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第三章【京都ダンジョン遠征編+古都ドウマン模擬戦争編/ニンジャ・ヒーロー・コンプレックス】

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18 閑話 カグヤ、農作業とヤカモチと小難しい条約



 カグヤは農作業の手を止めて、中天に昇った太陽を見上げた。

 時計を見れば、すでに昼時分。

 宮跡の広大な芝生を開いて作った農地では、今日もたくさんの人たちが作業に勤しんでいる。

 古都を奪還したあと、わざわざ新しい農地を作ったのは『農耕:A』の性質を活かすためだ。

 かかわった田畑に補正をかけるスキルだが、開墾を手掛けることで農地そのものに永続的なバフが残るため、元からある農地を改良するより、新たに作ったほうが効率的だった。

 しかし、ただひたすら耕すだけならば『ものすごく大変』で済むが、育て続けるとなるとカグヤだけでは無理だ。


 ――そろそろ、お昼だよぅ。


「ちょっと休憩しよっか、みんな!」


 と声をかけると、畑のほうぼうから「はーい」と返事が来る。

 カグヤの部下であり、田畑の管理を担当する民部の農作業員たちだ。

 頼もしい仲間たちである。


 ――冬前でも『農耕:A』で開いた畑なら、多少の無茶は通るよぅ。


 冬野菜の成長は上々だ。白菜、さつまいもにさといも。ネギなんかもある。


 ――鍋の季節だよぅ。白菜と豚肉でミルフィーユ風に仕立てて、おだしは……乾燥昆布とかつおぶしをいっくんに増やしてもらお。わ、完璧だ……!


 できれば鶏ガラも欲しい。顆粒だしの発掘品があれば、それも増やしてもらおうか。

 夢を広げながら畑の脇に赴くと、呆れ顔のヤカモチが弁当の包みを持って待っていた。

 ヤカモチは護衛だ。カグヤの専属で、女王を守る近衛兵の隊長でもある。


「カグヤっち、にまにましすぎ。また美味しいもののこと考えているんでしょ」


 う、と言葉に詰まる。そんなに顔に出ていたか。

 ゆるい顔だとよく言われるが、食いしん坊扱いはさすがに恥ずかしい。

 包みを受け取って、発掘したキャンピングチェアに腰かける。


「……ヤカモチちゃん、今日は会議に参加してもよかったんじゃない?」

「いや、アタシは護衛だし。カグヤっちこそ、参加しなくてよかったの?」

「うーん。攻略会議に関しては、私がいても仕方がないよぅ。ほら、古都から出ないもん」


 カグヤは、自分こそが『共同体の核』だと知っている。農耕スキルのゴリ押しが、人々の生活を保っているのだ。

 つまり、役割分担の問題だ。


「私はプライドを示すと決めたよぅ。これは方針の決定ね。で、あとは『やってね』とお願い――指示をして、あとはレンカちゃんとミワちゃんがうまいことやってくれるの」

「わ。まさに女王様だし」

「でしょ」


 へへへ、と笑いあう。

 だが、なにも知らないわけではない。決まったことは、逐一報告を受けているし、説明も受けている。

 除菌ペーパーで手を拭い、ついでに顔も拭って、ほっと一息。

 ヤカモチに、隣に座るように言って、畑を見ながら布包みを開く。簡素なおにぎりが二つと、添え物として野菜の塩漬けが入っていた。


「今日のお弁当、だれが当番だったっけ」

「アタシ。おにぎりの中身は――」

「待って待って! 知らないで食べるほうが楽しいよぅ」


 うきうきしながら、はむっ、と勢いよく頬張る。硬めに握った白米が崩れ、咀嚼すると濃い塩味と肉汁が染み出してきた。

 ホーンピッグの肉を叩いてミンチにし、刻んだネギとあえて塩で味付けしたネギ塩豚そぼろ。

 カグヤ朝廷では定番おかずのひとつだ。汗をかく肉体労働のあとに、ぴったりである。


「おいしい! ヤカモチちゃんはいいお嫁さんになるよぅ」

「えへへ、そうかなぁ。なれるかなぁ、うふ」

「三番目だけど」

「正妻の威圧がすごい」


 ともあれ、空腹に任せてもきゅもきゅと食べ終わる。


「美味しかったよぅ。……でも最近、部活やってる中学生のおやつみたいな味付け多いよね。どうして?」

「あー、ほら。大阪以降、夜に汗流すことが多いから、無意識に味付けが濃いめになっているのかも」


 カグヤは首を傾げた。ヤカモチが自らそっち方向の話をするとは、珍しい。


「……えっちな話?」

「違うし! 夜、ナナと戦闘訓練してるのっ!」

「ああ、そっちか。二人とも、すごいよね。自主練もして」

「スキルに頼らない実力もすごく大事って、そういう話になったから。可能な限り毎日、いろいろ組手で試していて……」

「それで毎日眠そうなんだね」

「あう。……し、仕事はちゃんとやるから……」

「わかってるよぅ」


 苦笑して、カグヤはキャンピングチェアに深く座りなおす。

 ナナとヤカモチに、焦りのようなものがあることは、カグヤも気づいていた。


「アダチさん、強かったんだってね。私たちは見なかったけれど、スキルに頼らない体術だけでも、強敵だったって」

「……アタシもそう聞いたし」


 カグヤの隣で、ヤカモチは大きなため息を宙に放った。


「アタシね、武術を習っていたの。実は」

「そうなの? なんか、意外だよぅ」

「旧家の生まれっていうのは言ったよね。ルーツをさかのぼると華族、士族になるらしいんだけれど……代々受け継いでいる武術があって。それ以外にも空手とか柔道とか、いろいろやらされたし」

「え。すごいね、ヤカモチちゃん」


 すごくないし、とヤカモチは眉をひそめて手を振った。


「格闘技あんまり好きじゃないし、空手も柔道もカポエイラも段位とってすぐにやめちゃった。代々の武術だけはやめられなかったけど」

「めちゃくちゃ格闘技エリートな経歴だよぅ」

「だから褒めないでって。……親に言われた格闘技やめる条件が『段位を取ること』だったから、必死になって取ったの」


 格闘技をやめるために、格闘技をやっていたらしい。


「もっとちゃんと続けておけばよかったと、すごく思うし。地力があれば、ナナにも――」


 言葉が止まった。

 怪訝に思い、カグヤは横を向いてヤカモチの顔を見た。

 彼女の横顔に、息がつまりそうになった。


 ――うん。ついていきたいんだよね。


 カグヤにも気持ちはわかる。悔しさとか、羨ましさとか、心配とか、いろいろだ。

 親友の力になれたら。横に並んで戦えたら。


 ――私もおんなじ。湖のほとりで、いっくんに行ってほしくないって言ったもん。


 あのときは、ナナがいた。カグヤの代わりに隣に立って、イコマを連れて帰ってくると言ってくれた。

 でも、ヤカモチは違う。自分の力で隣に立って、共に戦いたいのだ。

 それはきっと、戦士ではないカグヤにはわからないこと。

 ヤカモチ自身にしか、超えられない壁があるのだろう。

 横顔から目を逸らし、正面を向きなおす。

 話題を変えようと、カグヤはわざとらしく伸びをした。


「それにしても、会議のほうはだいじょうぶかなぁ」

「……あー。だいじょうぶでしょ、レンカもいるし。そういえば、アタシよくわかってないんだけどさ、模擬戦争って具体的になにやるの?」

「んんー。そこはまだ決まっていないんだよぅ」


 模擬戦争の実施は決まったが、ルールの詰めは攻略組が出発してからだ。

 京都の攻略は急務だが、古都の兵士全員が赴くわけではない。

 カグヤ朝廷の英雄イコマとナナ、和歌山勢の秘蔵っ子タンバの三人を軸に、兵部の精鋭兵士たちで構成することになる。


 ――遠征を優先。同時に古都ドウマンでは模擬戦争を執り行う。英雄抜きで、私たちの実力を計るんだよぅ。


 あくまで模擬戦争。居残り組の軍事演習に過ぎない。

 けれど、重要だ。プライドの視点だけではない。


 ――私たちは、結局、自己評価以外の軸を持っていないからね。


 迎合するでもなく、麾下に入るでもなく、対立の立場からカグヤ朝廷を見た老爺。

 他者による評価を下される場は、貴重だろう。


「ねえ、カグヤっち。そもそも、なんで国家として成立していることを示すのに、戦争が必要なわけ? モンテビデオ条約ってやつもよくわかんないし。モンテビデオさんが考えた条約だっていうことはわかるんだけど」

「ヤカモチちゃん、モンテビデオは地名だよ」


 と、説明するカグヤも、昨日説明を受けたばかりだが。

 レンカの真似をして指を顎に当ててみる。ほんのちょっとだけ思考が冴える……ような気がしなくもない。


「ええとね。国際条約のひとつで、一九三三年にウルグアイの都市モンテビデオで締結された、国家間のルールを決める条約なんだって」

「……もしかして、ややこしい話?」

「ややこしいけれど、でも、そんなに深掘りはしないよ。最初の最初、入り口みたいな話だもん。私でもわかるくらい」


 実際、クキが持ち出してきた『国家の要件』は第一条にあたる部分だ。


「国家の要件。当時、国家間の関係を明文化するにあたって、まず国家とはなにか――『国家の定義』をさだめる必要があったんだよぅ。『これらの条件を満たしておけば、少なくとも国際法上は国家として認められる』というものをね」


 カグヤは右手の人差し指を上げた。


「ひとつが『永続的住民』。その国の住人として、永続して住む人がいるかどうか」


 中指を上げる。


「ふたつめが『明確な領域』。一定の領土、領海、領空に対する排他的な主権を持っているかどうか」


 薬指を上げる。


「三つめが『政府』。領域内にて国内法を制定し、秩序の維持ができる統治機関があるかどうか」


 最後に小指。


「四つめが『他国と関係を取り結ぶ能力』。外交能力を持ち、それが他国の支配によるものではない独立性を持つこと。すなわち主権をもつかどうか」


 カグヤは手を下ろした。


「国家という枠組みが壊れてしまった地球で、未来を夢見る国家を作るならば、過去を納得させる要件くらいは満たしてみせろ――クキさんは、そういうことを言ったの」

「ほえー。……え? で、それがどうして模擬戦争なんて形式になるの?」


 ――そのあたり、また説明が難しいんだよぅ。


 説明とか、特に苦手なタイプなのだ。だが、頑張って説明するとすれば。


「ええとね。一つ目に関しては、私たちはずっと日本で暮らしてきたわけだから、満たしているでしょう? 日本に続く共同体として、朝廷は第一の要件を満たしているんだよぅ」


 そのはずだ。


「で、三つ目。これは私たち自身がこの街を運営している政府だから、これもまた、証明できているんだよぅ。四つ目は、外の勢力であるクキさんと交渉ができているから、これもある程度証明できているんだよぅ」


 もちろん、かなり都合のいい捉え方をしているが、四分の三はできているのだ。

 ゆえに、証明する必要があるのは、二つ目。


「模擬戦争で証明するのは、領土における排他的な主権を行使できるかどうかだよぅ。つまり――」


 乱暴に言い換えると、こうだ。


「――他の勢力がぐうの音も出ない自衛力があるか、ってことだよぅ」




うーんこれは硬派! 硬派なローファンタジー!



※モンテビデオ条約は実在の条約ですが、作中の解釈は独自のものですので、ほぼオリジナルの条約として考えてもらえると助かります。解釈に穴があっても突っ込まないでください。えっ、解釈の穴ですって? そんな……いやらしい!



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― 新着の感想 ―
[一言] 合法ロリなえちち屋先生どこ…?ここ…?(マコスタイルイコマくんのスカートを捲りスパッツ尻を揉みながら)
[気になる点] >冬野菜の成長は上々だ。かぼちゃ、白菜、さつまいもにさといも。ネギなんかもある。 冬野菜って、冬場に主に採れる旬な野菜。 かぼちゃは、主に夏から秋にかけて収穫されます。なので、どちら…
[一言] 力(戦力)こそパワー(権力)! ……いい時代なのか寒い時代なのかは人によりそう。
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