16 会議の始まり
タンバくんがジャパニーズトラップに引っかかり心に深い傷を負った翌日。
僕とナナちゃん、自由騎士卿に召集がかかった。
廊下を連れ立って歩き、会議室に向かっていると、ナナちゃんがジト目で僕を見た。
「……お兄さん、昨日ああいうことがあったのに、今日もばっちり女装なんだね」
「いや、その、違うって」
襟に青色の徽章をつけた、軍服風のワンピース。
カグヤ朝廷のデザイナーがノリノリで作った礼服である。
「他勢力が絡む仕事だから、ちゃんと礼服で来てって言われたの」
「女性用である必要はないじゃん。ツーピースの男性用、あったでしょ」
「え? 僕、女性用しか渡されてないよ?」
「それはまた、てきとうな仕事をしたやつがいたんだね。だれが服を渡しに来たの?」
「ナナちゃんだよね。もう忘れたの?」
言うと、ナナちゃんは三秒ほど「そうだったっけな」の顔をしてから、真顔でうなずいた。
「私を責める前に、お兄さんに新たな扉を開かせたヤカモチを責めるのはどう?」
「別に責める気はないけど……」
「ないの? 私と一緒にヤカモチを責めようよ、ねっとりと。きっと楽しいよ?」
さては反省してないな?
「あのね、ナナちゃん。昨日、タンバくんに指摘されたのは勘違いからだけれど、指摘自体はそう的外れでもないんだよ。特に、その……ちょっと一般的な倫理から離れた男女関係というか」
「私たちがお兄さんを通じて竿姉妹になってしまったこと?」
「考えつく限り最悪の表現をするんじゃないよ。せめてハーレムとか言ってよ、青少年の健全な育成にそぐわないって、放送禁止になっちゃうでしょ」
「それが理由で放送禁止になるなら、お兄さん本人を映せないじゃない。昨日、いたいけな青少年に一生残る思い出刻んじゃったでしょ。もう全身にモザイクだよ、モザイク。ていうか放送ってなに」
などと、いつもてきとうに話しながら会議室に向かうと、扉の前に背の低い人影があった。
ゴーグルとマフラーが特徴的なタンバくんだ。
彼は僕をちらりと見て、すぐに視線を落とした。
「おはよう、タンバくん。昨日はごめんね?」
「おはようございます。……どうして今日も女装なのですか。しかもそんな格好で」
そんな格好って。まあたしかに、コスプレじみた服装ではあるけれど。
「カグヤ朝廷の礼服なんだ。かっこかわいいでしょ」
「……困ります」
「あ、そうだよね」
昨日、恥ずかしい勘違いをさせてしまったところなのだ。
僕が女装していたら、そりゃ困るよね。申し訳ない。
タンバくんの目線にあうよう少し腰をかがめて、正面から彼の目を見た。
「――ごめんね?」
タンバくんは顔を真っ赤にした。
「そ、そういうところが! 困るんです!」
「えっ、えっ? ごめん……」
「お兄さん、わざとやってない?」
ナナちゃんが呆れたように言って、おもむろに僕のスカートをぺらりと捲った。
「うわぁああああ! なにするんだよ!」
慌てて両手でスカートを押さえる。Bランクのスピード補正値を全力で行使してしまった。見えたとしても一瞬だっただろう。
いや、タイツの下は男物のスパッツだから、見られたからといってどうということはないんだけれども。
「タンバ少年、これはお兄さんからキミへの謝罪のパンチラだよ。ほうら、嬉しいでしょ」
「嬉しいわけないでしょ、男のスカート捲りなんか見ても! ね、タンバく――」
少年は鼻を押さえて上を向いていた。
「タンバくんッ?」
「すいません、ちょっと……鼻血が……」
「つやつやのタイツは少年には刺激が強かったかー。わかるよ、お兄さんのタイツはえっちだもん」
「ナナちゃんは早急に反省して!」
とにかく、タンバくんの鼻血を止めないといけない。
僕は医療知識を思い出しつつ、少年の首に触れた。
「ふぁッ!」
「タンバくん、鼻血が出たときはつい上を向いてしまうけど、実は少し下を向いたほうがいいんだ」
両手を顎に添えて、タンバくんの顔をそっと俯かせる。
「それから、鼻の付け根のあたりを指でつまんで圧迫して、血を止め――なんで出血が激しくなるんだ? 処置はあっているはずなんだけど」
「困ります……!」
「そういうとこだよ、お兄さん」
「閃いた! 『傷舐め』の唾液を鼻腔に流し込めば一発で止まるじゃん! タンバくん、鼻舐めてもいい?」
「はい! ぜひお願――じゃないです! 違います! 困りますッ!」
「そうだよお兄さん、ぺろぺろは人生を狂わせるから、トップぺろられストのヤカモチに許可を出してもらわないと」
わちゃわちゃやっていると、扉が少し開いて、レンカちゃんが顔を覗かせた。
「あの、先ほどからなにを――まあ! 女装おにショタですのね! 写真を撮ってもよろしくて?」
「話のややこしさに拍車をかけないで」
「それじゃ、さっさと部屋に入ってくれや。もう開始時刻すぎてるぞ、オイ」
レンカちゃんの頭の上に、ひょっこりとミワ先輩の顔が出て来た。
じとー、と半目で睨まれ、僕らは三人で「ごめんなさい」して室内に入った。
会議が始まる。
罪な女(♂)




