12 閑話 ナナ、回想その1
思えば、二年前からなにもかもがおかしかったのだと、ナナは思う。
ナナはお嬢様高校に通う女子高生だ。
いや、『女子高生だった』が正しいか。
高校一年生の終業式後に文明が崩壊して早二年。
すでにナナ自身の卒業シーズンを迎えていた。
しかしながら、このご時世では卒業式なんてできないし、最後に授業を行なったのもずいぶん遠い思い出で、高校卒業にふさわしい学力を持っている自信は全くない。
そう話すと、共に騎士クラブで活動するヤカモチが言った。
「つまりウチら留年じゃね? やったぜ、まだセーラー服着てても許されるじゃん!
ナナはセーラー服似合うからラッキーじゃない?」
プラス思考で羨ましい。
いや、ヤカモチなりの気遣いなのかも。
しかしながら、結局ナナは未だに悩みを抱え続けている。
いまの私はいったいなんなのだろう、と。
文明崩壊直後は『すぐに政府がなんとかしてくれる』と思っていた。
一ヶ月が過ぎる頃も『きっと国連が動いてくれるはずだ』とか考えていた。
あの頃はまだ、か弱い女子高生だった。
なのに、女子高村での共同生活を始めて二年が経ついまでは、聖ヤマト女子高等学校集落を守護する姫騎士クラブの筆頭騎士なんて呼ばれ、いっぱしの戦士になってしまっていた。
ただの写真部の陰キャだったのに『薙刀術』スキルが発現したせいで村の守り手に祭り上げられて、今や騎士扱いだ。
なにかが間違っている。
その辺の一般人が、ただ幸運にも能力を得たからと戦いに駆り出されるのは、どう考えても間違いだ。
だけど、ナナが戦わないと、同級生や先輩が死んでしまうかもしれない。それもやっぱり間違っていると思う。
すべてが間違ったこの二年間で、改めてなにが正しいのかと問われると、なにもわからなくなってしまう。
――私はどっちなんだろう。
ナナにはわからない。
自分がか弱い女子高生なのか、それとも聖ヤマ女の筆頭騎士なのか。
間違ったこの世界で正しい存在なのか、それとも間違ったこの世界同様に間違った存在なのか。
「わかんないならさ、ナナが決めちゃえばいいじゃん」
ヤカモチは毛先に少し残るだけになってしまった金色の部分を弄りながら笑った。
「ウチら、可能性だけは無限大な無敵の女子高生なわけだし!
終業式の日にこーちょーせんせーに言われたでしょ。
『キミたちには無限大の可能性がある! それを導くのが我々の仕事である!』とかなんとか。
こーちょーせんせー、地震のあと一人で逃げちゃったけど! あはは!」
ヤカモチの冗談は正直笑えないけれど、その明るさに救われた。
女子高だった建物での共同生活は、いろいろと大変なことがあった。
特に文明崩壊の混乱に乗じてよからぬことを企んだ男がたくさんいたのは影響が大きかった。
聖ヤマ女村は男子禁制の女人村になってしまったのは、ああいう男どものせいだ。
文明が崩壊し、大人が逃げ出し、男を信用できない生活に鬱屈する思いを抱える生徒は多い。
ナナだってそうだ。
だけど、ナナは筆頭騎士で、村の守護を担当する精神的な柱の一人だと自覚していて、そんな役割の人間が弱音を吐くと『ナナの存在を精神的な柱にしている住民たち』がどうなるか、わからないほど愚かでもなかった。
そうなると、悩みを相談できるのは同じ村を守護する騎士クラブの一員で、なおかつ(ナナほどではないにせよ)実力者であるヤカモチくらいしかいない。
二年前はヤカモチみたいな陽キャと仲良くなるなんて想像もしていなかった。
現在、ヤカモチはナナの一番の大親友で、一番大切な戦友でもある。
かけがえのない存在というは、ヤカモチのことを言うのだとナナは思っている。
そのヤカモチがナナをかばってギャングウルフの爪で切り裂かれたのは、ほんの二日前だ。
冷たい風が吹く夜のことだった。
●
その日もいつも通りの見回りだった。
聖ヤマ女村の守護と周辺の見回り、あとは外に出る生徒の護衛が騎士クラブの役目だ。
古都から南に数十キロ離れた聖ヤマ女村付近に強いモンスターは出ないし、騎士クラブは精鋭揃い。
特に筆頭騎士のナナとヤカモチは頭一つ抜けて強かった。
『薙刀術:B』『スピード強化:B』『タフネス強化:C』を持つナナ。
『予見術:C』『パワー強化:B』を持つヤカモチ。
この二人がいれば、聖ヤマ女村も騎士クラブも安泰である。
はずだった。
見回りの途中、古都に棲むオオカミ型モンスター、ギャングウルフが現れたのだ。
騎士たちは驚いたが、強力なモンスターであるとはいえ、一匹だけ。
はぐれた個体が南下してやってきたのだろうと思った。
ナナとヤカモチは手早く倒そうとしたが、オオカミは背を翻して山奥へと逃げ込んだ。
仕留め損ねれば、周辺での野草採集や狩りなどに支障が出る。
ナナとヤカモチは騎士クラブの一隊を率いてオオカミを追走し、しかし。
――はめられたんだ。私たち。
ナナはかすみがかった思考で思い出す。
あのオオカミは囮だったと。
ナナたちを待ち受けていたのは、狡猾な奇襲攻撃。
茂みに潜んでいたギャングウルフがナナを切り裂こうと飛び出してきたとき、ナナを救ったのはヤカモチだった。
スキル『予見術:C』――あの一瞬に"見えた"のだろう。
ほんの少しだけ未来が見えるというヤカモチのスキルが、ナナの命を救った。
ヤカモチ自身を犠牲にして。
ヤカモチはナナを突き飛ばした。
純白のセーラー服も毛先に残った金色も、真っ赤な血の色に染まった。
頭が真っ白になったナナに、ヤカモチが言った。
「ごめんね」と。謝るのはナナのほうなのに。
撤退戦は過酷な戦いとなった。
ヤカモチを担いで逃げる騎士たちを守るため、ナナはひとりでギャングウルフの群れを引き付け、必死に戦った。
聖ヤマ女村の逆方向へと移動しながら、薙刀を振りまわした。
引き付けて、どこか遠くへいかなければ。
この怪物どもを聖ヤマ女に近づけてはいけないと、ナナはわかっていた。
オオカミたちは数十分おきに襲い掛かってきた。
包囲を解いたかと思えば、必ず遠巻きに数匹がナナを見張っている。
ナナが気を抜いた瞬間、ギャングウルフの群れがいつの間にか飛びかかってきて、ナナを襲う。
警戒しっぱなしで満足に休むこともできず、心身を消耗する戦いを重ねるうちに、ナナは気づいた。
――ああ、違うんだ。
――私が引き付けているんじゃない。
――こいつらが私を人間がいない方向に追い込んでいるんだ。
聖ヤマ女村の最高戦力である筆頭騎士ナナを倒してしまえば、ギャングウルフは聖ヤマ女村の周囲で活動しやすくなるだろう。
オオカミどもがそんな複雑なことまで考えていたかどうかは不明だが、結果的にはそうなったはずだ。
そんな風に気づいたときには、もう手遅れ。
聖ヤマ女村からはずいぶん離れてしまっていたし、帰ろうとしてもギャングウルフに邪魔をされる。
そもそも引き離すために進んできたのだ。
戻るならば、ギャングウルフを全滅させないと本末転倒になってしまう。
しかしながら、補給も休息もないナナにギャングウルフの群れの討伐などできるわけがなかった。
それでもナナは必死に戦った。
群れの半数近くを斬り伏せ、あるいは重傷を負わせることに成功したはずだ。
なのに、やつらは無尽蔵に湧くかの如く、何度斬り伏せても復活してくる。
ギャングウルフの頭目が、治療系のスキルを用いてゾンビアタックを仕掛けてきていると気づいたのは、逃げ始めて二十四時間以上が経過してからだった。
数十分おきに襲い掛かってくるはずだ。
そのクールタイムはナナの精神を消耗させるだけでなく、彼らが回復するための時間でもあったのだ。
そして、不運は重なる。
三十六時間経過した時点で、ナナが二年間整備しながら愛用してきた三メートル超の薙刀が――聖ヤマ女資料室のショーケースに飾られていた骨董品が、ついにその天寿を全うした。
ぽきりと折れた薙刀と、切り裂かれた腹。
ナナは腹部からぼたぼたと血を流しつつ、けれど、折れた薙刀で戦い続けた。
一睡もできず、意識は朦朧とし。それでも筆頭騎士として、無敵の女子高生として。
血まみれの手で折れた薙刀を振り回した。
倒せずとも、せめてヤカモチが回復する時間を稼がなければと思い、重たい足を引きずるようにして歩くうちに、壊れた薙刀すら失った。
いったいいつ失ったのかすら定かではないが、ナナのぼんやりとした視界には、なにも持っていない血まみれの両手だけが映った。
ヤカモチが手入れしてくれた爪は割れ、血がしたたり落ちていた。
もう、次の戦闘はしのげない。
この次、やつらが襲い掛かってきたら、ナナは死ぬ。
そんな事実から目を背けて歩いている最中に、光を見つけた。
温かな炎。
人間が灯す最初の文明の光。
いくつものかがり火が、ナナの顔を照らした。
湖に面したロッジと、それを囲って作られたバリケード。
誰かが住んでいる。集落でもなんでもない場所に、何者かが。
ナナは思った。
――湖を背景にして、ロッジとかがり火の写真を取ったら、映えるかも。
SNSに投稿するなら、ハッシュタグはなにがいいだろうか。
そんなとりとめのないことを考えて。
そこから先、しばらく記憶が途切れている。
ちょい長くて一話に納まらなかったので、二話連続で血まみれヒロイン視点になります。
名前はナナちゃん。凛々しい系女子です。
女子高村はもうすぐ登場すると思います。




