17 少年ニンジャタンバくん
「それではこれより『京都ダンジョン攻略会議』をおこないますの」
レンカちゃんが言って、鼻にティッシュを当てて座るタンバくんを手で示した。
会議室には長机が用意され、進行役のミワ先輩がホワイトボード前に陣取っている。ちなみにミワ先輩、字がめっちゃきれい。
「こちらが協同して動くことになりました、和歌山那智勝浦ダンジョン攻略者のタンバ様ですの」
「こんにちは。タンバです。よろしくお願いします」
対するこちら、カグヤ朝廷のメンバーは、レンカちゃん、ミワ先輩、僕とナナちゃんだ。
カグヤ先輩は農作業に出ているため不在。
それぞれ自己紹介と挨拶を終えたところで、タンバくんが不安そうに室内を見回した。
「あの、和歌山からは僕だけですか? 先生は……?」
「あら? クキ様でしたら、攻略はタンバ様に任せる、と。……ひょっとして、聞いていらっしゃらないのですか?」
「はい。ここに来るよう言われただけで、その……」
「そうですか。ふむ」
レンカちゃんは顎に手を当てて考えるそぶりを見せ――すぐにやめた。
「いえ、攻略派兵団は、朝廷の兵士を中心に編成する予定でしたし、そこは問題ありません。ドラゴンキラーのタンバ様がいれば百人力ですの」
半年間、復興作業の傍らで訓練を続けていたカグヤ朝廷の兵士たち。
僕とナナちゃん、そしてタンバくんがいれば、ダンジョン攻略の目は十分以上にある。
「今回、我々はとにかく迅速な派兵を考えております。タンバ様には、一時的に兵部の指揮下に入って頂きたいのですが、よろしいですの?」
「かまいませんが……質問です。迅速な派兵、というのはなぜですか?」
タンバくんの、礼儀正しく手をまっすぐ上げた質問に、レンカちゃんは「いい質問ですわね!」と嬉しそうに指示棒を振った。
いつの間に取り出したの、それ。
「端的に言えば、冬が来るからです。もちろん、ダンジョンの内実にもよるでしょうけれど、降雪のピーク……一月を迎える前の京都ダンジョン攻略完了はマストだと考えておりますの」
レンカちゃんは一息置いて、言った。
「文明が崩壊してからこれまで、我々は二度の冬を越えてきましたの。寒さと雪、たくわえの少なさ、そしてモンスターの襲撃。犠牲者が何名もいた冬を、です。しかし、今年の冬は、例年以上の脅威が予想されていますわ。去年、一昨年と今年の違い。それは――」
それは、僕にも分かる。
竜が目覚めて、変わったもの。ダンジョンの出現と、そして。
「――集団暴走の再発ですわ。関西随一の大都会、大阪は攻略済みですけれど、しかし、京都もまた日本が世界に誇る大都市。大阪のように集落が『呑み込まれた』わけではないようですけれど、これは逆に、ダンジョン外でのモンスターの増加が直接的な被害を及ぼすことも示していますの」
「ええと、つまり……冬の到来とモンスター増加のダブルパンチで京都が大変なことになってしまう前に、攻略をしなければならないということですか」
タンバくんがうなずいた。
「では、急がねばなりませんね! 京都のひとたちのためにも!」
「ご理解いただけて幸いですの。……ところで、そこで寝そうになっているナナ。あなたは理解しておりまして?」
「ワタシタチ リュウ タオス ミンナ タスカル」
「だいたい正解なのがムカつきますわね……」
ようするに、そういうことなのだ。
竜を倒せば、みんなが助かる。
ミワ先輩がレンカちゃんと代わって、立ち上がった。
「んで、ここからは具体的な派兵計画だがな。タンバ……くん、おま……じゃねえ、キミはいつから活動できる? どれくらい休息が必要だ?」
ミワ先輩、めちゃくちゃ話しづらそうだ。
思わず少し笑ってしまうと、また睨まれた。ごめんなさい。
「僕ですか? そうですね、明日にでも出られますけれど」
「それはうそだろ。タフネス補正はないと聞いているが。『スピード強化』と体術系スキルだと……」
「ええと、その。僕のスキルなのですが、ひとつは『スピード強化:A』です。それと……」
タンバくんは少し恥ずかしそうに言った。
「もうひとつが、その、『忍術:B』というスキルなのです」
タンバくん以外が、目を丸くした。
「に、忍術……か? ニンニンするやつか?」
「ミワ先輩、認識がだいぶ古いですよ、それ。いいですか、忍者っていうのはですね、両手を後ろになびかせて走ったり分身したりお色気したりするやつですよ」
「あ、私は突然出て殺すやつが好き」
「皆様、好き勝手に言いすぎですわよ。――感度が三千倍になるやつに決まっているでしょう、もちろん」
そんなわけねえだろ。
テンションが上がる僕らに、タンバくんが申し訳なさそうに顔を赤くした。
「いえ、その、僕のはあくまでBランクなので。ええと、人類に可能な範疇の体術スキルといいますか……効率的な身体の運用法だったり、足音を消して走る方法だったり、そういうやつなんです」
「タンバくん。つまり、チャクラは実在しないってことかな?」
「……力が出る呼吸法としてなら、まあ……」
そうか。そうか……。
僕らのちょっと残念がる思念を悟ったのだろう。
タンバくんが気まずそうな顔をした。
「すいません……しょぼくて……」
いかん。フォローしなければ。
「ま、まあでも! 効率的な体の動かし方とか、疲労の回復方法とか、そういうのがあるってことだね!」
「は、はい! そうです! なので、京都までの道中でも十分休息が可能です!」
「そんじゃ、今日明日で派兵団の編成と準備を終えて、明後日出発予定にするか。急ピッチだが、早いにこしたことはねえし……もともと、いつでも出られるように準備はしてきたしな」
和歌山からの情報待ちだった僕らだけれど、ミワ先輩はさすが、先々を見据えて用意をしていたらしい。
僕も武具やサバイバル用品類はいろいろ複製してきたし、いざとなれば僕が現地で増やせば事足りる……というか、究極的な話をすれば、人間以外は僕が増やせるのだ。
準備時間はかなり短縮できる。
「イコマくぅん。派兵団は工兵多めで問題ないな?」
「現地拠点の設営と保持が大前提ですから、工兵中心で。あまり人数がいると人数が厳しいので、分隊三つから五つの小隊が動きやすいかと」
「あいよ。サバイバル慣れしたやつらを選別する。タンバくんは、なにか希望はあるかい?」
「き、希望……ですか? いえ、特に……あ」
そこで、タンバくんは首を傾げた。
「クキ先生は、会議だけではなく、攻略にも来ないのですか? 来てくれると心強いと思うのですが」
クキ先生とは、昨日、牧場で見た老人のことだ。しゃんと背筋の伸びたおじいちゃんだった。
レンカちゃんたちと、少しややこしい交渉をすることになった相手だとも聞いている。
そのレンカちゃんを見ると、彼女にしては少し言いづらそうにしながら、口を開いた。
「……ええ。彼は、古都に残ると言っています。聞いていないようですので、わたくしからご説明するのも少し悪いですけれど……。では、模擬戦争のことも、お聞きになられていないのですね?」
「模擬戦争……ですか? 聞いておりませんが……。昨日はその、先生とはお話する時間がなかったので」
「あ、レンカちゃん。それ、僕も説明してほしいかも。どういう催しなの?」
僕も、昨日の夜にカグヤ先輩から「あ、そういえば模擬戦争するよぅ」と言われただけだから、そのあたりはよくわかっていないのだ。
「では、そうですわね。昨日の会議のあとに決まったことを説明しましょうか。ざっくりいうと、古都ドウマンに残るクキ様率いる軍勢と、カグヤ朝廷のわたくしたちで、怪我をしないように配慮した戦争をしましょう……という話なのですけれど」
怪我をしないように配慮した、戦争……?
「……なんで?」
「カグヤ朝廷が国家として成立していることを証明するため、ですわ。なぜ証明するのかといえば……意地と誇りでしょうか」
「意地と誇りかあ……。じゃ、しょうがないね」
言うと、レンカちゃんが嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、しょうがないんですの。では、まずはモンテビデオ条約の説明から始めましょうか」
太政大臣はコホンと咳をして、真面目な顔に切り替える。
「ところで、その前にひとつ確認なのですけれど、『忍術』は総合的な技術体系スキルということですから、やはり感度が三千倍になる薬を作る技術もあるのでは?」
「レンカちゃん」
「はい」
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