんの言い方が、まるでサバイバルナイフみたいにぎざぎざしていたから。
そして、その言葉の切っ先が、おそらく彼自身に向いていたから。
「……さて、それじゃあ京都ダンジョンの話に戻すぞ。といっても、あまり情報はねえ。兵数、糧食、決めることはたくさんあるが――」
そんな風に、ミワ先輩が攻略の話をはじめても、タンバくんは黙ったままだった。
わかりやすくすると「和歌山勢わからせるために模擬戦争やるぞ」です。




